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第9話 夢ダルマの怪【中の編の弐】


科×妖・怪異事件譚


第9話 


夢ダルマの怪【中の編の弐】


「それは、普通に睨めっこをするということですか?」


「いえ、そうではありません

夢ダルマは夢の中で最初から対象者を睨んでいて、その睨めっこに負けた人が餌食になってしまうのです」


「でも、何のためにそんなことをするのでしょう?」


説明された夢ダルマの不可解な行動。


その意図が理解できず、茆妃は思わず眉を顰める。


しかし、その直後、花蓮がおもむろに口を開いた。


「差し詰め、村の因習とかで手足を切り落とされて殺された人たちが大勢いてさ

そんな人たちの怨念が集まって妖になったんじゃない?

だから同じような目に遭わせたいという復讐心で、行動しているだけなのかも」


「当たらずも遠からずでしょうか

何にせよ、今考えるべき問題は、夢の中に巣食う妖を如何にして退治するかということの方ですね」


「やっぱり、問題はそこか~

でも夢の中が妖の土俵じゃ、どんな術師でも力を発揮できないよね?」


夢の中という厄介な現状に花蓮は頭を悩ませながら愚痴をこぼす。


しかし、古乃破は何も問題無いといったような落ち着き払った口調で花蓮に告げた。


「そうでもないですよ

確かに一人だと大変ですが、二人ならば現世での力を夢の中に持ち込むことができますから」


「本当に?

でも、どうやって?」


「一人が常世と夢の世界を繋ぐ中継点になればいいんですよ

そうすれば、夢の中に侵入している術者も存分に力を振るえます

もっとも、中継点の役割は花蓮ちゃんには荷が重いので私がやりますが」


「え……?

なんで急に?」


「そんなに不思議ですか?」


「不思議に決まってるでしょ?

だって、いつもなら修行だとか言って完全に丸投げするじゃない?」


花蓮は鋭い視線を向けながら古乃破に言う。


しかし、古乃破はそんなものなど意に介すことなく、花蓮へと告た。


「実はね、退魔治安局から依頼があったの

依頼内容は夢ダルマ事件の解決

被害が既に百人を超えてなお、拡大中とのことでね

早急に清浄化せよとのお達しなのよ」


「なら、それは完全に仕事でしょうが!

なに仕事にサラリと私たちを巻き込んでるわけ!?」


「それは誤解よ、花蓮ちゃん

可愛い妹の助けになりたいというのが一番で、仕事の方は二番だから

この状況で同じ事件に関わることになるなんて偶然って怖いわね?」


(う、嘘くさい……

いや、絶対に嘘ついてるでしょ!?)


一点の曇りもない瞳で見つめながら、堂々と言い放つ古乃破。


その一言を心底怪しみながら、花蓮は古乃破のことを睨みつけた。


しかし……。


「あの、一つお伺いしたいことがあるんですけど?」


その時だった。


今まで会話に入り倦ねていた茆妃が、恐る恐る手を上げる。


「なんですか

茆妃さん?」


そのことに気づき、問いかける古乃破。


茆妃は少し、言い難そうに古乃破たちに言った。


「さっきから話を聞いていましたが、探す方法に関しては一切、話題に挙がりませんでしたよね?

夢ダルマを探す手段とかあるんですか?」


その質問が発せられた瞬間、周囲が一気に静まり返る。


重い……。


とてつもなく重い空気が周囲に流れる……。


そんな状況に先に耐えきれなくなったのは花蓮だった。


その後、場の空気を払拭しようと花蓮が持論を展開し、沈静化を図ろうと試みる。


「それは当然、式神を使って夢ダルマの軌跡を追うのよ

そうだよね、古乃破姉さん?」


「花蓮ちゃん、ごめんね

それが出来たら楽なんだけど夢ダルマは普段、夢の中に潜んでいているから姿を現した時にしか追跡できないのよ

私としたことが失念してたわ

せめて、夢ダルマの犠牲になった人と接点のある人が分かれば、どうにかなるのだけど……」


こうして、見事に花蓮の目論見は破綻。


その足掛かりを失うこととなる。


しかし……。


「犠牲になった人と接触している人が分かれば、夢ダルマを探せるのですか?」


「ええ、夢ダルマは犠牲者を通じて次の対象となる人の夢の中に入り込むわ

だから、それが分かれば待ち伏せができるのよ」


「そうなんですね!

そういうことなら一つ心当たりがあります!」


そんな古乃破の返答を受けて茆妃は、活き活きと目に輝かせた。


「は~……」


(本当に参ったな……

まさか、こんなことになるとは……)


進は深いタメ息をつきながら力なく自室のドアを開け……。


重々しい体を引き摺りながら椅子へと腰掛ける。


こうして着座後、進は再び深いタメ息をつく。


進の悩みの原因……。


それは帰宅前に寄った病室での一件だった。


そう……遡ること、約二時間前……。


「ちっ、笑いに来たのかよ

ボンボン警部補殿?」


「まさか、そんなわけないでしょ?

