目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第8話 夢ダルマの怪【中の編の壱】

科×妖・怪異事件譚


第8話 


夢ダルマの怪【中の編の壱】


「なるほど、なるほど

今回は夢に関わる妖絡みの事件ってわけね」


「うん……

妖かどうかは分からないけど、とにかく摩訶不思議な事件ってことだけは間違いないかな」


「妖かどうかは分からないって、どう考えても妖の仕業でしょ?

どうして、そこまで認めたがらないかな~」


「当然、科学でまだ存在が実証されていないからよ

何せ、科学は探求する学問だもの

物理的な観点から客観的に研究して解明しているのだから、これほど信用できるものもないわ」


「本当にそう思っているのか?」


「思っているわよ

科学は今まで厳然たる事実を明らかにしてきているんだもの

だから妖なるものの正体が科学で証明できていない以上、それを認めるわけにはいかないわ」


「認められないじゃなくて、認めたくないの間違いだろ?

妖や幽霊は非科学的で、存在しないと考えるなら疱瘡婆や赤い女の一件はどう説明するんだよ?

まさか、幻覚や気のせいってことで済ませるのか?」


「幻覚や気のせいだとは言っていないわ……

ただ、実証できない以上、強烈な思い込みの可能性も否定できないと言いたかっただけよ……」


そんな花蓮からの鋭いツッコミに、茆妃は慌てて反論する。


しかし、あくまでも科学に執着する茆妃に対し、花蓮は徹底抗戦の姿勢を崩さずに告げた。


「その考え方こそ、非科学的だと思わない

科学は探求する学問なんでしょ?

だったら物理だけではなく、目に見えない存在にも目を向けるべきだよね!?」


「目に見えないものって何よ……」


「例えば空気なんてどう?

目に見えないし触れられないけど、私たちはそれを吸っている生きている

確実に存在しているものだよね?」


「でも、それは科学で存在が証明されているものだし……」


「確かにそうだけど、目に見える形では実証できてはいないだろ?

なのに私たちは、その存在を信じて疑わない

何故だと思う?」


「それは……

科学的な実験で証明されているから……かな」


「ハズレ

感覚で認識できているからだよ

それが私たちが信じて疑わない理由だろ?

つまり、感覚で認識できるものは見えなくても、確かに存在しているってこと!

分かってるかな?

それを意図的に見ないようにすることは、ただの現実逃避だってことを

結局、見ようとしてないだけだよね、茆妃?」


「ただの現実逃避……」


自分が信じていた価値観を完全否定され、茆妃は悔しさのあまり奥歯を噛みしる。


しかし……。


茆妃の窮地に颯爽と現れた古乃破が突然、花蓮の背後から肩をポンと叩く。


「花蓮ちゃん~

正論だったとしても、もっと他の言い方があるでしょ?

花蓮ちゃんの方が、お姉さんなのだから虐めてはいけないわ」


(え……

でも、古乃破姉さんは何時も私のことを、ぞんざいに扱ってるよね?

つまり、あれは許されると……?)


花蓮は古乃破のそんな一言に対し一瞬、抗議しようと考えたものの……。


そんなことをしても状況が悪化するだけと思い止まり、素直に頷く。


それを見届け、満足そうに微笑むと……。


古乃破は穏やかな口調で話し始める。


「ごめんなさい

花蓮ちゃん、口調が厳しいから」


「古乃破さん……」


「ただ、花蓮ちゃんがあえて、そう言ったのには理由があるの」


「理由……ですか?」


「そう、例えば茆妃さんの横に暴漢が刃物を持って居るとするでしょ

でも怖いからといって目を合わせずに見ないふりをした時、暴漢は茆妃さんを襲わないと思う?」


古乃破から投げかけられた奇妙な質問。


その真意を理解できず茆妃は一、瞬戸惑うが……。


だが、その答えは明確だった。


暴漢の目的は不明だが、人を害する意志を持っていることだけは間違いない。


それ故に暴漢は暴漢として存在としているだ。


だから自分を襲わないという道理はない。


ならば答えは。


襲うという、その一択しかなかった。


茆妃は合理的にそう考え、容易にその答えに辿り着く。


そして……。


「暴漢は私を襲うと思います」


確信をもって、そう答えた。


しかし、その返答を聞き、嬉しそうに微笑んだ後、古乃破は再び質問を投げかける。


「はい、その通りです

でも何故、そう思ったのですか?」


「それは……

暴漢は相手を害する意志を持っているからです

だから、それが自然な行動だと感じました」


「正解です」


茆妃の答えを聞いて、古乃破はゆっくりと頷く……。


そして、こう続けた。


「実はこの暴漢の話ですが、妖と共通するものがあります

例えば妖は、その存在を認識し、相手を知るならば身を守る術を手にできますし、打ち破る術も得られるでしょう

ですが、もし存在を認めずに見ないフリをするならば、危険を回避する術はなくなります

それは、とても危険なことだと……そう思いませんか?」


「確かに……

古乃破さんの言う通りだと思います……

見ないこと、認めないことは知ろうとしないのと同義

それは考えることを、放棄する同じということですね」


「その通り

妖から身を守る方法はその存在を認めて、しっかりと対処することです」


そんな素直な答えを聞き、古乃破は満足げに微笑む。


しかし、その直後。


花蓮の不満げに茆妃へと言い放った。


「ちょっと!

