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第6話 幽鬼後日談

科×妖・怪異事件譚


第6話 


幽鬼後日談


「それで今日は何の用?」


「そう邪険にしないでよ

はい、とりあえず、お礼も兼ねて、これを……」


茆妃はそう言うなり、いそいそと平包みを開き、テーブルに菓子箱を置いた。


「なによ、それ

物で私のことを釣ろうとか考えてるんだったら考えが甘いんじゃない?

どうせ、また面倒ごとでも頼みに来たんでしょ?」


だが、花蓮は茆妃の行動を怪しむような表情を浮かべた後。


勢いよく身を乗り出しながら茆妃を問い詰めつめた。


「流石に疑り深いんじゃないかな?

本当にお礼と、あの事件のその後の報告をしにきただけなんだけどね……」


「そう言われてもさ~

こうも度々、厄介ごとを持ってこられると疑いたくなるんだよね~?」


「なんか凄い言われようね

確かに色々と迷惑をかけたけど、そこまで恨みがましい視線を向けなくても……」


「何を言っているの!

一歩間違えたら死ぬかも知れなかったんだよ!

いくらなんでも真正面から突っ込むとか、無謀すぎだと思わないの!?」


「ははははは……

まあ……言われてみれば確かに……」


(まさか不機嫌だった理由が、そのことだったなんてね……

心配してくれているんだろうけど不器用というか、捻くれ者というか……でも)


苦笑しつつも茆妃は心の底から思った。


花蓮のそんな不器用な優しさは決して嫌いではないと……。


とはいえ。


(もう少し、分かりやすいと助かるのだけどね?)


本人が聞いたら間違いなく激怒しそうなことを考えつつも……。


茆妃は花蓮の隙を突いてを菓子箱の蓋を開く。


その瞬間。


暴れていた花蓮の目が箱の中身に釘付けとなった。


(こ、こりは、いったい、にゃ、にゃんにゃの……!?)


箱の中を埋め尽くす、網目状の焼き痕がついたホットケーキの如きもの。


そんな摩訶不思議な逸品を目にし、花蓮は思わず驚愕の表情を浮かべる。


しかし、瞬時に我に返った花蓮は、その動揺を悟ら悟らせないために何とかポーカーフェイスを保つと……。


茆妃から視線を逸らしつつ、問いかける。


「なによ、これ?

ホットケーキではないみたいだけど?」


「ええ、これはワッフルという洋菓子なの

リンゴジャムをつけて食すと、更に美味しくなるのだけど……

お気に召さないかしら?」


(り、りり、リンゴジャムをつけて食べるですって!?

ななな、なんて贅沢な!?)


花蓮の心の中で鬩ぎ合う葛藤。


自身の中で食への明日なき探究心と自尊心が、ぶつかり合い火花を散らす。


それはまさに熾烈なる争い。


一種の合戦だった。


しかし、花蓮の心の葛藤を知ってか知らずか、茆妃は爽やかな笑顔で告げる。


「もし、気に入ってもらえないのであれば持ち帰ることになるけど……

どうしましょう?」


(ええ!

も、持ち帰っちゃうの!??

ま、待って、そんなご無体なぁ!?)


表面上ではポーカーフェイスを装いながらも、花蓮は心は揺れていた。


花蓮は心の中で血の涙を流しながら、苦悶の表情でのた打ち回る。


このまま自尊心を守るために意地を張り続ければ、愛しのワッフルが茆妃という策士に強奪されてしまう。


しかし、だからといって自尊心はもはや信念。


そこを曲げれてしてしまえば、また何かあった時に、茆妃はきっと自分の発言を軽んじて無茶をするだろう。


だが、明日なき探究心を満たす機会は今だけしかない。


そんな拮抗する思いに苦悩しながら花蓮は、力強く奥歯を噛みしめた。


だが、その直後。


「あら、美味しそう

頂いてもいいかしら九条さん?」


「ええ、勿論ですよ、古乃破さん

それより、私はのことは茆妃とお呼びください」


「承知しました、茆妃さん

それでは頂きます

うーん、美味しい♪」


「はわわわわ

古乃破姉さん、何を勝手に??」


気配もなく突如として現れた伏兵、古乃破。


そんな彼女の奇行に動揺しつつ、花蓮は何とか威信を保とうと何とか声を絞り出す。


しかし……。


古乃破は悪気のない爽やかな笑顔で花蓮に告げた。


「こんな貴重な手土産まで頂いたのですから茆妃さんのことを無下にしてはいけませんよ?

分かりましたね、花蓮ちゃん?」


「う、ううう……

わかり……ました~」


古乃破の容赦のない一言に心を完膚なきまでに打ちのめされた花蓮は、力ない表情で素直に頷いた。


こうして、熾烈なる合戦は幕を閉じ……。


無事に報告会が開始されることとなった。


はずだったのだが……。


「うんうん!

