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第七十六話 恋する乙女たちの相談会

「二人は、バレンタインどうする?」


 平日の夕方。ルイちゃんから女友達三人のグループトークを通して突然の招集がかかった。

カフェのボックス席、私と真希乃ちゃんの向かい側に座るルイちゃんは、オレンジジュースの入ったグラスを両手で包み込むように持って言う。

 その顔はどこか悩ましげだ。


「もうバレンタインの話? まだ一ヶ月以上あるけど」


 真希乃ちゃんはティーカップに入ったホットティーに息を吹きかける。そんな真希乃ちゃんをルイちゃんはキッと睨み上げた。


「まだ!? もう一ヶ月しかないよ! 百円均一とか行ってごらん!? もうバレンタイン商品のコーナーできてるから!」


 ドンッとルイちゃんが拳をテーブルに打つから、グラスがカタカタと揺れた。「落ち着いて」とそれを制止すれば、今度は泣きそうな表情に変わってルイちゃんは私を見る。コロコロと変わるルイちゃんの表情に目が回りそうだ。


「羽柴ちゃんは、日下部っちに何あげるの?」

「え、まだ全然、なにも考えてなかったけど。でも、手作りのガトーショコラとかにしようかな」

「ああー、そうだ。羽柴ちゃん、お料理上手な人だったー! 去年もらったチョコレートタルト、めっちゃ美味しかったもん」


 うわぁん、とテーブルに突っ伏すルイちゃんに私と真希乃ちゃんは困り果てて顔を見合わせる。一体この情緒不安定さの原因は何なのだろうか。


「バレンタインに何をあげるかで悩んでるの?」


 テーブルに伏せたままのルイちゃんに問いかける。ルイちゃんは頷いたとも首を横に振ったともとれない、曖昧な頷き方をした。


「…………の」


 ルイちゃんが小さな声で何かを言ったけれど、うまく聞き取れない。なんて言ったの? と私を真希乃ちゃんはルイちゃんに耳を寄せた。


「……初めてなの」

「初めてって?」


 私と真希乃ちゃんの声が重なる。


「だから……! 好きな人とバレンタイン、一緒に過ごすことが……!」


 ルイちゃんがバッと顔を上げる。真っ赤な顔に瞳はウルウルと潤んでいる。私と真希乃ちゃんは「キャッ!」と両手で口を覆った。


「だから、どうしたらいいか分からないの。チョコとかあげたいけど、何あげたらいいか分からないし。手作りのほうが特別感あるかな、とか……。でも、自信ないし」


 羽柴ちゃんみたいに上手だったらよかったんだけど、とルイちゃんは眉を下げた。友達にプレゼントするのとは違うでしょ? と言うルイちゃんの気持ちはよく分かる。色々なことがあって忘れてしまっていたけれど、私もいざ梓くんに渡すものを考えると不安になってきた。


「たしかに……適当なことはできないかも」

「でしょ!?」

「二人の恋人は幸せものだねぇ」


 こんなに悩んでもらっちゃって、と真希乃ちゃんはニヤニヤと私たちを見る。

 ふと脳裏に久留生さんの顔が浮かんだ。


「真希乃ちゃんは? 今年のバレンタイン、どうするの?」

「私? うーん、二人みたいに特別な人がいるわけでもないしなぁ」


 真希乃ちゃんは私の質問に首を捻る。


「えっと、久留生さんには……? あげたりしないの?」

「栄斗? 栄斗には毎年、市販のチョコレートあげてるけど。今回もそうしようかな」

「市販品かぁ」


 ルイちゃんがそう言いながら、オレンジジュースをストローで啜る。


「最近は可愛いものもたくさん売ってるし、私もお菓子作りはあんまり得意じゃないから」

「確かに可愛いもの多いよね。変に手作りするよりは、まきぴょんみたいに買ったほうがいいかなぁ」


 二人の会話を聞きながら、真希乃ちゃんを見つめる愛しそうな瞳を思い出す。余計も余計なお世話だけれど、どうにか二人の距離を縮めるチャンスを作ってあげたくなる。赤ちゃんのころから一緒にいると言っているだけあり、真希乃ちゃんは完全に久留生さんを家族感覚で見ているのは、二人を見ていてよく分かる。結局最後は真希乃ちゃんの気持ちや、二人の心次第なのだけれど、真希乃ちゃんが久留生さんを見る瞳のチャンネルが変わるキッカケを作ってあげられないだろうか。


