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第7話 夢ダルマの怪【前編】


科×妖・怪異事件譚


第7話 


夢ダルマの怪【前編】


赤い女事件から約1ヶ月ほどが経過したころ。


その事件は突然、発生した。


都市部の一角で朝になると突然、両手足が消失する奇怪な出来事。


手足の付け根には特に切断されたような形跡もなく、傷口を縫合したような跡もない。


だからといって、それは生まれつきそうだったというわけでもなく……。


一夜にして、まるでダルマのような姿になってしまう。


それは、そんな奇怪な事件だった……。


「は~、参ったな~」


「進兄様、また何かあったのですか?」


帰宅して早々、自室でタメ息をつく進に対し、茆妃が心配そうに問いかける。


「実はそうなんだ

まさか、またこんな厄介な事件を担当することになるとは思わなくてね」


「それで今度は、どのような事件なのですか?」


「それなんだけど茆妃は最近、起こってる夢ダルマ病というのを聞いたことがあるかい?」


「夢ダルマ病……

新聞の記事で見かけたような気がしますが?

でも、病気であれば警察が介入する必要性はないのでは?」


「病気だと断言できるならば、確かにそうなんだけどね……」


「そうではないということですか?」


「実は医者も原因を断定できなくてさ

だから本当に奇病の類であれば茆妃が言うように警察が介入する必要性はないんだけど

実のところ、手足を切り落とされたという線も否定できなくてね

それで結局、事件の線でも調査することになってしまったんだよ」


「ちなみに傷口や縫合痕などはあったのですか?」


「いや、それが奇妙なことに傷口や縫合痕などは一切ないんだ

かといって生まれた時から、こんな状態だったという話でもないんだよ」


「つまり、新聞に書かれている通り、一夜にしてダルマのように手足を失ってしまったということでしょうか?

だとすると、とても奇妙な話ですね?

これではまるで……」


「赤い女の時のような妖絡みの事件……

そう言いたいんだね?

実は僕も、そう考えているんだよ

何せ、夢ダルマ被害に遭った人々に事情聴取をしたところ、彼らは口々に夢の中で睨んでいるダルマを見たと言っているからね」


「確かに全員が同じ夢を見ているという共通点から考えると、その夢が無関係とも思えませんが……

それで進兄様は今回も花蓮に相談して、協力をお願いしたい

そう仰りたいのですね?」


「そうは言っていないよ

どう取るかは茆妃の判断だしね

しかし、それも1つの方法であることは確かだよ」


(どう考えても、それ以外の結論なんて出ないんですけど……?

とはいえ……このままというわけにもいかないわね)


進の態度に妙な回りくどさを感じ、茆妃は思わず顔をしかめる。


その真意は定かではないが、どうにも男らしくない。


そして、男性が不自然な態度を取る大多数の要因といえば……。


(恋愛事情しかないわね!

間違いなく!)


思考を巡らした結果、自分なりの結論を見出した茆妃は自信ありげに言った。


「進兄様は何か理由をつけて、花蓮に会いたいだけなのではありませんか?

それなら素直に言っていただいた方が、男らしいと思いますが

?」


「こ、こら!

兄をからかうものではないよ!

会いに行きたいのは僕よりも、むしろ君の方じゃないのか!?」


「え~と、そんなことは……

全然まったく、ありませんよ~」


そんな進からの一言に図星を付かれた茆妃は、思わず目を泳がせる。


そんな茆妃の姿に苦笑しつつ、進は続けざまに言った。


「彼女と会うのに僕をダシにするのは構わないが、頼むから勝手に色恋沙汰を捏造するのは止めてくれよ?

いや、まさかとは思うが神室さんに僕のことを、あることないこと話したりはしていないだろうね?」


「それは、その……はい

大丈夫です

多分きっと……」


「な、なんだよ、その反応は?

まさか本当に、あることないこと言ってないだろうね!?」


ソワソワした態度とハッキリしない返答。


進は心底、不安を感じながら茆妃に冷たい視線を向ける。


しかし……。


「あははははは!

進兄様、冗談です、冗談ですよ!

そんなに慌てないでください!

変なことは何も言ってませんから」


茆妃はデスクをバンバンと叩きながら必死に笑いを堪える。


そんな茆妃の態度に流石の進も顔を引きつらた。


その後、呆れた表情で進が突然、口を開く。


「な、ならいいんだ

ところで前々から思っていたんだけど

茆妃は活発な方だったね」


「確かに一般的な淑女の方々に比べたら、活発な方なのは認めますけど……

それが何か?」


「いや最近さ

なんか活発というよりは少し、ガサツになってきているな~と思ってね

まあ、楽しそうだし別にいいのだけど

ただ、淑女からは益々縁遠くなってきたんじゃないかい?」


「ガ、ガサツ……?

私が?」


不本意すぎて納得できない発言。


それを受けて茆妃の笑顔が一気に引きつる。


(いやいやいや!

花蓮じゃあるまいし、私がガサツなんて何かの間違いよ!?

うん、進兄様はきっと、お疲れなんだわ!)


しかし、茆妃はすぐさま納得に足る理由を見つけ出し、即座に現実から目を逸らす。


そして、茆妃は毅然とした態度で進に告げた。


「何か誤解があるようですが、聞かなかったことに致します!

ともあれ、その一件は私と助手の花蓮にお任せ頂けませんか?


「え~と……それは有難いんだけど、神室さんは何時から茆妃の助手になったんだい?

それと、その格好はもしかしてホームズの真似なのかな?」


引きつった顔を益々、引きつらせながら進が動揺した口調で問いかける。


だが、そんなことなど意に介さず、茆妃は自信満々に言い放った。


「何を仰いますか、進兄様!

