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第四十四話 似ている二人(1)

 五泊六日の撮影は、スケジュールに大きな遅れが出ることもなく、比較的スムーズに終了することができた。映画撮影のスタートとしては、とても良い滑り出しになったのではないだろうか。

 帰りのバスの中。「飲み物いる?」と隣に座った荒木さんからレモンティーが入ったペットボトルを差し出された。


「ありがとう。買ってきてくれたの?」

「うん。バスに乗る前、酔い止め薬買うついでに」

「帰りは酔わないといいね。薬はもう飲んだ?」

「飲んだよ。来るときは大変だったなぁ」


 荒木さんは苦笑した。本当に辛そうだったから、しっかりと薬が効いてくれたらいいなと私も思っている。

 都心にまで戻るバスには、来るときにはいなかったルイちゃんがいる。城川さんと久留生さんは別の仕事がこれからあるらしく、私たちよりも先にマネージャーさんの車で帰っていった。次に会うのは撮影スタジオだろうか。


「城川さん、どんな感じの人?」


 脈絡なく、荒木さんが言う。


「普通に良い人だったよ」


 そう答えたのは私ではなく、後ろの席に座るルイちゃんだった。私たちが座る座席の背もたれの上から体を預けるように覗き込んでいる。


「マネージャーさんが心配するような感じの人ではないんじゃないかなぁ。アタシも最初は警戒したけど、単純にナレナレしい人っぽい」

「ルイが言えることじゃないだろ」


 ルイちゃんのマネージャーさんがそうボヤいて、荒木さんが笑った。馴れ馴れしさの種類は違うかもしれないけれど、フレンドリーな性格という意味では同じかもしれない。ルイちゃんはそれが嫌だったようで、「私は人を選んでる」と唇を尖らせた。


「ルイちゃんの言う通り、悪い人って感じではないかな。可愛らしい人だと思うよ。活動休止していたのもあって、芸能界での友達が欲しいみたい」

「そっか。まぁ、祈里ちゃんたちがそういうなら、そこまで心配する相手でもないのかな」


 荒木さんが腕を組む。「でも」と荒木さんの言葉に続けるように、ルイちゃんのマネージャーさんもルイちゃんと同じように、こちらの席を覗き込んだ。


「荒木さんのところに移籍の申し出をしてきたのは気になりますよね」

「そう、そこなんだよ」

「うちの事務所に来たとき、城川さん、なにも言わなかったの?」

「うん。ただ、うちの事務所に入りたいってだけ。前にも話したけど、ルーチェに入ってるって分かったから断ったんだ。そうしたら、あっさり『分かりました』って言って帰っていった」


 意味わかんないよね、と荒木さんは唸る。


「ルーチェ自体に不満を持ってる感じもしなかったよね」


 ルイちゃんの言葉に私も頷く。ルーチェの社長に感謝もしているようだったし、芸能活動をする上で何か困っていることがあるわけでもなさそうだった。彼女が移籍を申し出た理由が、今日まで城川さんと関わってきた中で何一つ思い浮かばなかった。


「今度会ったときに、訊けたら訊いてみようかな。私も気になるし」


 同じ芸能界として働くものとしても、彼女の友人としても気になる。実は本気で城川さんが移籍を考えているならば、私も何か力になれることがあるかもしれない。




 都内に戻って来た私たちだったが、翌日にはすぐに慌ただしく映画の撮影に戻っていく。日下部くんとは帰ってきた日に少し話ができただけで、すぐにすれ違いの生活になった。コミュニケーションを取る時間が減ってしまったのは寂しいけれど、日下部くんがいる家に帰ることができるだけで満たされている自分がいる。たった一週間でそう思うのだから、日下部くんと離れるなんて今の私にはもう考えられないことだと思う。自分の心の変化に驚き、思わずひとりで笑ってしまった。


「祈里ちゃん、おはよう」


 撮影スタジオのメイク室に入ると、後ろから背中を優しく叩かれる。振り返れば城川さんがいて、「今日も頑張ろうね」とニコニコと笑顔をみせてくれる。私もそんな彼女に「頑張ろうね」と返した。

