科×妖・怪異事件譚
第5話
幽鬼奇譚【後編】
「ちょっといいかしら」
「なに、古乃破姉さん?」
「その幽鬼はカラスの式神で貫かれた瞬間に霧散して消えたのよね?」
「はい、そうなります」
古乃破の問いを肯定するべく、茆妃がそう告げる。
しかし、その言葉を聞いて古乃破が少し考え込むような仕草をした後、ゆっくりと口を開く。
「普通に考えて強力な幽鬼が式神の攻撃で霧散するとは考えにくいです
つまり、本体は別で、それらは分体なのではないでしょうか?」
「分体というと?」
聞きなれない言葉に顔をしかめながら進が質問する。
「そうですね
言ってみれば写真や鏡に映った姿みたいなものです
だから分体自体は大きな力を持ちません」
「しかし、実際、赤い女に遭遇して行方不明者が出ているわけですし、やはり、本体なのでは?」
「いえ、恐らく分体は一種の通路
顔を見たという条件を満たした者を異空間に引き込んでいるのだと思います」
進の言葉を否定するように古乃破が言う。
だが、その直後、茆妃が続けざまに問いかける。
「だとすると本体が存在するということですか?
でも、わざわざ分体を飛ばして、獲物を探しているとしたら
赤い女は……」
「ええ、茆妃の考えている通り、恐らく本体は動けないんだと思うとなると犯人は思いが籠った物品だと思うんだけど」
思っていることを代弁するかのように茆妃の直ぐ後に、花蓮が言葉を続けた。
そして、古乃破が茆妃と花蓮の導いた答えを肯定しながら、こう続ける。
「それが答えで間違いないでしょう
付け加えるなら、その正体は呪具と都市伝説の融合怪異といったところですね」
「呪具と都市伝説の融合怪異……ですか?」
「ええ、呪具を生み出した執着に噂によって人々の恐怖が宿り、
力を持った存在です」
茆妃から発せられた問いを、古乃破は頷きながら肯定した。
「なら後は本体を探すだけか」
「そう簡単に行くかしら?
分体が多すぎて探すのが難しいと思いますが?」
「まあ、確かに厄介だけど式神を飛ばしまくれば
何とか探せなくはないかな~……」
「駄目ですよ、花蓮ちゃん
完全に無計画じゃないですか」
古乃破は花蓮の無計画さを指摘した後、静かな口調で話しを続ける。
「いいですか
もし探索で精神力を使い過ぎて、探し当てた本体が想像以上に
強力な怪異だったらどうするつもりです?」
「う……確かに、そうなんですけど」
花蓮はぐうの音も出なくなり言葉を詰まらせる。
しかし、その直後、茆妃が意気揚々と言い放った。
「大丈夫です!
その時は私たちが花蓮をサポートしますから!」
「九条さん……いえ、茆妃さんがサポートをするのですか
しかし、それは危険なのでは?」
「安心してください
疱瘡婆の時も私が隙を作ったんですよ!」
「本当ですか、花蓮ちゃん?」
「え、ええ、まあ……
そうと言えなくも……ないかな~」
古乃破に問われた花蓮は僅かに視線を逸らしながら曖昧な答えを返す。
その返答を受けて、古乃破は微笑みながら言った。
「守るべき立場の私たちが危険に巻き込むとか大問題ですよ、花蓮ちゃん?」
「待って!
これには海よりも深~い訳が!!」
「言い訳は見苦しいですよ?」
「待ってください
私が勝手にやったことですから花蓮は悪くないんです!
どうか許してあげてもらえませんか!?」
まるで窮地に駆けつけた救世主のように茆妃が花蓮を庇う。
その一言に古乃破は納得したように茆妃に告げた。
「覚悟が出来ているのなら私からは何も言うことはありませんね
ですが、半霊体の怪異には通常の武器は通じません」
「では拳銃で倒すことは出来ないということですか?」
「そうなりますね
討伐には相応の武器が必要になります」
進の質問に申し訳なさそうに答えたのち、古乃破は徐にテーブルの上に脇差を置く。
「あの……これは?」
「破魔の印を施した脇差になります
強力な妖などに対しては力不足でしょうが、この程度の怪異相手なら問題ないかと」
「そうですか、有難い話なのですが……」
「何か問題でもあるのですか?」
「いえ、恥ずかしい話し、接近戦の心得が皆無でして」
「そうでしたか、それは困りましたね」
だが、古乃破の言葉が放たれたのとほぼ同時、茆妃が隙を突いて破魔の脇差を掠めとる。
「なら私に使わせて頂きます」
「茆妃さんには、近接武器の心得があるのですか?」
「はい、剣術や武術の心得は一通り」
「そういうことであればお使いください
では花蓮ちゃん、頑張ってくださいね」
「え……古乃破姉さんは手伝ってくれないの?」
「私は別件がありますので、ごめんなさい」
「は~、しんどそうだな~……」
こうして、方針が決まり、花蓮は寝不足を抱えながら怪異本体の捜索を開始することになったのだが……。
しかし、事はそう簡単ではなかった。
(気配はあるのに肝心の本体が見つからない
参ったな……)
「どう、調子の方は?」
「うん……
今、七体の黒曜を飛ばしているんだけど、気配はあっても、
それらしい物品が見つからないんだよね」
「疱瘡婆の時のように簡単にはいかないってこと?」
「まあ、あの時は明確に妖だったから気配が濃厚で探しようがあったんだけど、今回は存在自体が曖昧だから紛らわしいの」
「つまり、探しようがないってことね
役立たず」
「役立たずじゃない!
