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第四十八話 好きな人のこと

 ルイちゃんが予約してくれたお店は、全席個室のイタリアンだった。撮影中に、休憩室に置いてある雑誌を見て、私たちの間で何度か「行ってみたいね!」と話題に上がっていた場所だ。

 お店の奥にある個室まで店員さんが案内してくれる。店内は決してかしこまりすぎてなく、カジュアルな雰囲気もあり楽しみながら食事ができそうだ。


「何食べる?」


 ルイちゃんがメニュー表を開いた。


「まずは飲み物から選ぼうよ」


 城川さんがソフトドリンクのコーナーを指差す。


「羽柴ちゃんとまきぴょんはお酒飲んでもいいんだよ?」

「私はこのあと、お母さんの病院行く予定だからやめておこうかな」

「私もお酒はあんまり強くないし、今日はやめておこうと思う」

「まきぴょんお酒弱いんだー。ちょっとイメージと違ったかも」


 よく言われる、と城川さんが笑う。「それじゃあ、何にしようか」とみんなで顔を寄せ合ってメニュー表を覗き込み、私はオレンジジュース、ルイちゃんはメロンソーダ、城川さんはジンジャーエールを頼むことにした。


「パスタとかピザとか種類豊富。どれにするか悩むね」


 どれも美味しそう、とルイちゃんは瞳を輝かせている。


「王道なものはひとつ頼みたくない? マルゲリータとか」

「そうだね」と城川さんの提案に賛同して私が続ける。

「それじゃあ、ピザはマルゲリータをまず頼もっか。それから、パスタとか他のものもいくつか頼んで一緒に食べよう」


 そうして話し合って決まったメニューを、席に備え付けられている呼び出しボタンを押して店員さんを呼び伝える。

数分もしない内に先に飲み物が運ばれてくる。私たちはソフトドリンクが入ったグラスを「撮影、お疲れさまー!」と触れ合わせた。そうして、ようやく一息つく。


 撮影期間中の思い出話やこれからの仕事のことを話しているうちに、頼んだ料理が次々に運ばれてくる。そのたびに私たちは感嘆の声を上げて、その美味しさを共感しあった。


「羽柴ちゃんはようやくこれで『彼氏』とゆっくり過ごせるねー」


 同棲しているのにすれ違い生活なんて辛すぎる、とルイちゃんが言う。


「え!? 祈里ちゃん、同棲してるの!?」


私の隣でルイちゃんの言葉を聞いた城川さんは驚いたように目を真ん丸にして私を見た。


「いや、同棲っていうか……彼氏って呼んでいいのかも、まだ……」


 あわあわと否定する。ルイちゃんはそれに「もうあれは彼氏でしょー?」と笑って、城川さんは「どういうこと?」と私とルイちゃんの顔を交互に見た。


「……今、お試し交際中なの」

「じれったいの、羽柴ちゃんと日下部っち。アタシがすっっごくお世話をして、ようやくここまで来たんだから」

「そ、それはそうなんだけど。色々あったから、しょうがないの、それは! だから、映画の撮影が終わったら、ちゃんと素直になろうって決めてて……」

「そうだよ! ちゃんと早く、日下部っちに気持ち伝えなよ! お付き合い始めましたって報告、待ってるね」


 ルイちゃんの言葉の最後にハートマークが見える。分かってるよ、と返事をしたのはいいけれど、いざそれを意識すると、今この場に日下部くんがいないのに緊張してきてしまう。何か別の話題に変えたい……。


「あ、そうだ。日下部くんから聞いたんだけど、城川さんも知り合いなの? えっと、日下部梓っていうんだけど……」


 先日の日下部くんとの会話を思い出し、城川さんに尋ねてみる。城川さんは「日下部?」と繰り返したあと、「えっ!」とまた驚いたように大きな声を上げた。


「祈里ちゃんの恋人の日下部くんって、梓くんなの!?」


 知ってる、知ってる! と彼女は大きく頷いた。


「日下部っちの顔が広いのか、それとも世間が狭いのか……」

「えー、本当にびっくり! そっか、梓くんなんだぁ」

「いや、でもまだ、正式にはお付き合いしていないから……!」

「まだ言ってる。そんなのもう、秒読みでしょー? どうせキスのひとつやふたつはしてるんだろうし」

「いやっ、まだ、してな……」


してない、と言いかけて、数日前に重なった日下部くんの唇の感触が蘇る。


(してたんだった……!)


