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第12話 袖口引き童事件譚【中編壱】

科×妖・怪異事件譚


第12話 


袖口引き童事件譚【中編壱】


「なら不味いじゃないの!

また赤い女の時みたいなことが起こったら、一大事よ!?」


「ええ、確かに

でも大したモノ好きだよね、茆妃も?」


花蓮はやや呆れ気味に茆妃へと告げる。


しかし、茆妃は意味ありげに微笑んだ。


「またまた~

そんなこと言って結局、最後は手伝ってくれるんでしょ?」


「そ、それは茆妃がどうしてもって頼んでくるから、仕方がなく手伝ってるだけで……

あと奢ってもらった分は、労働で返さなければならないわけだし……」


「そんな理由なんて無くても助けてくれるじゃない

私はすべてお見通しだよ?」


「そ、それは茆妃の思い違い!

私はそこまでお人好しじゃないよ

勝手に勘違いするな!」


(本当に素直じゃないな……

そんなことに関係なく助けてくれるじゃない

いつも助けるための口実を探しているだけで……)


心の中で、そんな事を思いながら茆妃は複雑な表情で微笑む。


「と、とにかく、迷惑だから勝手なことを言わないで!」


図星を突かれた花蓮は足早に席を立ち、入口に向けて歩き出す。


「そんなに急がなくても事件は逃げないと思うよ?」


「うるさいな……

善は急げって言うでしょ?

それに腹ごなしのために体を動かしたいの!」


こうして、氷甘屋を後にした花蓮と茆妃は上野方面へと歩き出した。


目指すべき場所は少年の幽霊の目撃情報のある下谷万年町……。


だが、そこを目指すとしても具体的に、どの辺りなのかが分からなかった。


情報源はあくまでもただの噂。


場所が曖昧なのも仕方がないことではある。


警察が関与して調査が行われていたならば、話は別だったのだろうが……。


「ねえ、茆妃」


「どうしたの花蓮?」


「いくら噂の範囲だとしてもさ

下谷万年町に現れる少年の幽霊の出現場所には、少なからず見当は付いているんでしょ?」


「ええ、行けば分かるわ

後は根性と強い思いと、私の類い稀なる推理力で見つけ出すわ!」


「・・・・・何の冗談だ?」


予想の斜め上を行く返答に、花蓮は思わず頭を抱える。


しかし……。


「噂だと、貧民窟の裏路地らしいわよ?

具体的な場所はよく分からないけどね」


「そんな情報だけでどう探せと……?

私は上野や下谷万年町に、土地勘はないから全く探せる自信がないんだけど……」


「そうなの

ちなみに私も土地勘なんてないわ

でも……

だからこそ、その穴埋めは努力、根性、知性で補うのよ!」


(ふ……不安しかない……

果たして、私たちは本当に生きて帰れるんだろうか?)


自信満々に答える茆妃に一末の不安を感じつつ、花蓮は思わずタメ息をつく。


「ははは……

普通は知らないという事実を、自信満々に答えないものなんだけどさ……

流石だよね、茆妃は」


「失礼なこと言うわね?

知らないことを知らないと認めるのは、人間としては美徳なんだよ!」


「いや……素直さに関しては美徳だとは思うけどさ

知れないってことを、自信ありげに答えるのはどうなんだ……?」


「本当に分かってないわね……

人間、自信を持って前向きに取り組めば、如何なる困難も乗り越えられるものなのよ」


「そ、そうなんだ……?

良く分からないけど、茆妃がそれでいいなら私は別に構わないぞ」


(それを前向きと言っていいのか?

何か……だんだん分からなくなってきた……)


知らぬが何とやら……。


そんなことを思いながらも、あえてそのことを本人に告げないまま……。


花蓮は下谷万年町を目指し歩き続ける。


こうして、それから十数分ほど歩いた頃……。


あることに気が付き、花蓮が突然立ち止まった。


「どうしたの?

