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第六十二話 友達だから

 夜の帳が下りた町。お店のネオンが連なっていて明るさはあるものの、人気のない通りだからかちょっとした不気味さを感じる。


「ルイちゃん」


 物陰から通りの様子を伺うルイちゃんは、こちらを見ずに「うん?」と返事をした。


「本当にここに城川さんが来るの?」

「その予定。週刊誌の記者と密会する約束してるみたいだよ」

「ルイちゃんにバレてたら、それはもう密会じゃないんじゃ……」

「うちにはうちの情報網っていうのがあるの」

「そうなんだ……」


 事務所と密接な関係があるとは言っていたけれど、そういう情報まで手に入れられるなんてすごい。関心というよりは恐怖すら感じる。


「本当、怖いよね」


 ぬっと音がしそうなほど、ぬるりと低い声が私とルイちゃんの背後から聞こえて、思わず私たちは「ギャー!」と可愛らしくない悲鳴を上げてしまった。慌てて自分の口を両手で塞いで、心臓をバクバクさせながら振り返れば、ジトッと睨むような眼をした荒木さんがいた。


「あああ荒木さん!?どうしてここに……?」

「二人に待ってって言ったのに、全然待ってくれないから……ったく、お前たちは……」


 ごん、ごん、と私とルイちゃんの頭に荒木さんの拳骨が落とされる。「痛い」と私たちは口を塞いでいた手で今度は頭を押さえた。力いっぱいではないものの、確かにそこに怒りは込められていて、涙目になるくらいには痛かった。


「ひどい、荒木さん。アタシ、他事務所のタレントだよ!?」

「関係ない。俺は、一人の大人として君たちと話してるの」


「うっ」とルイちゃんの言葉が詰まる。荒木さんは、大きく深い溜息を吐くと、「どうせこんなことだろうと思ったよ」と嘆くように言った。


「危ないでしょ、こんなところに二人だけで来るなんて」

「でも、城川さんを助けるにはこうするしか……」

「タダじゃないんだよ、情報って。ルイちゃんのところが、どういう交換条件で今回の情報を得たのか俺は知らないけど……城川さんだってそうだよ。彼女も何かしらの対価を払ってるはずだ」


 荒木さんの言葉を受けてルイちゃんを見れば、彼女は気まずそうに目線を泳がせた。


「ルイちゃん、そうなの?」

「どうしても友達……まきぴょんを助けたいって思ったの。でも、大したものじゃないから安心して」

「大したものじゃないって……」

「近いうちに、私と彼氏のスキャンダルが出るだけ。もうマネージャーにもバレてるし、それに彼にも話してあるから。大きな問題にはならないと思ってるよ」


 そういうキャラで売ってるわけでもないし、とルイちゃんは笑った。それでもどこか緊張しているような表情で胸が痛む。私たちのことがなければ、ルイちゃんがここまでする必要はなかったのではないか……。


「まぁ、とにかくそういうこと。そんなところに祈里ちゃんたちが絡んで、良いことなんて絶対にないし、危ないよ。見つかったときにどんな目に合うか……。もっとちゃんと調べて、確実に城川さんを助けられる方法を探そう。もう遅いから、ルイちゃんは一度家に帰ったほうがいい」