 急速に顔に熱が昇るのを自覚する。火が出そうなほど熱くて、思わず二人から思い切り顔を逸らしてしまった。


「えっ!? したの!? 冗談で言ったのに!」


 ルイちゃんの腰が思わずといった感じで上がる。


「してない、してない!」


 これ以上からかわれるのは嫌だと顔を振る。


「私の話はもう、良いから! それこそ、城川さんはどうなの!?」

「えっ、私?」


 突然私から話を振られた城川さんは驚いたように自分の顔を指差す。


「あ、そうだ。婚約者の人にはもう会ったの?」


 ルイちゃんが素直な子で良かった。直前まで私に詰め寄っていたのに、城川さんの話を振れば、今度はすぐに城川さんに興味が移ったようだった。城川さんを売ったようで申し訳ないけれど……。


「まだ会いに行ってないよ」

「連絡は?」

「ううん、まだ。でも、なんだか私以外の女の人と最近一緒にいるみたいで……」


 そう言って目を伏せた城川さんに、ルイちゃんと私の眉間に皺が寄る。


「どういうこと? 浮気?」


 そう尋ねるルイちゃんの声が怖い。


「んー、それはまだ分かんないけど」

「直接会って、ちゃんと確かめたほうがいいよ!」


 だって、これから結婚するかもしれない相手なんでしょ、とルイちゃんが続ける。城川さんは「うーん」と暫く唸った。その顔は、とても寂しそうで、思わず彼女の手を握ってしまう。


「城川さん、大丈夫?」

「……うん、大丈夫だよ」


 城川さんは私の手を優しく握り返してくれると、ニコッと微笑んだ。それから、よしっ、と彼女は大きく頷くと、「今日この後会いに行く!」と、グラスに入った飲み物を一気に飲み干した。



 二時間ほど会話や食事を楽しんで店を出る。


「まきぴょん、何かあったらすぐ連絡して」

「うん。いつでも話聞くし、すぐ駆けつけるから!」


 私たちの言葉に城川さんは一瞬目を丸くさせると、途端にその瞳をウルウルと潤ませる。


「二人とも優しい。本当はずっと不安だったの」


 目元の涙を拭う彼女をそっと抱きしめる。ルイちゃんも横から、私たち二人と包むようにくっついた。


「大丈夫だよ。きっと、城川さんの婚約者さんも、城川さんのことずっと待ってると思う」

「そうそう。もし本当に浮気してるんだとしたら、私が成敗してやる!」

「暴力はダメだよ」


 あはは、と笑い合う私たちの息が白く残る。


「それじゃあ、行ってくるね。また連絡する」

「いってらっしゃい」


 手を振って、クリスマスのイルミネーションに彩られた街の喧騒の中に紛れていく城川さんを見送る。幸せな報告が送られてきたらいいな、と心の底から思う。


「羽柴ちゃんは、今からお母さんのところ?」

「うん。ルイちゃんは?」

「アタシは、彼氏へのクリスマスプレゼント選んでから帰ろうと思って」

「あ、いいね。いつか、彼氏さん紹介してね」

「日下部っちも誘ってダブルデートしようよ」

「うん、そうしよう」


 また連絡する! とルイちゃんは元気よく後ろ向きに歩きながら私に手を振るから、道行く人にぶつかりそうになっている。「ごめんなさーい!」と頭を下げる彼女に「気を付けてー」と言葉を投げた。

ルイちゃんの姿も見えなくなって、私もようやくお母さんの病院へ行くために歩き出す。


(クリスマスか……そういえば、日下部くんの誕生日、24日だったよね)


 初めて一緒に過ごす誕生日だ。盛大にお祝いしてあげたい。そのころには、もうお付き合いが始まっているのかな。


 これからの、私と日下部くんの未来を想像したら、キュンと胸が高鳴って、自分の口元が緩むのが分かる。すれ違う人に見られないように、そっと首に巻いたマフラーを引き上げて口元を隠した。


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