急に立ち止まって?」


「なあ……

大変なことになったみたいだぞ、茆妃」


「一体なにが大変なの?」


その言葉の意図が分からず、茆妃が困惑した表情で問い返す。


「言い難いことなんだけどさ……

道に迷ったみたいなんだ……」


「あ……

言われてみれば、この辺見覚えがないよね?」


そして、茆妃と花蓮は見事に迷子となり……。


一時間ほど周囲を彷徨った挙句、道を聞くために周辺住民に声をかけまくるのだった。


それから更に、2時間後……。


「は~、は〜、は〜……

こ、ここが、下谷万年町……?」


「ぜ~、ぜ~、ぜ~

し、死ぬ……

死んでしまう……」


「な……何言ってるの……?

腹ごなし……

できて……良かったでしょ?」


「た、食べた分……

ぜ、全部……消費したら……

腹……ごなしも何も……

あったもんじゃ……ないって……」


「言われてみれば……

確かに……」


茆妃は花蓮の意見に賛同し、柳の木の根元に腰を下ろす。


そして、花蓮もまた茆妃に倣って体を休めるべく、木の根元に座り込んだ。


「は~……

喉乾いた……」


「そうね

でも、この辺は水やお茶を飲ませてもらえるような、お店は無いみたいよ?」


「なら……

水飲み場でもいいからさ~

とにかく喉を潤したいな~……」


「水飲み場……?

何なの、それ?」


「え……?

本気で言ってるか?」


「私、公共のものとかは使ったことがないから……」


「うーん……

お転婆の化身といった感じなのに、そういうとこだけはさ

いいとこのお嬢さんなんだよね、茆妃は」


「それ……

差別的発言だよ、絶対に!」


花蓮の言葉に納得がいかず、茆妃は不機嫌そうに顔をしかめる。


しかし、花蓮は苦笑しながら言った。


「認めるべきところは認めなよ

別に知らないことは、恥じゃないんだからさ」


「何を偉そうに」


「まあ、聞きたまえ

知らないことより、知ろうとしないことの方が恥なのだよ

わかったかね、茆妃くん?」


「何なんで、その話し方なの……?

年配の紳士の口調を真似ても、全く似合ってないわよ」


苦笑しながら茆妃が言った。


それに対し花蓮は一瞬、瞳を閉じた後……。


何かを懐かしむように空を見上げながら……。


ゆっくりと話し出す。


「これは私の叔父さんの受け売りだ

で、今のは叔父さんの口真似なんだよな」


「そうなのね

何か納得できたわ……」


「納得できたって何がさ?」


茆妃は一人で納得し、ウンウンと頷く。


それを見て、花蓮が訝しげな表情で問い詰めた。


しかし、茆妃が突然、懐から空のパイプを取り出し……。


口に咥えながら不敵に微笑む。


「全ての謎は解けたわ

心して聞きなさい、花蓮!」


「いや、だから何の話だよ?」


「花蓮がまともなことを言い出したら、その全てが誰か口真似だということよ!

どうかしら見事な推理でしょ?」


「なあ、少し黙ろうか

夢ダルマを使役して毎日、豆のお風呂で溺れさせらる悪夢を見たくなければな」


「ぼ、暴力反対~!

どうして、そう何でもかんでも実力行使しようとするのよ!

とても理性ある人間の取るべき行動とは思えないわ!?」


「実力行使なのは認めるけどさ~

夢なんだから暴力じゃないぞぉ?

とても平和的な手段なんだし問題ない、問題ない」


「だ、大問題よ!

ちょ、ちょっと……?

少し落ち着きましょうよ、ね?

他愛もない冗談なんだから……」


「他愛もない冗談か~

なら私も他愛もない冗談で毎日、茆妃に悪夢を見せるくらい笑って許されるよな?」


(あの……

目が冗談という感じではないんですけど……

もしかして本気で怒らせてしまったとか……?)


