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第63話

「宋岐村?」

「はい。当家の領地の端にある、小さな村です。」

翌日、洛寒軒の朝食時に沈楽清の居室に集まった三人は、沈栄仁が広げた地図を見た。

「白秋陸派の領地に近い所だな。」

地図を見た洛寒軒は、いまいち地図のうまく見ることが出来ない沈楽清に、ざっと四家の位置を説明しつつ、その上で宋岐村がどこにあるのかを教えてくれる。

「分かった。行ってきます。それで、そこではどんな妖魔が出るの?」

沈楽清の質問に、妖界大全を取り出した沈栄仁は、これですと該当ページを開いた。

『凶熊 強さ:最弱 特徴:主に家畜を食べる。人への影響はない。』

「藍鬼・・・いくらなんでも、これを楽清に倒させて、宗主でいいと判断するのはどうなんだ?こいつなら、多少腕っぷしに自信のある普通の人間でも倒せるぞ。」

「そうなの?」

「ああ。熊の死骸に低級霊が取りついたものだ。現実に熊を倒せる人間なら倒せる。」

(いや、熊を倒した経験なんてないです・・・)

押し黙った沈楽清に、「術を使えば一発だ。浄化でも、炎でも、氷でも、もっと言うなら剣で首を切り落としてもいい」と洛寒軒はアドバイスする。

「確かに、本来は仙人が動くような事案ではありません。でも、私が思うに、楽清に試す必要があるのは『強敵を倒せるか』ではなく、『そもそも殺せるか』だと思うので。」

お茶をすすりながら、今回の討伐の趣旨を話す沈栄仁に、二人はなるほどと納得した。

沈栄仁と洛寒軒の修行のおかげで、沈楽清の仙術や体術、剣の腕前は、すでに相当なレベルになっている。

その上、もともとの霊力が無尽蔵とくれば、沈楽清に倒せない者など理論上はいない。

「楽清。もしも、あなた、今、前妖王が生きていて、貴方の目の前で寒軒を襲ったら、貴方は彼を殺すことを躊躇いますか?」

「躊躇わない。相手を殺して寒軒を守る。そいつには二度と寒軒を傷つけさせない。というか、生きてたら、今すぐ殺しに行ってた。俺にとって、そいつは絶対に許せない男だから。」

きっぱりと言い切った沈楽清に、わずかに頬を赤らめた洛寒軒は「ありがとう」とお礼を言う。

「心意気はあるなら、あとは慣れです。という訳で、行ってらっしゃい。」

「え?一人で?!」

沈楽清を部屋から追い出そうとする沈栄仁に、慌てた沈楽清は洛寒軒の背に隠れる。

「俺も行くぞ、藍鬼。」

「バカ言ってるんじゃありません。貴方が行ったら低級霊どころか妖族が逃げるじゃないですか。人間に化けていっても、彼らの鼻はごまかせないんですから。それに、私も貴方も、楽清を黙って見ていられますか?」

「う・・・」

痛いところをつかれ、黙った洛寒軒は、背中にいる沈楽清に「すまない。一緒には行けない。」と謝った。

「だが、不測の事態もある。こいつに助けを呼ぶ術を与えるのは良いんだろう?」

「もちろんです。なので金聯を・・・」

「おい・・・それは、不測の事態で使えるのか?」

通信手段である金聯を取り出した沈栄仁に、洛寒軒はジト目を向ける。

その質問に「あっ」と小さく呻いた沈栄仁は、洛寒軒に「他に何かありますか?」と尋ねる。

沈栄仁の求めに応じ、袖から一本の筆を取り出した洛寒軒は、それを沈楽清に渡した。

「比翼だ。」

「比翼?え?手紙を書いて出せってこと?」

「ああ、そうだ。」

洛寒軒は、一枚紙を取り出し、比翼を使って、さらさらと言葉を書き込む。

そして、洛寒軒が書き終えた瞬間、筆が一羽の鷹へと変化した。

変化に驚く沈楽清の視線の先で、その鷹は洛寒軒の手紙を嘴に加えると、真っすぐに沈楽清へと向かって飛んできた。

「え・・・ええ?!」

目の前に迫る鷹の迫力に、思わず避けそうになった沈楽清だったが、その鷹はふわっと沈楽清の肩に止まると、その手紙をその手にぽとりと落とし、元の筆の姿へと戻った。

沈楽清は訳が分からないまま、鷹に渡された手紙を開く。

「何?どういう・・・って寒軒?!こんな時に何を!」

「ん?何が書いてあったんです?」

手紙を覗き込もうとした沈栄仁から手紙を守った沈楽清は、顔を真っ赤にしながら「栄兄でも見ちゃダメ!」とその手紙を急いで袂へと隠した。

そんな沈楽清にお構いなしに、洛寒軒は比翼の説明を始める。

「比翼は、誰に送りたいかを書いて送れば、絶対にそいつに手紙を届ける。今は鳥だったが、その時に合わせた姿になり、確実に、何よりも早く相手へ届けてくれる。」

「・・・何かあったら、逃げながら助けを呼べって解釈で合ってる?」

「そういうことだ。深追いはするな。無理だと思ったら、帰って来い。その時は、俺と藍鬼も行くから。」

「分かった。」

沈栄仁の指示で、討伐の準備をしに行った沈楽清を見送りながら、洛寒軒は沈栄仁の服の袖を引っ張った。

「おい!本当に一人で行かせるつもりか?」

「・・・そんな訳ないでしょう?」

沈栄仁は人界の農民が着ていそうな衣装を二枚取り出すと、その一枚を洛寒軒へ投げてよこした。

「楽清が出かけたらこれに着替えていきますよ、村人さん。名前も姿も妖力も、全部変えてくださいね、妖王。さて、今日の名前は何にしましょうか?」

「宋と白でいいんじゃないか?」

「分かりました、宋さん。」

二人のそんなやり取りなどつゆ知らず、準備できたよ~とまるで遠足に行くような旅装で沈楽清が戻ってくる。

そんな沈楽清に行ってらっしゃいと、にこにこ笑いながら沈栄仁は頭を撫でた。

「気を付けて。」

「うん、行ってきます。」

意気揚々と沈楽清が出かけた後、「おい、藍鬼」とこめかみを押さえながら洛寒軒は低い声を出す。

「・・・今回の任務はお使いなのか?なんだ、あの大きな鞄。」

「可愛いでしょう?あ、ちなみに、ちゃんと野菜もお願いしておきましたからね、夕食に食べましょう。ああ、でも、あの子、ちゃんとお金を払えますかね・・・ほら、早く着いていきますよ!」

話しながらいそいそと着替える沈栄仁を横目に、やっぱりこんな試し行為はいらなかったんじゃないか?と洛寒軒はげんなりし始めていた。


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