おいひ~♪」


「あの~、本当に聞いてますか~

花蓮さん~?」


「聞いてるよ

聞いてますとも♪」


ワッフルに舌鼓を打ちながら、花蓮は整った顔を綻ばせる。


(ははは……

これ、絶対に聞いてないやつだよね?)


茆妃は自分の手土産チョイスを激しく後悔しつつも、それでも何とか会話に繋げようと奮闘を続けること5分後……。


結局、まともに聞いてもらえることなく、ワッフルを完食した花蓮が、改めて茆妃へと問いかける。


「ふ~、美味しかった♪

大体の話は分かったけど状況を更に詳しく知りたいから、おさらいして」


「お、おさらい……

ええ、分かったわよ」


(これ、絶対に聞いてなかっただけでしょ……)


花蓮にそう促され茆妃は内心、疲労感に満ちたタメ息をつきながら何とか、赤い女事件後のことを語り出す。


「それで、あの後の事なんだけど鉈に染みついた念とかいうのを花蓮に追跡してもらったよね?」


「あ~、うん

そんなことをしたような気がする

確か犯人が存在しないと事件が未解決になってしまうとかで、茆妃が私に『もう科学が絶対なんて言いませんから犯人を探して』とか言って土下座して頼んできたんじゃなかったけ?」


「そんなこと言ってないし、土下座もしてません!

事実を捻じ曲げるのは止めてよね!?」


「あれ~、そうだっけ~

おっかしい~な~?」


「おかしいのは花蓮の記憶力でしょ?」


「あはは、まあまあ

冗談はさておき、早く続きを話して」


(絶対に冗談じゃないでしょ!?

でも今は我慢しなきゃ

とにかく続きを……)


茆妃は怒りのあまり右手を強く握りしめながらも、何とか微笑んでみせる。


そして、一呼吸を置いたのち、茆妃は落ち着いた口調で再び、話し出した。


「それでね

花蓮から探し当てた呪いの残糸が続く地域で進兄様たちが聞き込みをして……

怪しい一人暮らしの男性を発見したそうなの」


「なるほどね

どうせ、その男が大量殺人をしていた異常者とかだったって話でしょ?」


「え……?

どうして知っているの?」


「そんなのは大体予想がつくよ

あれは自然発生の呪具だったからさ」


「自然発生の呪具?」


「うん

自然発生の呪具というのはね、様々な怨みや絶望の念を吸って生じるものなの

そして、そんな禍津品に変わる物は相応の因果と共にあるんだよ」


「その原因になったのが大量殺人?」


「そういうこと

最初は身近な一人を手にかけ、タガが外れた持ち主は正気を失った……

いや、そうじゃないか……

恐らくは殺された妻が怨念となって、自分を殺した夫を呪い殺そうとしたのだろうけど、その前に夫の精神が恐怖で壊れ、狂った

で、その結果、夫が妻を殺した鉈で他の人間を殺し始めたって感じかな」


「心が壊れて他の人を襲うとか正直、理解できないわ

でも何で、そんなことに?」


茆妃からの問いに花蓮は一考のあと、静かな口調で答えを告げる。


「男は現実が怖かったんじゃない?

だから現実から目を逸らしたかったんでしょ

妻を殺してしまったことと、妻に恨まれていることをからね

差し詰め、妻が寂しがって自分の所に現れてるんだと真実を捻じ曲げて、都合の良い幻想に逃げたんでしょうよ」


「その結果が呪具となった鉈を使っての殺人だったってこと?

警察の調査では、犯人の犠牲者は妻の浮気相手の男性だけだったはずだけど……」


「普通の人が一人くらい犠牲になったくらいじゃ呪具にはならないって

恐らく、もっと広範囲で調査すれば、更に犠牲者が出てくるはずだよ

例えば浮浪者とか、遠方からの旅行者とかかな」


「それは盲点だったわ!

さっそく、進兄様にそのことを伝えてみるね!」


「はいはい、好きにして頂戴

多分、三十人以上の犠牲者が居ると思うから調べてみなよ」


「ええ、ありがとう

でも、なんだかんだいって花蓮って結構、協力してくれるよね?」


「そ、それはあれよ!

そう!

美味しいワッフルのお礼!

私は対価に応じた仕事をしただけだから!」


花蓮はそんな茆妃の一言を受けて慌てて、言い訳をする。


しかし、茆妃は全てを見透かしているかのように花蓮に告げた。


「ふふふ、そういうことにしておくね♪」


「あっ!

絶対に信じてないでしょ、その顔は!?」


「何のことかしら

ちゃんと信じてますけど?」


「もう、二度と来るなぁぁぁ!!」


「ええ

また、なにか相談があった時は頼りにさせてもらうね」


「だから、来なくていいからぁぁ~」


こうして、花蓮の助言により、赤い女事件は更なる進展を迎え……。


犯人の隠された罪が明るみになっていった。


斯くして、赤い女事件は本当の意味での終焉を迎え……。


犯人の男に相応の裁きが下ったことは言うまでもない。





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