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第11話 袖口引き童事件譚【前編】

科×妖・怪異事件譚


第11話 


袖口引き童事件譚【前編】


「踏み込みが浅いですよ、花蓮?」


「はぁはぁはぁ……

高望みされても……困るんだけど?

私は古乃破姉さんみたいに運動の才は……

無いんだから」


「あら、そんなことを言うなら身体鍛錬は

古乃破に代わってもらうわよ?」


「こ、古乃破姉さんに……?」


「そう、古乃破に」


「謹んで辞退させてください!」


(古乃破姉さんを相手にしたら私に明日はない!)


花蓮はそう覚悟を決め再び竹刀を手に御世へと躍りかかる。


そこから放たれたのは……。


上段から打ち下ろしによる面狙いの一撃。


しかし……。


「何を聞いていたのですか

そんな大振りが当たるわけないでしょ?

少しは学びなさい」


花蓮が打ち下ろした竹刀を自分の竹刀を、軽く受け流す御世。


そして、勢いをそのまま、軌道を逸らされた花蓮は……。


前のめりのまま態勢を崩す。


その先にあったのは……。


訓練場の壁。


カベ、かべ……。


「いてて……

もっと手加減してほしいんだけど……」


訓練場の壁に勢いよく激突した花蓮は、頭を抱えたまま涙目になる。


「かなり手加減しているのですよ?

でも毎日、身体鍛錬しているから最近は怪我が少なくて良かったわね」


(その分……

体は毎日、何処かしら痣だらけになるんだけどね……)


「それより、花蓮

最近、弛んでるんじゃない?」


「弛んでないよ!

しっかりと鍛錬してるし」


「うーん

でも以前よりも少し、反射速度が鈍くなったような……

そんな気がするのよね……?

もしかして最近、少し太ったとか……?」


「ななな!

そ、そんなわけないでしょ!

そんなことより早く鍛錬を続けるよ!」


「どうしたのよ急に?」


「いいから

は・や・く・!」


竹刀を前方に構え、花蓮は必死の形相で御世に立ち向かう。


そして、案の定……。


花蓮は見事に敗退してしまうのだった。


「すみません

花蓮、居ますか?」


「茆妃さん、いらっしゃい

ごめんなさい

実は今、花蓮は入浴中なの」


「こんな朝からですか?」


「ええ、

早朝の身体鍛錬が長引いてしまってね

それで、こんな時間になってしまったのよ」


「そうでしたか

あの……ところで

それまで待たせて頂いても大丈夫でしょうか?」


「勿論です

どうぞ」


「お邪魔します」


茆妃は御世に頭を下げ、神室家へと足を踏み入れた。


こうして、客間に案内されてより……


十分ほどが経過したころ。


花蓮が浴衣姿で客間にやってきた。


「茆妃、また来たんだ?」


「またとは失礼ね

そんなことより花蓮、それ……」


「それ?」


「なんで浴衣なの?」


「風呂に入ったから」


「そうじゃなくて!

なんで、そんな慎ましさのない格好というか……

淫らというか

とにかく!

お客さんが来てるのだから、しっかりとした服を着て頂戴!」


「そう言われても暑いし……

もう少しくらいはいいでしょ?」


目のやり場に困っている茆妃のことを、一切気にすることなく……


花蓮は胡坐をかいたまま団扇を仰ぐ。


流石の茆妃も、これは見過ごせないと思い花蓮に対し続けざまに言った。


「花蓮も女性なのだから少しは、お淑やかに振る舞うべきよ!

少しは恥ずかしいとか思わないの?」


「思わないよ

例えば銭湯で女湯に入ったとして、誰が恥ずかしがるの?

女性同士なんだから、そんなの気にしないでしょ?」


「そ、それはそうでしょうけど……」


ああ言えば、こう言う……。


そんな屁理屈に対し反論できず、煮え湯を飲まされた茆妃は悔しさのあまり、苦虫を潰したような表情になる。


そんな時だった。


周囲に、ゴツンという音が鳴り響く。


そして、茆妃が顔を上げると頭を痛そうに抱え、身を震わせる花蓮と……。


その横で冷たく微笑む古乃破の姿が……。


「花蓮ちゃん、何度も注意しているでしょ?

そんな、はしたない格好はしちゃ駄目だって」


「ず、ずびばぜん……」


花蓮は反論もできず……


涙目のまま、古乃破に屈服した。


その後、古乃破から「早く着替えてきなさい」と厳しく言われ、花蓮は足早に客間を後にする。


それから待つこと十数分後……。


漸く何時もの見慣れた巫女服に着替えた花蓮が、客間に戻ってくる。


「まったく……

茆妃のお陰で古乃破姉さんに怒られたじゃないの!」


「いや、それは……

そのほぼ十割が、花蓮の責任だと思うよ」


「うるさいな

それで今日は何の用なの?」


「まあ、用というほどの事でもないのだけど……

ちょっと、夢ダルマのことが気になって

結局どうすることにしたの?」


「それなんだけど……

古乃破姉さんの勧めでさ

私が従属させて使役することになったよ」


「そうなの

でも何で?

最初は浄化するような話だったのに?」


そんな茆妃からの質問に花蓮は、不本意そうな表情を浮かべ……。


消え入りそうな声で答える。


「それは……

私が夢の関連に干渉する妖への対抗手段がないからだよ……」


「え?

