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第104話

「おかえりなさい!」

「ただいま!」

洛寒軒にずっと抱きかかえられたままで龍王窟に辿りついた沈楽清は、自分たちを出迎えてくれた沈栄仁と夏炎輝の姿を見て「下ろして?」と洛寒軒にお願いする。

はいはいと沈楽清を下ろした洛寒軒は、彼が沈栄仁に甘えて抱きつくのを、少し複雑な気分で見守っていた。

「・・・血は繋がってないんだよな?」

「まぁ、言わんとすることは分かる。俺たちが頑張らないといけないってことだ。」

洛寒軒の肩をばんばんと叩き、朗らかに笑った夏炎輝が仲の良い兄弟二人に近づき、よく頑張ったと沈楽清の頭を撫でた。

「もう二度とあんな台詞ごめんだよ!妖族に抱かれると妖族になるって信じ込ませるためとはいえ・・・なんて破廉恥な・・・」

顔を真っ赤にして恥ずかしがる沈楽清に「事実だから仕方ないでしょう?」と沈栄仁が苦笑する。

「妖族と交わると一時的に妖気が使える。貴方が一度実戦でやってくれてなければ気づきませんでしたよ。」

「よく六年も前のこと覚えてたよね?」

「そりゃあ、いきなり弟の身体から妖気が出ればびっくりするでしょう?あの時は挿入直前までしたんでしたっけ?それであれくらいなら、三日あればさぞやと思いましたが・・・」

含み笑いをする沈栄仁に「もう黙って!」と沈楽清が恥ずかしがりながら彼の口を押える。

「まぁでも、これから阿清はもう力が使えなくなるんだろう?洛寒軒に分け与えてもらえるとわかっただけでも良かったじゃないか。ただ守ってもらうばっかりになるよりはいいだろう?」

「う・・・うん。それは確かに。」

神仙は仙界でないと力を使えないと沈楽清が教えられたのはつい先日の事だった。

ある程度の相手であれば剣と弓でどうにか出来るだろうと軽く考えていた沈楽清だったが、双修で妖気が多少使えるのでは?とかつてを思い出した沈栄仁に言われ、実際に使ってみたら妖気が身体から出た。

「今回の作戦はそれが無ければ成り立ちませんでしたからね。本当に良かったです。」

「これで俺が生きているかぎり、天帝は生まれないんだよね?」

「ええ、そうですよ。」

「その上でお前が妖族になったと一番勢力を持つ夏家に信じ込ませてきたからな。これからの力関係的にも天清沈派を取り込んだ白秋陸派と言えど、武力では完全にうちが勝るし、天帝がいなくなり側仕えという制度がなくなった今これから彼の家に属したい仙師がどれくらいいるかどうか・・・風金蘭殿も今後全部は陸壮殿のいう事は聞かないだろう。なにせ天帝は阿清が殺したんだから。彼女が脅される材料はもうない。」

「風宗主を脅せば自分の悪事もバレるもんね。良い着地点があって良かったよ。」

さぁお茶にしましょうかと沈栄仁に誘われ、龍王窟の中へと入って行こうとした沈楽清の後ろで「いやいやちょっと待ってくださいよ」と這う這うの体で朱羅が現れる。

「・・・いくら死なないの知ってるからって、あんなド直球に心臓狙うか?!痛いのは痛いんですよ!この前は首切られるわ、今日は胸刺されるわでもう大変。今回の作戦の功労者なんだから、ちゃんと僕も労ってよね。」