絞り込んでるから見つけるのは時間の問題だって!」
「ならいいんだけどね……」
「良くはないよ、問題は見つけた後の方」
「見つけたら私が囮になって花蓮が倒せば一瞬だと思うけど
だって動けない相手なんでしょ?」
「その前に私の精神力が尽きたらそうするつもり?
その時は茆妃ただ一人で対処しなければいけないんだよ」
「そういえば、そういう可能性もあっただね
でも進兄様たちも居るから大丈夫」
「お気楽なことで」
茆妃のお気楽ぶりに呆れる花蓮。
だが、そう思うと同時に花蓮はある覚悟を決めていた。
命を賭けることになっても茆妃たち兄妹を必ず守ると……。
それは実母を失い、命の重さを理解している花蓮が自分の中に定めていた自分の内に秘めたる覚悟だった。
しかし、そんな時、黒曜の一体が何かしらの気配を捉える。
時は夜10時の深夜帯。
人ならざる者たちが姿を現す時間である。
そして、異変はやってきた。
気配を確認した周囲に赤い女が出現。
その場所というのは常磐橋付近であった。
「出たぞ!!」
そんな掛け声と共に進と十名の警官が出動するが、問題はその後だった。
進たちの目の前に現れた赤い女……。
その人数は数にして七体。
専門家ではない警官たちに対処する術は当然ない。
つまり、彼らに残された手段は自衛のために、ただ逃げ惑うのみ。
だが、その時だった……。
ショートカットの少女が橋の下に向けて走り出す。
その後方を銀髪をなびかせた巫女服の女性が続く。
「あの赤い女が本体で間違いない!?」
「私を誰だと思っているの?
間違っているわけないでしょ!」
茆妃と花蓮は赤い女との距離を一気に縮めながら赤い女に近付く。
そして、茆妃が見据えた先には目から血を滴らせた怨念めいた
赤い女の顔が……。
それはまさに鬼女。
怨みを重ね、何かを滅しようと望む憎悪の表情。
その顔を目にした瞬間、茆妃の全身に鳥肌が立ち、足が恐怖で竦むのを感じた。
しかし……。
(動け!
私の足!!)
茆妃は歯を食いしばり、精神力で恐怖心を叩き伏せる。
そして、そのまま茆妃は破魔の脇差を握りしめ前進を続けた。
だが、その直後、茆妃の動きを警戒し、赤い女が大きく口を開く。
そこにあったのはただの虚無。
無限のように広がる巨大な暗闇……。
空間より現れたのは眼球のついた血塗れの鉈。
鉈は金属が擦れるような雄叫びを上げを茆妃を睨めつける。
そんな予想外の状況に茆妃の反応は一瞬、遅れた。
しかし、その直後!
一匹のカラスが鉈に生えた眼球に突き刺さり、鉈がその動きを止めた。
「ボケてるんじゃない!
さっさと止めを刺して!」
「言われなくても分かってるわよ!」
花蓮に言い返しながら茆妃は破魔の脇差を構え、一閃。
その一刀が目にも止まらぬ速さで放たれる!
それとほぼ同時だった。
鉈が真ん中から寸断され、鈍く重い音が地面に響き渡ったのは……。
「グェェェェェ!!」
そして人ならざる者の絶叫が周囲に木霊し……。
赤い女たちは赤い霧となり消滅。
こうして赤い女の幽鬼は見事に討伐され、それ以降、赤い女の目撃情報も被害情報も一切、報告されなくなったのである。
ちなみに目撃者の男性は結界を張った部屋にいたため、難を逃れることが出来たわけだが……。
残念ながら行方不明者になっていた者たちは全員、遺体で見つかるという痛ましい結果で終わり、この怪異事件は幕を閉じる事となった。
しかし、その後、面子を重んじる警察はその後、総力を上げ、この鉈の所有者を特定。
真犯人として殺人を犯した男を逮捕し、その男に全責任を負わせることで公表できる形とし、何とか体裁を整えながら事件の幕引きを図ったのだった。
こうして、この事件は名実ともに解決。
街に再び平穏が戻ったのである。