目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報
第3話 幽鬼奇譚【前編】

科×妖・怪異事件譚


第3話 


幽鬼奇譚【前編】

「本当に参ったよ」

「また何かあったのですか、進兄様?」

自室で冴えない表情でため息をつく、進。

茆妃は、そんな進を心配そうに見つめながら、そう問いかける。

「うん、実はまた厄介な事件があってさ……」

そう言うなり進は茆妃に今現在、担当している事件の事を話し出す。

進によると、その事件というのは夜に真っ赤な服を着た女の目撃情報に関するもので、

その女に近づくと、全身血塗れで目から血を流し、追ってくるとのことだった。

そして、その女に追いつかれた者の中には行方不明者も多いとのこと。

明らかに常軌を逸した事件だった。

しかし……。

「それ……普通に怪我していた女性が助けを求めていただけでは?」

「ははは、だったら良かったんだけどね」

進は茆妃のそんな客観的な一言に思わず苦笑する。

常識的に考えたら、そう思うのは当然のことだ。

これだけのことで人外の何かが原因と考えるのは、早計と言わざる得ないのだから。

だが、それでも進はある思いを拭い去れなかった。

それは、1ヶ月前の我が身で経験した出来事から得たある種の予感……。

進は事件を追いかけている中で、疱瘡婆の一件と同じような匂いを

感じ取っていたのである。

だからこそ進は茆妃に向けて、こう告げた。

「僕が体験した疱瘡婆の一件、覚えているね」

「はい、花蓮という巫女に助けられた一件ですね

当然、覚えています」

「実は今回の事件は疱瘡婆絡みの怪異事件と様子が似ている

僕にはそう思えるんだ」

「気のせいではないですか

確かに不思議な事件でしょうが、もう少し、しっかりと調べれば

何か手掛かりくらいは掴めるのでは?」

「だけど、この事件の調査をしていた警官一名が行方不明になっていてね

一緒にいた同僚の警官も赤い女を見たと言っているんだよ」

「分かりました

私が調査に協力いたします!」

「気持ちは嬉しいんだけど、何でそうなるかな……」

やる気に満ちた茆妃の発言を受けて、進は思わず苦笑した。

「何なんですか、その反応は?」

「そんなに怒らないでくれ、茆妃

君に何かあったら僕が、兄さんたちや父さんたちに責められてしまうだろ?」

「まあ、確かに……そうですね」

「だから専門家に協力してもらおうと思っている」

「専門家って、当てがあるのですか?」

「何を言ってるんだか……

いるだろ?

僕を助けてくれた神室花蓮という巫女さんが」

「えっ……まさか

進兄様……」

進から出た言葉を聞いた瞬間、茆妃の表情が不自然に強張る。

そして、深呼吸をして心を静めたのち、茆妃はゆっくりと言葉を続けた。

「あのような感じの女性が好みなのですか?

私としては、あのようなガサツな女性とのお付き合いは推奨できませんが……」

「なんで、そんな結論になるかな!?」

茆妃の口から放たれた思わぬ一言に進は慌てて、問い返す。

「だって、助けられた相手に好意を持つのは世の常ではありませんか

それに見た目だけは銀髪で儚げな美しさを持っています

進兄様が誑かされるのも分からなくもありません」

「誑かすとか、僕の命の恩人に随分と失礼な物言いだな……

でも、そう言いながら本心では会いに行きたいと思っているんだよね?」

「そそそ、そんなことはありません!

あんな奇術師にまた会いたいとか

何を言ってるんですか、進兄様は!」

「奇術師じゃなくて巫女さんだよ

というわけで神室さん探し、よろしく」

こうして、進に神室花蓮探しを託された茆妃は翌朝、ブツブツと文句を呟きながら

周辺の神社巡りをすることになった。

そして、約十件目にして有力な情報を掴んだ茆妃は漸く、神室神社の敷地へと足を踏み入れる。

しかし……。

「何なんですか、ここは……」

茆妃はやや、うんざりした様子で山頂を見上げた。

神社は山の山頂にあり、その神社に続く階段は凄まじく長い。

まさに、お年寄りを寄せ付けない仕様だった。

いや、それ以前にこんな過酷な現状で参拝客は本当に訪れるのだろうか?