なんで私の時は反論するのに、古乃破姉さんの時は反論しないわけ!?

差別だよ、こんなの!」


納得出来ずに、抗議を始める花蓮。


だが、それに対する答えは実に辛辣なものだった。


「ごめんね、でも……

何というか、花蓮って……

そう!

あまり、賢くないような感じするから花蓮の言葉って素直に受け入れ難いのよ!

あと、言い方がぶっきらぼうすぎるし!」


「確かに花蓮ちゃんは、ぶっきらぼうでガサツですよね

でも、花蓮ちゃんは決して頭が悪いわけではありませんよ?

ただ、科学音痴で天邪鬼なだけなんです

あと、ちょっと、不真面目なところが玉に瑕ですかねぇ?」


(古乃破姉さん……

それ、擁護しているとは言えないよね……

何か私の扱い酷くない?)


二人から放たれた辛口な返答に花蓮は心底打ちのめされ……。


心の中で号泣する。


だが、そんな花蓮のことなどお構いなしに、古乃破が突然、真剣な表情で語り始めた。


「それはさておき、今回の一件は命こそ奪われることはないものの両手足を永久に失ってしまう危険性のある妖です

だから決して油断は出来ません

何より夢という特殊な空間では、自由に行動することは難しいですからね」


「それは確かに厄介かも

ところで、この妖が何なのか見当はついているの古乃破姉さん?」


そんな中、冴えない表情の花蓮が古乃破へと問いかける。


「ええ、夢の中に入り込む妖は多数いますが……

夢の中に現れるダルマで両手足を失う被害とくれば、夢ダルマの仕業で間違いないでしょうね」


そんな問いに対し、古乃破は確信を持ってそう告げた。


「夢の中でダルマだから夢ダルマ……

何とも捻りのない名称ですね?」


妖の名を聞き、茆妃は思わず複雑な表情を浮かべる。


「確かに安直すぎる名前ではありますが、目撃者が名付けるわけですから、そうなるのも仕方がないことですね

とはいえ妖の名称には妖を妖たらしめている規則が含まれています」


「つまり、名前には妖を知る鍵が隠されているかも知れないということですか?」


「概ね、そうですね

勿論、例外も無くはないですが」


古乃破から告げられた一言を真剣に受け止め……。


茆妃は素直に頷く。


しかし、その最中。


突然、花蓮が二人の会話に割り込んできた。


「それはそうとさ

そろそろ、夢ダルマがどんな妖なのか、説明した方がいいと思うんだけど?

知りたいでしょ、茆妃も夢ダルマのことを?」


「え、ええ、まあ

知りたくないといえば噓になるけど……」


ところが花蓮のそんな一言に対し……。


古乃破は冷たい視線を向けながら、淡々と告げる。


「それは花蓮ちゃんが、後から茆妃さんに妖の詳細と対処法を教えてあげれば良いだけでしょ?」


「いや、まあ……

そうなんだけど……

どう説明していいか分からなくて……」


「本当にそれが本心?

正直に言わないと、滝登りを修練の中に加えますよ」


「ちょ、ちょっと!?

滝登りって、もはや人間にできるものじゃないでしょ!

古乃破姉さん、私のこと殺す気なの!?」


「心外ですね、人聞きの悪い

大切な妹の死を望む姉なんていませんよ?

それに出来ないことなんて言ってません

お父さんもお母さんは勿論、私でも出来ることを言っているだけですから」


(冗談でしょ?

鯉の滝登りならぬ、人間の滝登りって……

絶対に人間業じゃないからね、それ!?)


自分と家族との間に存在する圧倒的な力差に驚愕する花蓮。


だが、悔しがっている時間などありはしない。


何故なら眼前に圧倒的な恐怖が佇んでいたからだ。


こうして、花蓮はなす術もなく……。


早々に白旗を上げ、誤魔化すような笑む。


そして、勢いのままに花蓮は芸術的な土下座を披露。


恥も外聞もないまま、花蓮はその場で本心を吐露し始めた。


「ごごご、ごめんなさい!

私、嘘ついてました!

実は夢ダルマのこと、何というか……

よく知らないんです!」


「本当に、よく知らないのですか?

本当に?」


「え……いや、その……

はい、微塵も知らないです」


自身に向けられる冷たい眼差し。


その視線に全てを見透かされ、いたたまれなくなった花蓮は即座に目線を逸らす。


しかし、当然それだけで済むはずもなく……。


古乃破は花蓮に対し、両頰をつねるという地獄の仕置き開始する。


「だ~め~で~しょ~?

お勉強はちゃんとしないと~」


「いだい、いだい!

ご、ごふぇんなふぁい~!!」


こうして、花蓮が痛みで悶絶したことで漸く仕置きが終了……。


古乃破は話を再開するのだった。


今回の怪異事件の容疑者に関することを……。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?