探偵といえば、このコスチュームこそ正装ではありませんか?」


「あ、うん

そうかもしれないけど、普通の探偵は事件を追ったりはしないよ

あれは創作だしね……」


「なら、私が怪事件専門の探偵になればいいだけではないですか!」


「まあ、そうなんだけどね、茆妃

君は本当の探偵じゃないんだから危ないことはちょっと……

止めてほしいかな~」


「はい、心得ております

お任せください!」


(ほ、本当に分かっているのだろうか……?)


進は我が道を行く茆妃の暴走具合に、一抹の不安を覚える。


稀にあることだが茆妃はとことん思い込むと、たまに暴走するのだ。


そして、この状態になると一切、人の話を聞かなくなるのだから、もはや打つ手などなかったのである……。


こうして、不安と期待が入り混じった感情を抑え込みながら、進は笑顔で茆妃を送り出した。


その思いを一切、表に出さないようにしながら……。


(まあ、暴走状態の茆妃の行動は大問題に発展することもあるけど、上手くいくこともあるしな

あとは今回も上手くいくことを天に祈るのみか……)


そして、茆妃の姿が見えなくなった後、進は何もない空間に向かって、真剣に手を合わせるのだった。


どうか上手くいきますように……と。


「で、今度は何?

また、面倒ごとでも持ち込みに来たの?」


「ふふふ

よくぞ、聞いてくれました!

実は、またもや難事件が起こってしまったのですよ

ワトソン君!」


「誰よ、それ?

というか今回はまた随分と大胆に厄介ごとを持ち込んでくれたようね?

もう二度と来るなって言ったはずだけど?」


「またまた~、嫌よ嫌よも好きのうちと言うでしょう?

とにかく、まずは話しだけでも聞いてほしいの

あと、つまらないものですが、どうぞお納めください」


茆妃はそう言うなり、勝ち誇った表情で、そそくさとテーブルの上に平包に包まれた菓子箱を置いた。


その直後、茆妃は目にも止まらぬ速さで、その菓子箱を瞬時に開封する。


この流れるような一連の動作に花蓮は思わず警戒するが……。


その中身を目にした瞬間、その警戒心が瞬時に吹き飛ぶ。


(こ、ここ、これはいったい……?)


こうして中身のお披露目がなされると同時、花蓮は驚愕のあまり、思わず喉を鳴らした。


「こ、これは何なの?

お饅頭のように見えるけど?」


「よくぞ聞いてくれました!

これはクリーム入り饅頭よ」


「ク、クリーム入り饅頭?」


(な、なんて存在感……

これは美味しい予感しかしない……)


花蓮はクリーム入り饅頭の何とも言えない存在感に気圧されながら、思わず息を呑む。


そして、追い打ちをするかのように茆妃が勝ち誇ったような表情で続けざまに告げる。


「さてと……

さっそく話しを聞いてほしいのだけど、構わないでしょ?」


(くっ……なんて嫌らしい顔……

でも甘いよ、茆妃!

私はあの後、簡単に誑し込まれないように精神修行をしていたんだからさ!

その程度で私の信念をへし折れると思ったら大間違いだよ!)


だが、勝ちを確信した茆妃に対して、花蓮が毅然と言い放つ。


「その程度の事で私が動くと思っているの?

随分と安く見られたもんだわ

それを持ってさっさと帰りな、茆妃!」


(な……なんですって!?

まさか、こんなことが……?)


圧倒的に不利な状況を覆す、強靭な精神力。


そんな花蓮の迫力に気圧され、茆妃は思わず歯を食いしばる。


予想外の結末、そして圧倒的な窮地。


まさに想定外の状況が、そこにあった。


なれど茆妃とて、親からお使いを頼まれた子供ではない。


引けない理由があって、ここに居るのだ。


ならば……。


(仕方がないわ

もう、あれしかないようね……)


茆妃は即座に切るべき予定のなかった切り札を切る覚悟を決めた。


(切り札を切るしかない!

本当は家に帰って私が食べる予定だったのだけど

背に腹は代えられないものね!)


そして、茆妃は自らの邪念を振り払いつつ……。


不敵な笑みを浮かべ、花蓮に対し再戦を挑む。


「まあ、そう言わず

なら、これならどうかしら?」


そう言って、茆妃は自分の横に置いてあった小箱を手に取り、素早くテーブルの上に置いた。


その小箱から飛び出したのは、雪のような白と赤のコラボレーション。


赤い生イチゴとスポンジ、生クリームで彩られた神々しい姿のショートケーキ。


それが異彩を放ち、テーブルの上に降臨する。


まさに芸術というべき至高の洋菓子。


それを目の当たりにして、流石の花蓮も思わず言葉を失った。


(こ、これはいったい……?

なによこれ!

なんなのよ、これはぁぁぁ!?)


花蓮の激しい動揺を察し、茆妃は詰め寄りながら耳元で囁く。


「聞いて頂けないようなら、これも持って帰ることになりますけど……どうしましょう?

ショートケーキはとっても甘くて美味しいのですけどね

お気に召しませんかしら~?」


(こここ、この女はぁぁぁ!?)


怒りのあまり、身を震わせる花蓮。


しかし、ショートケーキが放つ魅惑的な甘い香りに逆らえるはずもなく……。


花蓮はあえなく敗北することとなる。


「いいわ

話を聞きましょうか!」


こうして花蓮は、またしても洋菓子の誘惑に屈し……。


茆妃の話に耳を傾けることとなるのだった……。




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