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第2話 疱瘡の怪【後編】

科×妖・怪異事件譚


第2話 


疱瘡の怪【後編】

「はあ??

妖って正気??」

「ふ~、そう言うと思ったわ

いるのよね、科学かぶれの頭の固い人」

「今、私のことを馬鹿にしたの!?」

「そんなつもりはないけど、科学が絶対なんて思い上がりだと思うわよ

科学で実証できている事なんて、たがが知れているわけだしさ」

「だとしても目に見えないモノなんて信じようがないじゃない!

いい加減にして!」

「まあ、いいわ

それじゃあ、私は人を探してるからこれで」

「ふん、私だって兄様を探してるんだから、これ以上、邪魔しないで頂戴!

って、なんでついてくるの!?」

「それはこっちのセリフ!」

茆妃と花蓮はお互い肩をぶつけ合いながら前進を続ける。

だが、その時だった。

茆妃はある違和感に気付き、花蓮に問いかける。

「ねえ、ちょっと!」

「私の名前は、ねえとか、ちょっとじゃない!

神室花蓮……それが私の名前だ」

「私は九条……九条茆妃よ

ところで神室さん、もしかしてだけど、あなたが追っていた人って

紺色のスーツを着た若い男性かしら?」

「そうだけど、それがどうかしたの

九条さん?」

「あの……その人が私の兄様なんだよね」

「なによ、それ

冗談にしてはタチが悪いんだけど

つまり、疱瘡婆の次の標的はアンタの兄さんってこと?」

「冗談じゃないわけないでしょ

とにかく、進兄様を探さなきゃ!」

「ところで、何処を探すつもりなの

当てはあるのかしら?」

「いや、ないけど……とにかく、根性と努力で探すわ

調査は足で勝ち取るのみよ!」

「待ちなさい

ストップ!」

茆妃が気合を入れて走る速さを変えようとした直後、花蓮が肩を掴みながら、

それを制止した。

「なによ、いきなり?」

「いきなりじゃない

無暗に探しても時間の無駄」

「だったらどうするのよ?」

「式神を飛ばして探させるわ

本当はあまり、やりたくなかったんだけどね

なるべく余力は残しておきたかったからさ」

「ふ~ん、式神ってことは、あなた陰陽師か何かなの?」

「まあ、陰陽導の専門家って訳ではないけど一通りは

科学信奉者の割には、意外と詳しいわね?」

「あくまでも知識だけよ

勿論、信じてはいないけど」

「はいはい、まあ、どうでもいいよ

そういうのはとにかく、アンタのお兄さんを探すわね」

花蓮はため息をついた後、懐から数枚の式札を取り出し、上空へと放つ。

それらが風に乗り、周囲へと飛び去っていくのを見送った後、

不意に茆妃が毒づいた。

「風に乗せて飛ばすだけで、進兄様を探せるんだったら

紙飛行機を飛ばしても探せるんじゃない?」

「一緒にするな

そんなもので探せたら苦労はしないわよ」

しかし、そんなやり取りも束の間。

式神が何かを見つけたらしく花蓮が突然、走り出す。

「ちょっと!

いきなり、どうしたの!?」

「見つけたのよ、アンタのお兄さんを」

「本当なの!?

それで、何処にいるの?」

「この先にある丘の霊園よ

ところで、いつまで付いてくるつもり?」

「当然、最後までに決まってるでしょ!」

「足手まといになるから

来なくていいんだけど……」

「甘くみないで!

こう見えても色々な武術に精通してるんだからね!」

「はいはい

自分の身は自分で守って頂戴」

(参ったな……

何かあった時、守れるか分からないんだけど

どうしようかな……)

内心、一抹の不安を感じながらも花蓮は、その思いをあえて口に出さずに、

胸の内にしまい込む。

そして、日が落ち始め、夕暮れとなった頃、2人は遂に丘の霊園へと辿り着く。

「進兄様!

何処にいるのですか!?」

霊園に辿りつくなり、周囲を見回しながら茆妃が声を張り上げる。

「余計な体力を使うな

魅入られているのだから叫んでも答えないぞ」

「魅入られているって、どういうことよ?」

「妖のその多くは心の隙間に入り込んでから危害を加えてくるわ

アンタの兄さん、何か魅入られやすい状況だったんじゃないかな?

