東間からの連絡があってすぐ、梓くんが荒木さんと話をしてくれた。
これまでの経緯を説明して、私がお父さんと接触することがないように、なるべく仕事には荒木さんが同行してくれることになった。
今までのように私と荒木さんだけの事務所ではなくなったことで、荒木さんも私にだけ構うことはできない。真希乃ちゃんや久留生さんのお仕事もあって、忙しい中本当に申し訳ないと言えば、荒木さんから軽くチョップを食らった。
「所属タレントを守るのが、俺の仕事。だから、祈里ちゃんは何も気にせず、のびのびと仕事してよ」
「うん……本当にありがとう」
「それに、これからは三人一緒の仕事も増えていくし、その心配も無用だよ」
じゃーん、と荒木さんは一枚の紙を広げる。
それは、私と真希乃ちゃん、久留生さんが共演した、羽風監督の映画のフライヤーだった。
「映画の宣伝が始まるよ! 今日から、SNSに撮影中のビハインドもアップしてOKだって」
「わぁ! ついに!」
嬉しい! と、荒木さんと手を取り合って喜び跳ねる。
「さっそく来週、バラエティ番組の収録も決まってるから、よろしくね」
「三人で? すごく楽しみ!」
キャッキャッと喜びあっていれば、「おはようございます」という声とともに真希乃ちゃんと久留生さんが事務所に入って来る。
荒木さんは、「あれ?」と二人を見て首を傾げた。
「今日、二人ともオフだったのに。どうしたの?」
「栄斗と二人で買い物に行ってて。美味しいスウィーツ買ってきたから、差し入れに」
真希乃ちゃんの言葉に続いて、久留生さんが近くの洋菓子店の紙袋を荒木さんに差し出す。荒木さんは「ありがとう」と嬉しそうに受け取り中身を確認すると、「せっかくだからみんなで食べようよ」と二人に声を掛けた。
「飲み物、コーヒーでいいかな?」
「俺、手伝います」
「久留生くん、ありがとう」
荒木さんと久留生さんは二人で給湯室のほうへ消えていく。
私は今のうちだと、そっと真希乃ちゃんに近付いた。
「久留生さんと二人でどこに買い物行ってきたの?」
一体どんなデートをしてきたのだろう。
「最近、栄斗、引っ越ししたの。それで、家行ったら、なぁんにもなくてさ」
まじでなにもないの! と、真希乃ちゃんは、その光景を思い出して興奮したのか、目を丸々とさせる。
「それで、家具とかどうしたの?って聞いたら、引っ越すときに邪魔だから捨てたっていうの。だから、一緒に家具とか食器の買い物行ってきたんだ」
「久留生さんって、そんな豪快な人だったんだ」
「私もびっくりだよ」
給湯室から久留生さんの姿がちらりと見える。私が家具を全部捨てた久留生さんを想像して吹き出せば、真希乃ちゃんもくすくすと肩を揺らして笑った。
「久留生さんと、本当に仲良しなんだね」
「仲良しっていうか、お互いにお互いしかいなかったの。その延長線かな。育ってきた境遇もほとんど同じだし」
「そっか」
うん、と真希乃ちゃんは頷いた。真希乃ちゃんにとっても、久留生さんは特別であることには間違いなさそうだ。
けれど、これを恋心に昇華させるのは、とても難しいことかもしれない。複雑な環境下で、常に一緒にいたからこそ出来上がった関係。
「栄斗、ケーキまだー?」
「もう準備できる。あ、こら。つまみ食いすんな」
給湯室のほうへ向かった真希乃ちゃんと久留生さんの小競り合いが聴こえてくる。「二人ともやめな」なんて、子どもの喧嘩を止めるような荒木さんの声もして、なんて微笑ましい空間なんだろう。
久留生さんと真希乃ちゃんの関係が、これからどう変化していくのかは分からないけれど、今は今で、とても幸せなもののように私には思えた。
応接用のテーブルを囲み、真希乃ちゃんと久留生さんが買って来てくれたケーキを食べる。