「ああ・・・朱羅お疲れ様。いたんだ。」

「温度差えぐい!」

あんたと僕の仲じゃないですかと沈楽清に擦り寄った朱羅の耳元で沈楽清がぼそっと言葉をつぶやく。

次の瞬間、沈楽清に対して朱羅が膝をつき服従のポーズを取ったことに夏炎輝と沈栄仁が驚いて目を見張った。

「妖王、この野郎・・・」

「桜雲に教えてもらっちゃった。良いでしょ?俺は桜雲の妻だもん。これから俺も守ってね。」

栄仁に「行こう」と沈楽清が甘えるように彼の手を引っ張る。

はいはいと優しく応じる沈栄仁を見た朱羅が意味ありげににんまりと洛寒軒に笑った。

「なるほど。僕が全く怖くない訳だ。一番の強敵は・・・って、いたぁ!叩くことないじゃないですか!僕はあんたの部下なのに!」

「うるさい!」

やいやいと騒ぎながら奥へ向かう洛寒軒と朱羅にこの関係はこの関係でちゃんと成立してるんだなと安心しつつ、夏炎輝もまた彼らと共に奥へと向かった。


「龍王窟って、前回来た時は気がつかなかったけど広いんだね。」

洛寒軒の住む一室しか前回見なかった沈楽清は、この建物が実際は大きな洞窟で、いくつも分岐があり、そのブロックごとに色々な人が住んでいる事を知る。

その中の一角に作られた一室。

三日前から沈栄仁と夏炎輝が暮らしているというその場所でお茶が用意され、五人は一つのテーブルを囲むことにした。

沈栄仁がお茶を用意し、その横で夏炎輝が点心を用意する。

もともと使用人に囲まれて暮らしていたはずの二人だが、いざ自分たちでやってみるとこれはこれで楽しいと話す。

最後にテーブルについた沈栄仁は沈楽清の先ほどの発言を受けてにっこりと笑った。

「これだけのものを寒軒と朱羅で作ったというのですから驚きですよね。私の時はいつ寝首をかかれるか分からないからと定住地を作るなんて発想ありませんでしたから。それだけ今二人が妖族の信頼を勝ち得たという証拠でもあるのしょう。」

感心したようにほめる沈栄仁に「それほどでもあります」と朱羅がお道化る。

「住んでいる奴らだってここを作るにあたっては色々やってくれた。今も助け合って暮らしている。俺たちがすることは喧嘩の仲裁や猿神みたいな力が強い妖族がここを襲おうとした時に盾になるくらいだ。」

ところで、と洛寒軒は沈栄仁と夏炎輝にここに住まないかと誘う。

「今使ってるこの部屋をこのまま使うといい。楽清もお前たちがいた方が嬉しいだろう。」

洛寒軒の提案にそうしなよ!と嬉しそうに笑う沈楽清の前で、夏炎輝と沈栄仁は少し顔を見合わせた。

「この部屋は、ご厚意に甘えてありがたく頂戴します。でも、一度私たちは旅に出ようかと思いまして・・・」

「旅?」

「栄仁と私はお互いを良く知っているようで全く知らない部分がたくさんあると今回のことで思い知ったからな。あちこち一緒に旅をして、その中でお互いをゆっくり知っていきたい。」

な?と同意を求めた夏炎輝に少し頬を染めて沈栄仁が「はい」と頷く。

「でも、旅の途中とか、必ずここへ帰ってきますから。」

「そうそう。もしよければ四人でいつか温泉とかに行こう。」

二人がいなくなってしまうと聞いて悲しそうな顔をしていた沈楽清の顔が「温泉」の一言でぱっと輝く。

「僕も、ちょっとだけ離れてもいいですか?」

朱羅が手を挙げ、洛寒軒が何処に行くんだと尋ねる。

「母と一緒に父親の墓参りに。全部終わったって報告してやらないと。」

「気をつけて。行ってらっしゃい。」

素直な気持ちで送り出した沈楽清に、まぁその間に新婚生活楽しんで下さいとにやっと朱羅が笑う。

本当にこいつはしょうもない奴だなと思いながら、沈楽清はこれから本当に新しい生活が始まるんだなと隣でお茶を飲んでいる洛寒軒を見つめた。

「なんだ?」

「ねぇ、桜雲。みんないなくなっちゃうんだって。俺たちの結婚式どうしようか?」

「一年後とかにするか?そしたらこいつらも帰ってきやすいだろ?ああ、それかお前たちも一緒に挙げるか?」

洛寒軒の提案にそれは良いですねと沈栄仁が乗り、隣にいる夏炎輝の服の袖を引っ張った。

「分かった。一年後な。」

「いいな。僕も嫁さん連れてきたら一緒に挙げていいですか?」

「駄目だ。お前は司会進行役だ。別の機会に祝ってやるから、その時は幹事に徹しろ。」

洛寒軒の命令に朱羅がはいはい人遣い荒いんだからと口では文句を言いながらも楽しそうに笑う。

「じゃあみんな、またここで一年後に。」

ほんの少し先の未来の約束に胸を躍らせつつ、洛寒軒と顔を見合わせて笑った沈楽清はこの幸せがずっと続けばいいなと彼の手を握りしめた。


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