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第六十一話 あの子の目的

 ルイちゃんがメッセージを送って来てから数十分後。

 勢いよく事務所の扉が開かれて、私と荒木さんはビクッと肩を跳ね上げた。驚いて振り返れば、ルイちゃんがキッと私を睨み、ズンズンと大股で迫って来る。


「え、ちょ、ルイちゃん……?」

「羽柴ちゃん!」


 迫って来た勢いは殺されることなく、ルイちゃんが私の肩を掴む。その弾みで私の体は大きく揺れた。強く掴まれて少しだけ痛いくらいだ。


「どうして、ちゃんと話、してくれなかったの?」


 おかしいと思ってたんだ、と続けるルイちゃんの声にはいつもの溌剌とした明るさはなく、地の底を這うように低い。


「『日下部っちに告白はした?』っていうメッセージにも、ちゃんとした返事をくれなかったし」

「ルイちゃん、それは、私、ルイちゃんを巻き込みたくなくて」

「巻き込みたくない? アタシも、羽柴ちゃんの友達でしょ!? アタシのほうが年下だけど、アタシは羽柴ちゃんのこと親友だと思ってた! まきぴょんだってそうだよ。どうして、アタシには相談してくれないの」


 私を睨むルイちゃんの目に涙の膜が張るのが分かる。彼女が唇をキュッと噛みしめるのを見て、ハッと気付く。


「うん、そうだよね。ごめん。話、ちゃんとしなくて。ルイちゃんにはしっかり話をしなくちゃいけなかった」


 ごめん、ともう一度言って、頭を下げる。


「私もルイちゃんのこと、親友だと思ってる。だからこそ、私たちのいざこざにルイちゃんを巻き込んで、ルイちゃんと城川さんの関係も悪くなったらいけないって思ってた。でも、違ったよね。親友だからこそ、全部話をするべきだった」


 ルイちゃんはしばらく黙り込む。それから、一度大きく息を吸い込んで、「羽柴ちゃんのバカ」と言った。それから、目元をゴシゴシとコートの袖で拭う。


「次からは、ちゃんとアタシにも教えて。力になれることは、するから」

「うん。約束する」


 そう頷き返せば、ルイちゃんは納得してくれたようでようやく柔らかく微笑んでくれた。高校生に怒られるなんて思ってもいなかった。けれど、自分がルイちゃんの立場だったら、全部話を聞かせて欲しいと思うだろう。


「ルイちゃん、それだけを言いに来たの?」


 少し離れた場所で話を聞いていた荒木さんが恐る恐ると尋ねる。ルイちゃんはその問いかけに、「あ!」と大きな声を上げた。


「それだけを言いに来たんじゃない。アタシ、調べてきたの」

「調べてきたって、何を……?」


 今度は私がルイちゃんに尋ねる。ルイちゃんは、「あのね」と話し始めようとしたが、一度口を噤む。そして、「落ち着いて話す」と胸に手を当てて大きく深呼吸をした。


「今日の報道とか羽柴ちゃんから聞いた話とか、絶対何かおかしいところがあるって思って。アタシだって日下部っちと何度か話をしたことがあるし、どうしてもそういうことする人だとは思えなくて。それに、まきぴょんも。こんな風に関係を壊すようなことする人なのかなって思って」


 落ち着いた口調を取り戻したルイちゃんは、ゆっくり、そしてしっかりとした口調でそう話す。


「まきぴょん、最初は自由だし馴れ馴れしいし、怪しい人って思ってたけど、単純に素直な人なんだと思うの」


途中で、荒木さんが座って話そう、と私たちを応接用のテーブルへと促した。


「さっき、久留生さんが話をしに来てくれたんだ。それで、城川さんと日下部くんのことや、向こうの事務所のことについて色々教えてもらった」


 ソファーに座った私たちに、荒木さんはそう話す。


「助けて欲しいって言われてるの、城川さんのこと。今回のことは、ルーチェの社長に仕組まれてることだからって。とても嘘をついているようには思えなかった」

「うん、それなら話は早いかな。羽柴ちゃんや荒木さんがそこまで知ってるなら。アタシが話そうとしたことも、ほとんどそれと同じ」


 うちの社長が色々知ってたの、とルイちゃんは叶田プロダクションの叶田さんから聞いたという話を出す。その内容は、ルイちゃんの言う通り、ほぼ久留生さんから聞いた話と同じだった。ルーチェプロモーションのやり方というのは、昔からある叶田プロダクションなど、他の芸能事務所でも有名なことだったらしい。