今なんて?」


「だ・か・ら・

私に夢の関連に干渉する妖への対抗手段が無いからだってば!」


「つまり、未熟者だからってことかな?」


穢れのない爽やかな笑顔で花蓮に告げる茆妃。


その一言に花蓮は顔を引きつらせる。


(この笑顔……

本当に腹立たしいな

絶対に心の中でバカにしてるだろ?)


花蓮はその心情を分析し、即座に茆妃へと冷たい視線を放つ。


「もう用は済んだだろ?

帰っていいぞ?

しっしっ」


「そんなこと言わないで頂戴よ

今日は何時も迷惑かけてるから……

アイスクリームでも、ご馳走しようと思っているだから」


「ア、アイスクリーム……を?」


茆妃からの思わぬ提案に、花蓮の心に動揺が走る。


それ程までにアイスクリームという響きは、花蓮にとって魅惑的なシロモノ。


だが、それも当然と言えば当然のことだった。


何せ、アイスクリームと言えば氷菓と言う超高級な甘味。


とても一般市民に手が届くような品ではないのだから。


(いったい、何を企んでいるの……?

でもアイスクリームを食べられる機会なんて一生ないかもしれないし……

私はどうしたら……!?)


人生最大の苦悩の訪れに花蓮は心の中で絶叫を放ち、血の涙を流す。


しかし、苦悩する花蓮のことなど、お構いなしに茆妃が言った。


「好きなだけ食べても大丈夫よ

アイスクリーム♪」


こうして、アイスクリームの虜となった花蓮は……。


言われるがまま茆妃と共に街へと向かうことにした。


そして、外出すること一時間後。


二人は街でも数少ないアイスクリーム店……。

氷甘屋を訪れる。


「こ、ここが噂のアイスクリーム屋……」


「さあ、入りましょうか」


茆妃にそう促され、花蓮は恐る恐る店内へと足を踏み入れる。


だが、その後に抱いた奇妙な空気……。


それは妖相手にすら抱いたことのない、別種の緊張感だった。


今まで多数の妖を屠ってきた歴戦の術師である花蓮ですら戸惑うほどに……。


とはいえ、この程度のことで臆する訳にはいかない。


そう腹を決め……。


勇気を振り絞り、着席する。


こうして待つこと数分後……。


花蓮は遂に謎の甘味、アイスクリームと未知なる遭遇を果たす。


(こここ、これがアイスクリーム……)


「溶けてしまうから早く食べましょう」


「そ、そうだな……」


茆妃にそう促され、花蓮は恐る恐るスプーンでアイスクリームをすくい取る……。


そして……。


ゆっくりと口内に運んだ。


だが、口に入れた瞬間……。


冷たく、しつこくない甘味が口内に広がり……。


牛乳のコクが追撃してくる。


(何よ、これ!?

何よ、これ!

何よ、これぇぇぇ!?)


花蓮の全身を駆け巡る、新鮮かつ鮮烈な感覚。


感動のあまり花蓮は思わず身を震わせ、涙した。


そして、気がつけば……。


(あれ……おかしいな?

アイスクリームが無くなってるぞ?)


知らないうちに、アイスクリームを完食していたのだった。


その後も、そんなことを幾度も繰り返し……。


気が付けば7回も御代わりをしていたのである。


こうして、7回目の完食を終えた後……。


タイミングを見計らい突然、茆妃が花蓮に問う。


「どうだった

アイスクリーム?」


「うん、とても美味かったぞ」


「ところで、1つ聞いてほしい話があるのだけど……」


「どんな話だ?」


「今までみたいに事件とかではないのだけど……

実は最近、上野近くの下谷万年町という地域でね

夜に奇妙な少年が目撃されているの」


「それで?」


「その少年なんだけど柳の木の下に現れ、通る人の袖口を引っ張るとか……

それで振り向くと少年がこう言うんだそうよ

助けてってね……」


「それ、普通に迷子の子供とかじゃないのか?」


花蓮が訝し気な顔で言う。


しかし、茆妃はすぐさま花蓮の出した結論を否定する。


「ところがね

少年を無視して手を振り払ったあと、再び振り向くと……

もう少年の姿は無いそうなの」


「そうなんだ

なら考えられるのは、そこに彷徨っている魂か、或いは強烈な未練を残した強烈な念かな……」


「それ……

幽霊ってことだよね……?」


唇を震わせながら顔を青ざめさせる茆妃。


そんな姿の茆妃を目にし、笑いを堪えきれなくなり花蓮は手で口元を隠しながら言う。


「あは!

あはははは!

妖は怖くないのに幽霊は怖いんだ?」


「ち、違うわ!

少し苦手なだけだから!」


「あははははは!

ひ~ひ~ひ~、苦しい~

し、死ぬ、死んじゃう~」


「ちょっと、花蓮!

何時までも笑ってないで、そろそろ答えてよ

花蓮の見解を!」


「は~、は~、は~……悪い、悪い

で、私の見解だけど、このまま放置すると多分、良くて怨霊

悪くすれば都市伝説として広まって、妖や怪異に変貌するだろうな」


花蓮は笑うのを止め、何時になく真剣な表情で茆妃に向けて、そう告げた。







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