 二人並んで、照明がたくさんついたミラーの前に座る。後ろからはそれぞれにメイクさんがついて、私たちにその日の撮影に合ったヘアメイクを施してくれる。


「撮影が始まったときから思ってたんですけど、城川さんと羽柴さんって雰囲気が似てますね」


 城川さんのメイクを担当するメイクさんは、そう言うと私と城川さんの顔を見比べた。私と城川さんは目を合わせる。


「え、本当ですかー? 嬉しい」


 城川さんは鏡の中に二人収まるように私に顔を寄せる。目の色や髪色などの違いはあるけれど、確かに同じ系統の顔はしているかもしれない。ただ、私は、自分の容姿も雰囲気も、城川さんほどチャーミングでも綺麗でもないと思うのだけれど。


「監督がキャスティングにすごくこだわっていたんですよ」


 私の髪を触りながら、今度は私を担当しているメイクさんが口を開いた。


「親友って、やっぱり気が合うからか雰囲気が似るんですって。だから、雰囲気が似ている人をキャスティングしたいって思っていたみたいで」


 メイクさんはそのまま続ける。


「私たちメイクにも、できるだけ二人の雰囲気を似せて欲しいって監督から要望が来てるんです、実は」

「そうだったんですか?」


 知らなかった、と返す。


「でも、そんなに頑張って雰囲気をそろえなくても二人ともよく似ているので、全然大変じゃないです」


 やりやすいよね、とメイクさん同士顔を見合わせて頷き合っている。そういえば以前にも、ルイちゃんと似ているとメイクさんに言われたことを思い出す。きっと、ルイちゃんが私の学生時代としてキャスティングされたのもそういう理由があるのだろう。城川さんと久留生さんの学生時代を務める俳優さんたちも、どことなく顔立ちが似ていると思っていた。キャスティングにそんなこだわりがあったのか、と監督の考えに感心する。きっと、桜井さんは羽風監督のそういう細かなこだわりを尊敬しているのだろう。


「すみません、準備してもらっているところ」


 メイク室の扉が少々荒々しく開けられる。慌てた様子で入ってきたのはADさんで、呼吸を整えると申し訳なさそうに眉を下げた。


「ちょっと機材のトラブルが起きちゃって、それが直るまで撮影は一時見合わせで。みなさんお忙しいのにすみません」

「何時ごろに再開になりそうです?」


 私たちの他に、先にメイクを済ませていた俳優さんがADに尋ねる。


「うーん、二時間はみていてもらえると助かります」

「結構空くね」


 城川さんが私にこそっと耳打ちするように言った。そうだね、と頷く。


「城川さんが良ければなんだけど、どこかにお茶しにいく?」

「あ、いいね。ADさん、外出しても大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です! 撮影の再開が決まったら、連絡しますので。あまり遠くには行かないでもらえると助かります!」


 すみません、と頭を下げるADさんに、私と城川さんは「はい!」と返事をする。顔のメイクだけ中途半端ではいけないとメイクさんが最後まで済ませてくれて、私たちは荷物を持ってメイク室を後にした。


「祈里ちゃん、今日マネージャーさんは? 声かけなくて大丈夫?」

「あ、荒木さんは今日、別の仕事があって。打ち合わせに行くって言ってたかな」

「そうなんだ! うちもマネージャーは今日同行してないから大丈夫」

「それじゃあ、行こうか」


 城川さんが私の腕に自分の腕を自然と絡める。目が合うと、ふふっと笑う彼女は、女の私から見てもとても可愛らしい人だ。こういう人が恋人だったらきっと毎日が楽しいだろうな、と考えてしまう。


「来る途中に、良さそうなカフェ見つけたんだー」


 そこに行かない? と城川さんが首を傾げる。


「あ、私も見つけたところかも。駅の近くのところでしょ?」

「そうそう!」


 親友は雰囲気が似る、と言っていたメイクさんの言葉を思い出す。役ではなくて、本当に城川さんとそういう関係になれたら嬉しいな、と思っている私がいる。


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