何か心当たりとかある?」

花蓮からの質問にあることを思い出した茆妃は、俯いたまま口を開く。

「確かに、あなたの言う通り心当たりがあるわ

神室花蓮さん」

「花蓮でいい。さん付けとかいらないから

それで、その心当たりというのは?」

「うん、実は最近、天然痘にかかって亡くなった人の墓が荒らされる

遺体の窃盗事件が発生していてね

進兄様がその事件の責任者なんだけど、手がかりすら掴めなくて……」

「それで精神的に追い詰められていたと?」

「ええ、そういうことになるわ……」

「なるほどね

それじゃあ、アンタの兄さんの心情がハッキリしたことだし、

負の念探しといきましょうか」

「探せるの?」

「当然」

不敵に微笑みながら花蓮は式札に念を込め祝詞を唱える。

それは本来の陰陽術とは異なる手法であり、花蓮が独自のアレンジをした

式神術。

その効力は探索に特化したものだ。

ただし、その発動条件は探す対象の心情を把握しなければならず、

決して使い勝手が良いものではない。

しかし……。

「覆いつくす闇を打ち払え!

明鏡の式!」

花蓮が誰もいない空間に式神を放った瞬間、眩い光が周囲を覆いつくし、

目の前の空間が歪み……。

まるで今まで見ていた光景が偽物だったかのように周辺の景色が変わり、

枯れ果てた木々が、その姿を現す。

更にその目の前には虚ろな目をした進が佇んでいる。

「進兄様!」

進の姿を見て茆妃が慌てて駆け寄ろうとしたが、

花蓮が手を広げ、それを制止した。

「ちょっと、何するのよ!?」

「少し落ち着きなさい

よく目を凝らして……」

そう言うなり、花蓮は茆妃の額に式札を貼り付ける。

「な、何なの……あれは?」

次の瞬間、茆妃は悍ましいモノを目の当たりにし、

思わず手で口を覆う。

顔と言わず、身体と言わず。

全身がびっしりと小さな疱瘡で覆いつくされた老婆が、

進の上半身に腕を絡め纏わりついている。

あまりにも醜く、あまりにも悍ましい姿をした身の毛もよだつ……。

まさに妖と呼ぶに相応しい存在だった。

「あれがアンタの兄さんに憑りついているもの

疱瘡婆よ」

「疱瘡婆……?」

「疱瘡婆はね、死体を食べるために目をつけた相手を

天然痘にして病死させる妖なの」

「あり得ないわ……

こんなこと」

「現実よ。目を逸らさないで」

花蓮が厳しい口調で茆妃に告げる。

「分かったわよ

もう、目を逸らさない

それで、ここからどうするのよ?」

その一言で我に返った茆妃が花蓮に対し、お返しとばかりにキツイ口調で

言い返す。

「何とか、アンタの兄さんから疱瘡婆を引きはがして浄化する」

「今のままじゃ、出来ないの?」

「心の隙間に深く入り込んでいるから、このままじゃ

浄化できないわ

そんなことをしても心の隙間に逃げられるだけだしね」

「役立たず」

「アンタはだけは言われたくない」

「ふざけないで

私は……役立たずじゃない!」

「ちょっと何を!?」

茆妃は一瞬、微笑むなり前へと駆け出す。

その後、距離を一気に詰めたのち……。

「進兄様!

そんな奴に負けないで!」

力いっぱい進の頬に往復ビンタをお見舞いした。

「おう!? あう!!?」

ビンタの勢いで尻もちをつき、正気を取り戻す進。

それと同時に、疱瘡婆が進の身体から引きはがされる。

「今よ!」

「なんて、無茶苦茶な……

でも、中々やるじゃないアンタ」

茆妃の行動に一瞬、呆気にとられながらも花蓮は既に距離を詰めていた。

そして、花蓮は大麻【おおぬさ】に霊力を込め渾身の霊激を疱瘡婆へと叩き込む。

次の瞬間、疱瘡婆の身体は霧散し辺りに静寂が周囲を包み込んだ。

「これで……

終わったの?」

「ああ、終わったよ

それじゃあね

九条茆妃」

「茆妃でいいよ」

「分かったよ

茆妃」

こうして、死体盗難事件も天然痘の流行も無くなり、事件は無事に解決。

当然、犯人が妖だから犯人逮捕などできるはずもないのだが……。

その数日後、たまたま金品目的で死体を盗んでいた窃盗団が進によって逮捕され

彼らが犯人だったって事で、この事件は幕を閉じる事となった。

勿論、濡れ衣なのだが誰1人、窃盗団の言葉を信じなかったのは言うまでもない。

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