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第四十一話 友達になろうよ

 初日の撮影は、移動の疲れも考慮されて十八時ごろに終了した。


「羽柴ちゃん、何食べる?」

「うーん、ステーキ定食も良いし、天ぷら御膳もいいなー」


 ルイちゃんと宿の近くを散策しようということになり入った食事処。六十代くらいの地元のご夫婦が経営されているそうで、決して大きなお店ではないがアットホームで落ち着いた雰囲気がある。時間はまだ十八時半と早いけれど、すでに数人の常連さんが来ているようだった。


「羽柴ちゃんって、優柔ふだ、」

「祈里ちゃんって意外と優柔不断なんだね、可愛いー」


 ルイちゃんの言葉を遮るように斜め後ろからした声に、「わっ」と少し大きめの声が出てしまった。振り返れば、そこにいるのは城川さんで「ここ良いかな、私も」と私の隣の席を指さした。


「えっと、」


 ルイちゃんはどうだろうか、と向かいの席を伺い見る。


「友上さんもいい?」


 城川さんがルイちゃんに尋ねた。


「……、どうぞー」

「本当? ありがとう!」


 お邪魔します! と、城川さんはニコニコと嬉しそうに私の隣の席に腰を下ろして、私が見ているメニュー表を覗き込んだ。

「祈里ちゃん、何と何で悩んでるの?」

「あ、ステーキ定食か天ぷら御膳。どっちもいいなって」

「ふぅん。確かにどっちも美味しそう。あ、じゃあさ、私と、」

「それじゃあ! 羽柴ちゃん、私がステーキ定食頼むから天ぷら御膳頼みなよ! シェアして食べよう!」


 ルイちゃんが前のめりで、私と城川さんの間に割り込むかのように言う。


「えっ、あ、うん。いいの? ルイちゃんありがとう」

「……城川さんは、何食べますか? もう決まりました?」

「うん。じゃあ、私は生姜焼き定食にする。生姜焼き食べるの久しぶりで楽しみ!」


 すみませーん、と城川さんが他の席で注文を取り終えたばかりの女将さんに手を挙げて呼びかける。ルイちゃんが「ふんっ」と一瞬鼻を鳴らしたように聞こえたけれど、気のせいだろうか。


「そういえば、城川さんはどうしてここに?」


 私たちの注文もすべて済ませてくれた城川さんに尋ねる。


「スタッフさんたちと一緒に来たんだよ。お店入ったときに祈里ちゃんたち見つけて。せっかくなら、演者さんと一緒に食べたいなって思って」


 あ、と思い出したように城川さんは声を上げると、背筋を伸ばして座る。それから、軽くジーパンで両手を拭うとルイちゃんに握手を求めるように差し出した。


「初めまして。ルーチェプロモーション所属の、城川真希乃です。よろしくね」

「……叶田プロダクション所属、友上ルイです。よろしくお願いします」


 ルイちゃんは城川さんを警戒しているのだろうか。指先だけ触れるように城川さんへと手を伸ばす。しかし、城川さんはそんなこと全く気にしていないように、ルイちゃんの手を強引に両手で包み込んで、私にしたのと同じように上下に大きくブンブンと振った。やっぱり城川さんは誰にでも人懐っこい人なのかもしれない。


「そういえば、城川さんってどうしていつもサングラスしてるんですか?」


 ルイちゃんの言葉に気付く。撮影中は外していただけれど、そういえば今もあの大きなサングラスを掛けたままだ。黒色が濃くて、こちら側が反射するくらい、その中にある城川さんの目は見えない。


「あー……私、目がちょっと面白いでしょ?」


 ほら、と城川さんはサングラスを外す。昼間の撮影中にも見た、色素の薄い虹彩を、城川さんは自分で指で示した。


「結構この目でバレちゃうこと多いからさ。サングラスつけるようにしてるんだ」

「でも今はつけなくてもいいよね、関係者しかほとんどいないし」と城川さんはそのまま外したサングラスを折りたたんで、バッグの中にあるメガネケースの中に仕舞った。

「本当。ひまわり咲いてるみたい。カラコン入れてないんでしょ? うらやましい」


 ルイちゃんが城川さんの瞳に食いつく。少し身を乗り出してじっくりと瞳を見つめるルイちゃんに城川さんが嬉しそうに「もっと見て!」とはしゃぐから、ルイちゃんは一度ぐっと眉をしかめると「もう見た。満足!」とまた途端にツンツンとした口調に戻った。