 また明日事務所で落ち合おう、と荒木さんが言う。その後ろ、少し離れた路地裏から人が出てくるのが視界の端に映った。


 男女が連れ立っている。暗くて顔はよく見えず、じっと目を凝らす。


ネオンが反射するほど綺麗な黒い髪。夜でもサングラスをかけるその人を、私は知っている。


「城川さん……」

「え?」


 ルイちゃんと荒木さんが、私の声に導かれて振り向くよりも早く、私の足は早く一歩を踏み出した。

 腕を組んで歩く二人を追いかける。途中で足がもつれて、転びそうになりながら、夢中で彼女の背中を追いかけた。


「祈里ちゃん!」


 荒木さんの手が私のコートをかすった感覚がした。けれど、二人が向かう先にある、艶めかしい色をした看板を見たらとても止まってなんかいられなかった。


「……待って!」


 追いついて、彼女の腕を掴む。私を振り向いた拍子に、掛けていたサングラスがズレて、向日葵が閉じ込められたような瞳を彼女は大きく見開いた。


「祈里、ちゃん……!?」

「ダメだよ、城川さん」

「ちょっと離して、」

「いやだ、離さない」


 振り解こうとする彼女の腕を掴む手に力を込める。彼女の隣にいた、無精髭の生えた男性が私を見て苦笑いをしていた。


「羽柴祈里じゃないか。一体、何なんだ?」

「彼女は何でもないです。ね、もう行きましょう」


 甘えるような声で城川さんはその男性に話しかける。


「その人、週刊誌の記者さんだよね?」

「だったら、なに? いい加減、離してよ」


 睨むように城川さんが鋭い目つきで私を見る。


「……友達だから。城川さんと私。友達だから、この手を離せないよ」


 城川さんが息を飲むのが分かった。怯んだように、さっきまで鋭かった目が大きく揺れる。


「日下部くんのためなんだよね? こんなことしているの」

「……」

「日下部くんとのスキャンダルを出したのは、桐生院さんの目を欺くため。このあとに出すつもりでいるものが、城川さんにとっては本命でしょう?」

「……だから、なに?」

「桐生院さんに忠誠を誓っているフリをして、ルーチェを壊すことが目的なんだよね。そうしたら、日下部くんも解放されるから」


 力が入っていた城川さんの腕から力が抜ける。


「ねぇ。自分をそんな風に犠牲にしないで。一緒に帰ろう……?」

「できないよ、もうここまで来たら。帰れる場所だって、もうなくなっちゃう」

城川さんから弱々しく言葉が紡がれた。だって、と続けて、私を見る瞳には涙が溜まっているのだろう。街の明かりを反射してキラキラときらめいている。

「帰れるよ、大丈夫。私が、何とかするから」

「何とかって……何するの?」

「大丈夫、任せて」


 城川さんと男性記者の間に割って入るように体を滑り込ませる。城川さんを私の背中に隠すようにして、追いついた荒木さんに城川さんを連れていくようにお願いする。


「祈里ちゃんも一緒に行こう」


 荒木さんにそう促されたけれど、先に行ってもらうようにお願いする。ルイちゃんは荒木さんの指示だろうか、遠巻きにこちらを見ていた。


「おいおい、ちょっと待ってくれよ。今回のネタはなしってことか? 色々そっちの希望を聞いて、メディアにも取り上げられるように力を入れてやったのに」


 荒木さんが城川さんを連れていってしまったことで、男性記者が不満そうな声を上げる。


「いくらですか? 私がその分、払います」

「払うって、あんたに何ができるっていうんだ。こっちだって色々無理をきかせて、雑誌に載せたんだ。それに今回のネタは、芸能界をも揺るがす特ダネだぜ? それ以上の価値がないと、こっちだって簡単に身を引くわけにはいかないだろう」

「お金……は、ないけれど。私の……私の家族のことでもいいです。結構、いいネタになると思います。もし、それで足りないなら、何でもします」

「何でも?」


 男性の視線が、私の頭の先から足の先までを舐めるように動いた。ぞわぞわと寒気が背筋を走った。その視線を意味するものが何か分からないほど、私は鈍感でもないし子どもでもない。

ここまで女優として知名度が上がるほうが奇跡だった。日下部くんと荒木さんのおかげでここまで来れた。荒木さんにはまだまだ恩返しできていないけど、でも、日下部くんを助けたいって気持ちは、城川さんと一緒だ。


 城川さんと同じ。私も日下部くんのことが、ずっとずっと大好きだから。そして、城川さんのことも大切だから……。女優としての地位よりも、私はこの二人を手放したくない。


 結局、やろうとしていることは城川さんと同じかもしれない。


 でも、もう、助けてもらってばかりは嫌なんだ。


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