背筋に一瞬、何とも言えない寒気を感じつつ……。


花蓮の視線から逃れるように、茆妃が慌てて顔を逸らす。


茆妃が抱いたのは、ある種の危機感……。


今の花蓮には口に出した一言は、実行しそうな危うさがある。


だが、しかし、茆妃とて策士の端くれ。


身を守るための備えくらいはある。


ただし、それは秘蔵していた奥の手。


不用意に使えるものではない。


だが……。


茆妃は即座に覚悟を固め、素早く腰のバックから小さな缶を取り出した。


そして、缶の蓋を素早く開け……。


その中身を風を切るが如き速さで花蓮の口内へと放り込む。


「むぐ!?

なにを……!?」


「どうかな……

お味の方は?」


「うーん……

甘いのに口の中が爽やか~

なによ、これ?

なによ、これぇぇ~!?」


その直後……。


花蓮はウットリとした表情となり、満足そうに微笑む。


「ハッカ味のドロップよ

少しは落ち着いたかしら?」


「うんうん

飛んでる蠅を箸で掴めるくらい落ち着けたぞ」


「あはは……

冷静になっても蠅を箸では掴めないと思うけどね~……」


花蓮の瞬時の変わり様に一瞬、戸惑ったものの、茆妃は自身の安全を確保できたことに思わず胸を撫でおろす。


しかし、次の瞬間!


熱で溶けたチーズのような花蓮の表情が、突然、真剣なものへと変化した。


そして、花蓮が遥か前方にある柳の木をいきなり指差す。


「ねえ、あれを見て……」


「急にどうしたの?」


茆妃に状況を理解できぬまま、ゆっくりと花蓮の指差す方に視線を移した……。


だが……。


「柳の木しかないのだけど……

あれが何か……?」


「え、見えてないの?」


茆妃の反応を目にし、花蓮は僅かな思案した後……。


突然、手のひらをポンッと叩く。


「どうしたの?

もしかして、何か分かったとか?」


「分かったよ

茆妃の目が節穴だってことが」


「ななな!?

もしかして、私のことバカにしてるの!

いくらなんでも、その表現は酷いんじゃない!?」


気分を害した茆妃が不愉快そうに告げる。


しかし、花蓮は落ち着いた口調で茆妃に言った。


「悪い悪い、私の言い方が不味かったようだ

つまりだな、茆妃は霊的視野を持ってないんだなと言いたかったんだよ」


「節穴と霊的視野を持ってないじゃ、大差だと思うんだけど?

まあいいわ……

でも赤い女は見えたのに、少年の幽霊が見えないのは何で?」


「それはだな

赤い女は強力な怨念や噂をしていた人々の想念が集約し具現化した存在だから実体に近かったが……

少年は所詮、ただの幽霊

つまり、存在力が違うってことだ」


「つまり?」


「まあ、要するにだな

少年の幽霊は存在力が弱いから向こうから意図的に関わってきた場合や私のように霊視眼を持つ人間じゃないと見えないってことだよ」


「それ何か、不公平だよね?

花蓮に見えているのに、私に見えないなんて何かズルい!」


花蓮の説明を聞き茆妃は、仲間外れにされた子供のような表情を浮かべる。


そんな予想外の反応に苦笑しつつ、花蓮は茆妃を宥めながら言った。


「そういじけるなって

今、見えるようにしてやるから」


そして……。


花蓮は茆妃の目頭付近の空間を指先で軽くなぞる。


次の瞬間……。


茆妃の視線の先にある空間に突然、ボロボロの衣服を纏った少年が姿を現す。


少年の年齢は10歳もしくは、それ以下。


頭もボサボサで体は、ゲッソリと痩せこけていた……。


「あの子が少年の幽霊……なの?」


「そうだ」


「でも……こんな事って……

世の中はこんなに発展してて皆、それなりに裕福な生活をできるようになってきているのに……」


「誰しもが平等に幸せになれるなんて幻想だよ

いつの時代も努力が報われず……

命を落としたり……食事すらまともに取れない人だっているんだよ

それに貧しさに苦しみ、喘ぐ人たちもな……

ただ、見えていないだけなんだ

私たちのいる範囲ではさ……」


花蓮はいつもは見せない、切なげな表情で呟くように言った。


自分自身に言い聞かせるように……。






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