「ご両親のどちらかが海外の方とか、ですか?」


 素直に疑問に思ったことを問いかけてみる。


「んー、もしかしたらそうかも! 私、施設育ちだから、本当の両親の顔って知らなくて」


 私とルイちゃんは、城川さんのサラッとしたカミングアウトに顔を見合わせてしまったけれど、城川さん自身はあまり気にしていないのかそのまま話を続ける。


「ルーチェはそういう人多いんだよ。隠さなくていいって言われてるから話すけど、栄斗えいとくんもそうだし」


 今回の共演者の名前も出てきて、さらに驚く。


「栄斗くんとは五歳くらいのときから一緒にいるから、本当の兄妹みたいな感じで育ってきているし」

「どうして城川さんの事務所はそういう方多いんですか?」


 ルイちゃんが声を潜めて尋ねる。


「桐生院さ……ええと、うちの事務所の社長が、民間の児童養護施設も経営してるの。私と栄斗くんはそこで育ってきてて。その繋がりで事務所に入る人も多いんだよー」


 なるほど、とルイちゃんと私は同時に頷く。城川さんの瞳の話題から、意図せず彼女の過去も知ってしまって、城川さんはなんてことのないように話をしたけれど、事務所の許可なしに聞いてしまってよかったのだろうかとも思う。隠していることではないと城川さんは言ったけれど、今日聞いたことは特別話題に出さないようにしておこう。


「そういえば、城川さんってどうして活動休止してたんですか? 結構長かったですよね」


 三年くらい? とルイちゃんが首を傾げる。そんなグイグイとデリケートな部分を攻めなくても、とハラハラしてしまっているのは私だけなんだろうか。


「活動が軌道に乗り出してたころじゃないですか? 確かそのときって。体調不良とか……?」

「違う、違う。そんな理由じゃないよー。私、やりたいって思うと止められない性格で、急に語学留学したくなっちゃったんだ。それで、三年間、オーストラリアに行ってたの」


 その期間が終わったから帰国して復帰しただけだよ、と城川さんは笑う。


「でも語学留学していたせいで、芸能界の友達は全然いなくてさ。栄斗くんとかは施設からの知り合いだから仲は良いけど、やっぱり女優さんやモデルさんたちとも仲良くしたいんだよね」


 寂しいんだよね、と城川さんは伏し目がちに微笑んで、両手で頬杖をつく。私とルイちゃんはもう一度、顔を見合わせた。ここまでコミュニケーションを積極的に取ろうとしてくれるのは、彼女が私たちと仲良くなりたかったからだと理解する。


「だから、祈里ちゃんと友上さんが友達になってくれたら嬉しいな」


 城川さんがそう言うのと同時に、出来上がったばかりの料理が運ばれてくる。それはどれもとても美味しそうで、私たちの口からは感嘆の声が漏れ出た。


「美味しそう!」


 城川さんが割り箸を割りながらキラキラとした目を料理に向けている。


「本当に。もうすでに明日も来たいって思っちゃう」

「分かる! 全メニュー制覇したくなるよね」


 私の言葉に乗ってくれた城川さんと笑い合う。


「ねぇ、まきぴょん」


不意のルイちゃんからの呼びかけに、私たち二人は一瞬固まってしまう。まきぴょん? と、城川さんの頭に疑問符が浮かんでいるのが手に取るように分かった。


「ルイちゃん、お友達になるとあだ名をつけてくれるんです」


 そっと城川さんにそう耳打ちする。


「まきぴょんが頼んだ生姜焼き定食、私も食べてみたいんだけど……よかったら、三人のやつみんなでシェアして食べない?」


 そうしたら、この五日間でメニュー制覇も夢じゃないかも、とルイちゃんは素直になりきれないのか少しだけ視線を外しながら言った。


「私もそうしたいな」


 と、ルイちゃんの意見を推すように賛同すれば、城川さんの瞳がみるみると喜びに満ちていくのが分かった。


「うん! 私もそうしたい!」


 大きく頷いた城川さんは、とても素直で可愛らしい人なのだろう。距離の近さも積極性も理解すれば納得できるし、受け入れたいと思ってしまう。


(この撮影期間中に、もっと仲良くなれたらいいな)


 荒木さんは怪しいって言っていたけれど。荒木さんにも城川さんの愛らしさが伝わったら嬉しい。ただ、ふと、忘れていた疑問が頭を過る。


 どうして彼女は、うちの事務所に移籍をしたいなんて言ったのだろう。


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