「それでね、今回、どうしてあのスキャンダルが出たのか知ってる?」


 そして、ルイちゃんはそう続けた。


「いや、それは知らないけど……でも、城川さんは活動休止していたとはいえ、注目されていたんじゃないの……?」

「俺、あの記事は、内部が出したものじゃないかと思ってるよ」


 突然、荒木さんが私の意見とは違うことを話しだすから、驚いて「え?」と隣に座る彼を見る。ルイちゃんは「さすが荒木さん」と大きく頷いた。


「内部って……? 例えば、誰……?」

「それこそルーチェプロモーションの社長かもしれないし、久留生さんかも。もしかしたら、城川さん本人の可能性だってある」


 荒木さんは淡々とした口調で話す。


「うん。うちの事務所、週刊誌の記者と繋がってる人が多いんだけど」

「え、ええ……? そうなの?」

「叶田プロもタレントをたくさん抱えてるからね。もみ消さないといけないことだってたくさんあるから、記者と結構密接な関係があるんだよ」


 私よりもルイちゃんのほうが大人の事情をよく知っているようだ。「そうなんだ」と平静を装って頷いてみせたけれど、思わず苦笑いが漏れる。


「それで、話を戻すけど。ある記者と繋がってる人に話を聞いてみたの。そうしたら、あの記事はまきぴょん本人がリークしたって言ってた」

「城川さんが……。やっぱり、私と日下部くんを引き離すために……? 社長の命令で、なのかな?」

「表向きは、そう。でも、裏では違うみたい」

「え? どういうこと……」

「まきぴょん、ルーチェを巻き込んで自爆する気だよ」


 ルイちゃんの言葉に一瞬、頭が真っ白になる。自爆の意味を頭の引き出しから引っ張り出して、困惑することしかできない。


「城川さん、何をする気なの……?」

「自分自身ではなくて、事務所のことをリークするつもりみたい。これまでにも週刊誌の記者の中には、何度もルーチェの闇を暴こうとしている人もいたみたいだけれど、なかなか決定的な証拠を出せなかったらしい」

「そうか。実際、ルーチェの中にいる城川さんなら……」


 荒木さんが理解できたと手を打つ。


「そう。まきぴょんなら、証拠になるものをいっぱいもってる」

「でも、そんなことしたら……!」

「そうだよ。芸能界にはいられなくなる。だから、自爆なんだよ」


 ルーチェだけでなく、ルーチェと取引のあるすべての企業が大きなダメージを受ける。そんな中で、城川さんがリークしたことが仮に世間にバレなかったとしても、彼女は大きな爆弾として扱われることになる。そうなれば、芸能界での活動は一切できなくなるだろう。


 そうでなくても、世間からはタレント自ら体を売り仕事を得てきたのだと白い目で見られるようになる。そういう事務所にいるのだから、当然、城川さんも例外ではない。


 何がどう転んでも、彼女は芸能界にいられなくなる。ルイちゃんが言った自爆と言う言葉の意味を、充分すぎるくらい理解できてしまって胸が苦しい。


「……ルイちゃんが持ってる情報、それだけじゃないよね……?」


 ルイちゃんがわざわざ、それだけを話に来たとは思えない。察しの良い荒木さんが、「祈里ちゃん」と私の名前を呼んで制する。でもそれを無視するのは私だけじゃなく、ルイちゃんも同じだった。


「うん。アタシ、今夜のまきぴょんの予定、知ってるの。一緒に会いに行こうよ、友達に」


 行こう、と私とルイちゃんは手を繋ぎ合ってソファーから立ち上がった。「二人とも待って!」という荒木さんの声が私たちの背中にぶつかった。


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