近藤さんが例の奇病にかかったという話を聞きまして、駆けつけた次第です」


「ふん、どうだか

それにしても情けない話、このザマだからな

文字通り、手も足も出ねえよ」


「心中お察しします」


進は三郎の心中を察し、深々と頭を下げる。


だが、それは決して上辺だけのものではない。


身動き一つできない状況にあるという悔しさ。


同じ警察官として、その思いは十分すぎるほど理解できる。


口が悪く上司を上司とも思わない、厳しい性格の三郎。


しかし、進は知っていた。


三郎が厳しいのは人々の平穏を守ろうとする思いが強いからだと……。


故に進は三郎の仕事に対する姿勢に一目置いていた。


そんな三郎の戦線離脱は正直なところ心底堪える。


だからといって、弱音を吐くわけにもいくまい。


それ故に……。


「あとは任せてください

どうか、お大事に」


進はそう告げた後、病室を出るべく歩き出した。


この事件は自分一人になろうとも必ず解決するという覚悟と共に……。


しかし、その直後、三郎が突然、進を呼び止めた。


「待て

一つ言っておくことがある」


そんな予想外の言葉。


一瞬、面食らったものの、進は「何でしょう?」と、返事をしながら振り返った。


「例の夢のことだが、俺なりに法則性を探ってみたんだよ

正直まだ断定は出来ないが、どうやら犠牲者と接点を持った者が次の犠牲者になるようだ

事実、事情聴取した俺も、このあり様だしな

だから、お前も気を付けろよ」


「分かりました……

肝に銘じておきます」


こうして、進はその言葉を噛みしめながら病室を後にしたのだった……。


だが……。


(次は僕の番ってこと!?

どうしよう!

どうしたらいい!?)


進は苦悩のあまり、デスクに額を押し付けたまま塞ぎ込む。


しかし……。


その直後、自室のドアが勢いよく開き、茆妃が乗り込んでくる。


「進兄様!

お迎えに上がりました!」


「え……?」


「早くいきましょう!」


「ど、何処にだい?」


「勿論、神室家にです!」


「な、なんで?」


事態を飲み込めず、キョトンとする進。


だが、茆妃は彼の心情など、気にすることなく……。


進を力づくで自室から引き摺り出すのだった。


一切の説明をしないまま……。


「あの~、なんで僕がここに呼ばれたのでしょうか?」


「実は夢ダルマを祓うには九条さん……

いえ、一色さんの協力が必要なのです

協力をお願い出来ませんか?」


「ほ、本当に何とか出来るんですか!?

僕としては願ったり叶ったりなんですが」


「はい、協力いただけるなら、その点は保障させていただきます」


「本当に!

本当に助けてくれるんですね!?」


縋るように手を握り締める進。


そんな進に、古乃破は優しく微笑みかけた。


しかし、その様子を見ていた茆妃が軽蔑の眼差しを向けながら進へと言い放つ。


「進兄様

いつまで、そうして手を握っているのですか?

本当にいやらしい」


「い、いや、違うんだよ、これは……

ははは……」


進は慌てて古乃破の手を放し、笑いながら誤魔化し続ける。


そんな時、奥の部屋の襖が開き……。


黒い着物に着替えた花蓮が姿を現す。


「いつもは巫女服なのに、どうして急に着替えたの?」


「仕方がないでしょ

夢の中では相応の支度をしないと、全力が出せないんだから」


「要するに未熟者だということだよね」


「うるさいな

茆妃にだけは言われたくないよ」


「はいはい

仲が良いのは悪いことではないんですが、そろそろ集中しましょうか

人の命……はかかっていませんけど、失敗したら手足が無くなっちゃいますからね」


そう古乃破に釘を刺され、花蓮と茆妃は言い争いを止める。


「そうだった

それどころじゃないよね」


「ええ、進兄様の手足が、かかっているんだものね」


「そうですよ

お兄さんの手足が無くなってしまったら茆妃さんが、お世話をしなければいけなくなりますからね」


(わ、私が……

進兄様のお世話を……?)


古乃破から告げられた一言を意識し、茆妃は万が一のことを想像する。


もし進から両手足が失われてしまったら、彼は芋虫同然の状態になってしまうだろう。


それは無力な赤ん坊と大差のない状態。


万が一、そんなことが起こってしまったなら茆妃はずっと、その重みを背負って生きなければならなくなるだろう。


そうなると兄である進を食事介護したり、入浴介護したり……。


更には排泄介護といった介護責任を取らねばならなくる……。


はずもなく、世話人が全て世話をしてくれるため、茆妃が進の日常の世話をすることはあり得なかった。


しかし……。


(お、お風呂にトイレまでなんて……

ななな、なんて破廉恥な

でででも、大好きな進兄様のためなら私は……!)


「こらこら

何か良からぬことを妄想してるでしょ、あんた?」


「し、失礼な!

そんなわけないでしょ!?」


その直後、花蓮から鋭い一言が突きつけられる。


茆妃は名誉挽回のために、慌てて否定するのだが……。


そんな甘々な妄想を再び思い返してしまい、思わず身悶えしてしまうのだった。


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