そんな疑問を持ちながら茆妃は神社に続く石階段を見つめた。

(いやいや、こんなところで立ち止まってる場合ではないでしょ

早く、花蓮のところに行かないと……)

茆妃は自分を鼓舞しつつ、その階段を一気に駆け上がる。

それから十分ほどが経過したころ……。

「は~、は~、は~……

やっと……到着……」

息絶え絶えになりながら茆妃は境内に、足を踏み入れることに成功した。

その直後。

境内の掃除をしてた巫女らしき女性が茆妃に話しかけてくる。

「あらあら、珍しい

参拝ですか?」

巫女服を着た黒髪長髪で20代半ばから後半といった感じの女性。

彼女は花蓮とは異なり、落ち着いた雰囲気を醸し出しながら、

彼女は茆妃にそう問いかけてきた。

「あ……いえ

花蓮さんに会いに来たのですが」

「花蓮のご友人の方ですか

今、呼んできますね」

そして、待たされること約5分後……。

嫌がって暴れる花蓮の襟元を猫のように摘みながら

女性が再び境内に顔を出す。

当然、花蓮は引きずるような形で連れてこられたため、

全身、砂に塗れていた。

(これはいったい、どういう状況なのだろう……?)

茆妃は一瞬この状況に気圧されつつも、何とか口を開き問いかけようと試みる。

「あの……なんで、こんなことになったんですか?」

「ほほほ、お見苦しいところをお見せしました

いえね、この子にご友人が来てることを伝えたら

そんなものは居ないから帰らせてなどと言われまして」

「それで……無理やり連れてきたということでしょうか?」

「はい、流石に失礼かと思いまして誠心誠意、説得して

来てもらいました」

(誠心誠意、説得……)

その言葉にもはや違和感しかなかったが、ひとまず女性に礼を言った後、

茆妃は花蓮へと話しかける。

「久しぶりね、花蓮」

「え~と……誰だっけ?」

「覚えていないなんて、失礼な!

九条茆妃よ!」

「え~と、ああ……確か疱瘡婆の」

「そう、その疱瘡婆の事件で、貴女に兄を助けてもらった

九条茆妃です」

「それで、今日は何か用なの?」

「ええ、不本意ですけどね

それにあの時のお礼もまだ言ってませんでしたので」

「そうなんだ

それで、お兄さんは元気?」

「ええ、お陰様で

あの時は助かりました

流石は奇術師、トリックを見破るのが上手いですね」

「トリックじゃない!

あれは妖だって言ってるでしょ!?

まったく、これだから科学信奉者は……」

「何だかんだ言って、しっかりと覚えているじゃないですか?」

「うるさい!

用が無いなら帰りなよ

シッシッ……」

茆妃の一言を受けて花蓮が、面倒くさそうに手で追い払うような仕草をする。

しかし、その刹那、巫女服の女性が凄まじい速さで接近し、清々しい笑顔のまま花蓮の頬を掴む。

「駄目よ、花蓮ちゃん

ご友人は大切にしないと」

「ご、ごめんなさい……古乃破姉さん」

「よろしい」

花蓮が青ざめた顔で謝ると古乃破は満足げに微笑み、花蓮を解放する。

その後、茆妃は客間に通され、お茶を飲みながら花蓮と話すことになったのだが……。

当然、古乃破が同席することとなり、茆妃は妙な圧を感じつつも、

ここに来た事の理由を花蓮に告げた。

「赤い女?

聞いたことないな~

古乃破姉さん、何か知ってる?」

「ええ、それは恐らく、妖というより強い怨念

つまり、幽鬼の類じゃないかしら」

「何ですか、幽鬼って?」

「幽鬼というのは死者の霊魂や亡霊

もしくは幽霊の類のことです」

「だったら害は無いはずなんじゃない?」

古乃破の言葉を否定するように、花蓮が続けざまに質問する。

「ただの幽霊なら確かにそうです

しかし、強い念が寄り集まり蓄積したら

どうなります?」

「確かに、そうなったら幽鬼と言えど

妖に近いものになるか……」

「どういうことなの

花蓮?」

状況が全くの見込めず、茆妃が花蓮に対して問いかけた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?