いちごフェアをやっていたそうで、ピンク色のクリームが可愛らしく、ケーキの上に飾られた苺は、ナパージュが塗られていて、まるで宝石のように輝いている。
「羽風監督の映画、宣伝も解禁されたんだね」
真希乃ちゃんが荒木さんに尋ねる。荒木さんが「そうなんだよ」とニコニコしながら頷けば、久留生さんが「友上さんがさっそくSNSに投稿してた」とスマートフォンの画面を見せてくれた。
ルイちゃんのアカウントが表示されていて、メイク室で撮影した私のルイちゃんの2ショットや、真希乃ちゃんや久留生さん、羽風監督の写真まで投稿されている。
それに桜井さんが「いいね」をつけていて、二人がお互いをフォローし合っていることを初めて知った。
「私もあとで何か投稿しようかな」
「コスモプロダクション的に、SNSの投稿で守って欲しいルールとかあります?」
真希乃ちゃんの言葉に続けて久留生さんが荒木さんに問いかける。荒木さんは「うーん」と考え込むように、一度天井を見上げた。
「みんなもう大人だしね。特に、これっていうルールはないけど。他人に迷惑かけるようなことがなければ大丈夫。あ、よその事務所のタレントさんと一緒に映ってる写真は、一応、俺に確認とってね」
たまに嫌がるタレントさんとか事務所があるから、と荒木さんは続けた。荒木さんのほうから事務所に確認を取ってくれるそうだ。
それ以外は基本自由だよと荒木さんは言う。私たちはそれに「分かりました」と返事をして頷いた。
「そういえば、祈里ちゃんってSNSやってないの?」
「あ、うん。私は、荒木さんに管理してもらってるやつしかないよ」
『羽柴祈里STAFF』と書かれたアカウントを見せる。荒木さんはそれに、「え!?」と目を丸くした。
「祈里ちゃん、そうだったっけ?」
「そうだよ。最初にアカウント作成するときに、二人で話し合ってそうしたんだよ」
「そっかそっか、すっかり忘れてた。真希乃ちゃんと久留生くんは、個人アカウントがあるんだよね?」
「はい」と久留生さんが頷く。
「私たちのもスタッフ管理にする?」
「いやいや、いいよ。祈里ちゃんのアカウントを個人のやつに変えようよ、せっかくだし」
「いいの!? 実は憧れだったんだ、自分専用アカウント」
「それじゃあ、さっそく手続きするよ」
ケーキを食べ終えた荒木さんがパソコンに向かった。私たちで片付けようか、と真希乃ちゃんと久留生さんと一緒に、テーブルの上のお皿やカップを片付ける。
その間に荒木さんがしてくれた処理はとても簡単で、アカウント名から『STAFF』の文字が消えて、IDとパスワードが私管理になったくらいだった。
今日から個人アカウントになりました、とさっき食べたケーキの写真とともに投稿する。数分もしない内にルイちゃんからコメントと「いいね」がついて笑ってしまった。
真希乃ちゃんと久留生さんからもフォローが飛んできて、フォローバックする。
帰ったら梓くんにも教えてあげようと、自然と口元が緩んだ。
「ねぇねぇ、祈里ちゃん」
「うん? どうしたの、真希乃ちゃん」
こそっと真希乃ちゃんが内緒話をするように私の耳に口を寄せる。
何を言われるのだろう、と耳を澄ました。
「今度、バレンタインのチョコ作るときも、写真いっぱい撮ろうね。あとから、ルイちゃんと三人で同時に投稿しようよ」
「あ、いいね」
顔を見合わせて私たちは笑う。何の話? と言う久留生さんに、「内緒」と返す私と真希乃ちゃんの声が重なる。
こんな楽しい時間が、いつまでも続けばいい。
来年も再来年も、そのあとのずっと先の未来も、ずっとこんな時間が続いてほしい。
こうやってみんなで笑い合えたら、どれだけ幸せだろうか。