 仮にそうはならなくても、真希乃ちゃんから手作りチョコレートをもらえたら、久留生さんはきっと嬉しいだろう、なんてお節介な私が顔を出そうとしている。


「あ、あのさ……! よかったら、今年のバレンタインは、三人で一緒に作らない……!?」


 思い付きではあるが、思い切ってそう切り出してみる。私が教えるから……! と言えば、ルイちゃんは不安げだった瞳を途端に輝かせて、身を乗り出すようにして私の手を両手で握った。オレンジジュースのグラスをずっと握っていたせいか、ルイちゃんの手はとても冷たい。


「羽柴ちゃん……! アタシの天使……! めっちゃ助かる! ぜひお願いっ」

「え、私もいいの?」

「もちろん。真希乃ちゃんも一緒に作ろうよ」

「嬉しい! わぁ、楽しみ。こういうの友達同士でするの憧れだったんだよね」


 今からワクワクしちゃう、と真希乃ちゃんは肩を竦めて可愛らしく笑った。久留生さんにこの可愛らしい真希乃ちゃんの笑顔を見せてあげたい……!


「上手にできたら荒木さんにもあげよーっと」


 私と久留生さんの想いを知らない真希乃ちゃんは楽しそうだ。久留生さんの恋はなかなか難しいものになりそうな予感に、心の中で苦い顔をしてしまう。けれど、出会ったころよりも柔らかい表情を多く見せてくれるようになった真希乃ちゃんに、きっと久留生さんも喜んでいるだろうと想像して、勝手に温かい気持ちになった。


「羽柴ちゃん、あんまり難しくないレシピでお願いね。アタシたち、初心者だから」

「うん、可愛くて簡単なメニュー、探しておくね」


 二月十四日のバレンタインまでまだ一ヶ月以上もあるけれど、胸の中には甘いチョコレートの香りが広がる気がする。きっと今年は特別で、甘酸っぱいバレンタインになる予感がして、私の胸もワクワクと高鳴った。



 ルイちゃんと真希乃ちゃんと別れ、帰宅する。


「あ、あったあった」


 寝室に梓くんが私用にと置いてくれた本棚の中から、スウィーツのレシピ本を、私はさっそく引っ張り出した。


 リビングのソファーに座り、何がいいだろうかとレシピ本の中から探していく。工程が難しいものは避けて、デコレーションを楽しむことを中心にしたチョコレート菓子がいいかもしれない。

 昔買ったドーナツのシリコン型もあるし、チョコレートドーナツを作ってトッピングに力を入れるのはどうだろうか。小さなチョコマフィンも可愛くていいかも。チョコレートタルトも美味しそうだ。


「悩むなぁ」

「なに悩んでるの?」


 不意に後ろから腕が伸びてきて抱きしめられる。慌ててレシピ本を閉じて後ろを振り返れば、ソファーの後ろから私を覗き込む梓くんがいた。


「びっ……くりした」


 家にいることは知っていたけれど、お仕事中のようだったからあえて声はかけなかった。けれど、梓くんが部屋から出て来ていたことに全く気付かなかった。驚きすぎて心臓がバクバクといっている。


「俺が部屋に入ってきたことにも気付いてないんだもん。すげぇ集中してたけど」


「お菓子の本? 美味しそう」と、私が手に持っているものへ梓くんが手を伸ばすから、慌ててそれを遠ざける。「避けられた」と瞳を瞬かせる梓くんに「これはダメ」と言う。


「秘密のこと?」

「うん。親友との内緒話」

「おお、それは聞いたらダメだね」


 そう言って梓くんは両手をあげて私から体を離した。


「あ、でも。梓くんが不安になるようなことは何もないからね」

「それは分かってる、心配しなくていいよ」


 梓くんは可笑しそうに笑う。

 そのとき、私たちの会話を割くように、梓くんのスマートフォンが着信を告げた。


 梓くんが通話を取る。漏れて聞こえてくる声には、聴き馴染みがあった。


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