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第10話 夢ダルマの怪【後編】

科×妖・怪異事件譚


第10話 


夢ダルマの怪【後編】


「あの、こんなことを言うと怒られてしまうかもしれないんですけど……

何というか、地味な方法ですね?」


「ちょっと、進兄様!

いくらなんでも不謹慎ですよ!?」


「ご、ごめん

確かに茆妃の言う通り、不謹慎でした

申し訳ありません……」


茆妃は何処か緊張感の欠けた進の発言に、呆れ返りながら注意を促す。


しかし……。


(実は私もそう思ってたなんて、口が裂けても言えないわ

実際、地味だし正直、パッとしないしね

それに怪事件専門の探偵が解決するような事件とは何か違うような……)


内心、同じことを考えていただけに、とても進のことは責められず……。


茆妃は進を直視できぬまま、誤魔化すように目を泳がせる。


そんな時だった。


「おふざけは、そのくらいにして早く寝てもらえないかな!

茆妃もお兄さんを助けたいんでしょ?

さっさと準備して」


花蓮が不機嫌そうな顔で、茆妃に小言を言う。


「え、ええ

分かっているわ

それで、私は何をすればいいの?」


「それは……

古乃破姉さんに聞いて

夢ダルマと対決するため用意は、古乃破姉さんじゃないと分からないから」


「ん……?

ちょっと、待って頂戴

それって、私も夢の中に入って夢ダルマと対峙するってこと?」


そんな花蓮からの一言に茆妃は顔をしかめる。


「当然

私一人で対処して失敗したら困るだろ?

誰かが夢ダルマの意識を逸らして、誰かが夢ダルマを仕留める

これが一番確実なんだよ

ちなみに今回は意識を逸らすは茆妃の役目で、仕留めるのが私の役目なんだけど……

仕留める方、代わってあげてもいいぞ?」


「え、遠慮させていただきます」


突然、そんな無茶な提案をされ茆妃は謹んで、それを辞退する。


しかし、その直後、茆妃の脳裏にある思いが過った。


(うわ~、夢の中の対決とか、誰も見てないよね

どんなに派手な戦いになっても誰も、その状況を知らないわけだし

うーん、何というか華がないわね

あ、そんなこと考えている場合じゃないわ

もっと集中しないと……)


こうして、くだらないことを考えしまったことを自己嫌悪しつつ、歩き出すこと1分少々。


気が付くと茆妃は古乃破のいる部屋に到着していた。


そして、到着後、必要な物として古乃破から手渡されたのだが……。


「あの、これは?」


「見ての通り、豆の入った袋です」


「いや、だから……

これをどう使えというんですか?」


「そうですね

茆妃さんは、豆まきをしたことがありますか?」


「ありますけど

幼少時代に節分で……

え……!?

まさか夢の中で豆を投げろというですか!?」


「その通りです

流石は茆妃さん

察しが良くて助かります」


「いやいや、妖相手に豆ですよ!

どうやって撃退しろというんです!?」


だが、納得できない茆妃は、慌てて古乃破に聞き返す。


しかし、古乃破はさも当然のように告げた。


「それは、ただの豆ではありませんよ

霊力の満ちた土地で、霊水で育てた豆なのです

それに、これは退治するためのものではありません

妖を構築する法を打ち崩すためのものですよ」


「法を打ち崩す……

どういう意味ですか?」


茆妃は告げられた言葉の意味が分からず、思わず首を傾げる。


だが、古乃破は特に説明するでもなく、ただ……。


「使ってみれば分かります」とだけ言い、花蓮と共に進の傍で眠るように指示した。


そして、豆の入った袋を抱きしめたまま、眠ること数十分後……。


目を開けると何も存在しない赤と黒で覆われた空間が広がっていた。


「こ、これが夢の中……なの?」


「そうみたい

それより、茆妃の兄さんの姿がないんだけど見てない?」


「えっ?

私も、いま起きたばかりだし……

見てないわ」


「そう……

これは少し、マズいかも」


「どういうこと?」


「夢ダルマと茆妃の兄さんは、法で繋がっているから妖に引き寄せられてしまったのかもしれないの

だとすると……」


「だとすると

何なの?」


「もう、睨めっこが始まっている可能性が高いってこと」


花蓮はそう言うなり、周囲に5枚の式符を放った。


そして、放たれた式符は空中で緑色の小鳥へと姿を変え、周囲を飛び交う。


「翡翠に残糸を追わせるよ

でも時間がないから茆妃も探すの手伝って!」


「ねえ、どのくらいの余裕があるの?

残り時間は?」


「残り時間は睨めっこが終わるまでだ

睨めっこが終われば私たちは、強制的に現世に戻されてしまうから

その前に見つけないと!」


「それ、本当に時間ないじゃない!?

マ、マズいわね……」


花蓮の言葉に心底慌てた茆妃が、即座に周囲を確認する。


しかし、いくら確認してもそれらしいものは見つからず……。


茆妃は一瞬、諦めかけたのだが、その直後、脳裏にある閃きが宿る。


だが、それは一種の賭けだった。


だけど……。


迷っている時間はない。


(何事も、やってみなければ分からないよね!)


茆妃は持っていた布袋に手を突っ込み、豆を握り締めた。


そして、掴んだ豆を何もない空間に向けて盛大にばら撒く。


「ちょっと、茆妃!

一体、何のつもり!?」


「何って、盛大に豆まきをしているのよ!

恐らく、この空間は夢ダルマの本体と直結しているわ

だとしたら、この豆で夢ダルマを構築する法を打ち崩せるはずでしょ!?」


「この空間全体が夢ダルマと直結……?」


茆妃の想定外の行動に面食らいつつ、花蓮は豆が放たれた空間を見つめる。


しかし、その刹那。


目の前の空間が砕け散り、前方の空間に巨大な歪が姿を現す……。


そして、その歪が消えるとほぼ同時。


進と巨大な夢ダルマが歪があった場所から突然姿を現す。


心底、苦しそうに顔を歪ませる夢ダルマ。


その夢ダルマが茆妃と花蓮の姿を目にするなり、憎々しげに睨みつけてくる。


「ちょっとした賭けだったけど、上手くいって良かったわ

正直、少し不安だったのよね」


「素晴らしい判断……

と言いたいところだけど、喜んでばかりもいられないよ」


「言われてみれば確かに……

夢ダルマが私たちのことを親の仇のように睨んでいるわよね?

これって、もしかして……?」


「ああ、どうやら怒らせてしまったようだな

アイツ、憑け狙う対象を私たちに変更したぞ

気をつけろ!

何をしてくるか分からない!」


「分かってるわ!

と、とにかく戦略的撤退よ!」


茆妃は花蓮の言葉に同意し、軽く頷く。


だが、夢ダルマから距離を取ろうと走り出したその時……。


夢ダルマが突然、上空へと跳躍する。


そして、茆妃と花蓮の遥か頭上で十倍以上の大きさとなり……。


真上から勢いよく落下し始める。


「こ、こんなの有り?」


「呆気に取られてないで早く、逃げないと!」


「無理だ!

間に合わない!」


「なら、どうするつもり?

何か打つ手ないの?」


「ん、待てよ?

私には無いが茆妃の持っているソレなら、何とか出来るんじゃないのか?」


「え……?」


花蓮が指差す先。


そこにあったのは……。


古乃破から渡された袋。


その袋に入っているのは……法を打ち破る豆。


(だけど、こんなもので本当にどうにかなるのかしら?)


あまりにも絶望的な状況。


茆妃は一瞬投げやりになるが……。


その時、突然あることを思い出す。


(そうだったわ

ここは現実世界じゃないんだよね!

固定概念に囚われるのは止めよう!)


そして、覚悟を決めた茆妃は、落下してくる夢ダルマ目掛けて豆を投げつけた。


その直後、豆は勢いよく頭上を舞い……。


見事に夢ダルマを直撃。


「ぐもおおおおおおお!?」


豆による攻撃によって夢ダルマは絶叫を放ち、被弾した箇所から崩壊を始める。


その後、巨大な夢ダルマは消失したものの……。


その砕け散った体の残骸から突然、一般的なサイズのダルマが姿を現す。


「あ~

どうやら、あれが本体みたいだぞ?」


「えーと

なんか本体、小さすぎない?」


「力を失った妖なんて大体そんな感じだよ

それより、本体を滅ぼせば手足を失った人達の手足も元に戻るはずだ!

さっさと倒すぞ!」


「分かったわ!

後は頼むわね、花蓮!」


「了解!

任せておけ!」


茆妃の言葉に頷くと花蓮は、即座に3枚の式符を放った。


こうして放たれた3枚の式符は、現実ではあり得ない速度で勢いよく滑空し……。


凄まじい速さで疾走する黒猫へと姿を変える。


しかし、夢ダルマの判断も迅速だった。

太刀打ちできないと悟った小ぶりの夢ダルマは、瞬時に身を翻し、即座に逃走を図る。


「あっ!?

夢ダルマが逃げ出したわよ!」


「分かっているって!

でも黒瑪瑙の速さを侮るなかれ!

行け、黒瑪瑙たち!」


花蓮の命を受け、凄まじい速さで夢ダルマを黒瑪瑙たちが追う。


だが、夢ダルマの行動に一切無駄はなかった。


逃げながら前方の空間に漆黒の闇に満ちた空洞を生み出し、迅速に脱出の準備を開始する。


その漆黒の闇は、この世界からの脱出口。


目と鼻の先に出現した脱出口を目にし、夢ダルマは既に切れると確信していた。


しかし……。


その瞬間、追いついてきた3匹の黒瑪瑙が、夢ダルマの眼前に立ちはだかる。


更に漸く追いついてきた花蓮と茆妃が後方から現れ、夢ダルマを完全に追い詰めた。


もはや完全に袋のネズミ。


夢ダルマに逃げ場などなかった。


「もう逃げ場はないぞ

さっさと諦めろ」


「ねえ、花蓮」


「何なのよ

こんな時に?」


「その格好で、そう言うことを言うと何か悪女みたいだから、やめた方がいいんじゃない?」


「うるさいな

ほっとけ」


そんな茆妃の余計な一言に憤慨し、言い返す花蓮。


だが、夢ダルマはその一瞬の隙を見逃さなかった。


「気をつけろ!

まだ、何かする気みたいだ!」


いち早く、その動きを察し花蓮が茆妃に注意を促す。


だが、もはや手遅れだった。


それはあまりにも早く、あまりにも迅速。


付け入る隙など一文もない。


花蓮たちが動くよりも早く、夢ダルマはその一連の動作を完遂すした。


そして……。


「え……??

これはまさか……

土下座……?」


「み、みたいだな……」


こうして花蓮と茆妃に追い詰められた夢ダルマは、潔く降参。


この事件は無事に解決した。


その後、この夢ダルマ絡みの事件はただの流行病として闇に葬られることとなる。


そして、事件解決から僅か1ヶ月もしないうちに、この一件は人々の心から綺麗さっぱりと、忘れ去られることになるのだった……。



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