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第51話

(ん?なんだ?あの人だかりは・・・)

野菜好きな沈栄仁のために、少し遠くの町まで出かけ、色々な野菜を両手一杯

抱えて戻ってきた寒軒は、洞穴から入ってすぐの部屋で、多くの部下がたむろしているのを発見する。

「ああ、お帰り。お前もどうだ?」

「そうそう、もうだいぶ反応が薄いけど、まだまだ楽しめるぜ。」

「おい、まだ俺やってないんだから、いい加減どけよ!お前、もう二回目だろ!」

たくさんの手下が何かに群がっているのを横目で見た寒軒は、彼らの下で幽かにピクピクと動く、日に焼けた健康的な足が見えたことで「ああ、またか」と辟易した表情を浮かべた。

(大方、あいつが遊び飽きて、こいつらに与えたんだろうな。)

はぁっと大きなため息をついた寒軒は、彼らの声には一切耳を傾けず、そのまま自室へと戻ろうとする。

そんな寒軒を、さきほど部屋へ迎えに来た男が呼び止めた。

「ああ、お帰り。寒軒、お前を妖王が呼んでたぞ。」

「・・・俺を?」

「そうそう。で、藍鬼が先に行ったけど・・・そういや、あいつまだ戻ってきてないな。あいつが戻ってきたら、この仙人の名前を聞こうと思って、みんな待ってるんだけど。」

「・・・仙人?」

「ああ、ほら、この前の赤髪の一人で・・・」

そこまで聞いた寒軒は、野菜をその場に放り投げると、洛大覚と沈栄仁がいるであろう広間へと走った。

(藍鬼!)

赤髪の仙人に、妖王の所へ行ったまま帰ってこない沈栄仁。

この状況に嫌な予感しかしない寒軒は、バンっと大きな音を立てて、広間へ勢いよく滑り込んだ。

しかし、そこには誰もおらず、この奇妙な状況にますます寒軒の顔が青ざめていく。

「藍鬼!どこだ!?」

(あいつらの所にいなくて、ここにもいないとなると・・・)

かつて自分が何年も閉じ込められ、洛大覚に苛まれた部屋の入り口の方を見た寒軒は、そこに入って行こうとして、思わずその入り口で、胃の中の物を全て戻した。

一歩中へと進もうとしても、足がすくんで動けず、同時にひどいめまいがする。

(でも・・・藍鬼!!)

この世界で唯一、自分を救ってくれた、神様のような美しい人。

彼の存在だけを頼りに、今日まで自分は生きてきた。

寒軒は、気力を振り絞ってなんとか立ち上がると、一歩一歩踏みしめるようにその奥へと足を運ぶ。

やがて、かつて自分がいた部屋の扉の前に立った寒軒は、すぅっと大きく息を吸い込むと、弱気な自分を打ち消す様に、あらん限りの大声で叫んだ

「藍鬼!!!」

「ああ、寒軒か。入れ。今、終わった所だ。」

中から洛大覚の声がして、一瞬身がすくんだ寒軒だったが、その「終わった所」という表現に慌てて扉を開けた。

「藍・・・」

最初に目にしたのは、ゆっくりと床から立ち上がった洛大覚。

その下にゆっくり視線を落とすと、沈栄仁の裸体が目に映った。

「っ!!」

もはや原型をとどめないほど赤黒く腫れた顔と身体、それぞれ変な方向に折れ曲がった両手、二本の剣で刺された両足からは多くの血が流れていて、その下に血だまりが出来ている。

何より、カエルのように開かれた彼の両足の間を見てしまった寒軒は、その場にがくんと膝から崩れ落ちた。

今、自分が何をされたわけでもないのに、勝手に涙が溢れてくる。

「藍鬼・・・!」

手を伸ばし、彼の所へ行こうとするも、寒軒はそれ以上動くことが出来ず、その場で涙を流し続けた。

「遅かったな。もう少し早ければ、こいつの最期に会えたものを・・・」

悠々と服を着て、寒軒の側に来た洛大覚は、寒軒に後ろから抱き着き、その耳をべろりと舐めた。

「嫌っ!何を?!」

「・・・意外に、大人の身体も悪く無かったからな。こいつが抱けたのだから、お前も・・・」

するりと寒軒の服の下に手を入れた洛大覚に、ここでの地獄の日々が脳裏に蘇った寒軒は、ガタガタと震え出す。

「いや・・・助け・・・」

「ん?何か言ったか?」

かつてを思い出し、興が乗った洛大覚が怯える寒軒を組み敷こうとした時、目の前の沈栄仁がわずかに呻いた。

「藍鬼!!」

「おや、まだ生きていたのか。さすがに仙人はしぶといな。沈栄仁。」

「・・・何?」

「おや、お前は本当に知らないのか?こいつは沈栄仁。天清沈派の宗主で、この前来た赤髪の宗主の妻だ。まぁ、こんな身体になって、まだその資格があるのかは知らないけどな。」

洛大覚の言葉に反応するように、ぴくりと沈栄仁の身体が動く。

その生命力の強さに、再び沈栄仁に好奇の目を向ける洛大覚の身体から、何とか逃れた洛寒軒は、沈栄仁の所へ駆け寄り、その身体に抱き着くと涙を流した。

「藍鬼!」

いつになく感情を顕わにする寒軒を見た洛大覚は大声で笑い始める。

「なるほど。お前、そうだったのか!じゃあ、寒軒、選んでいいぞ。」

「何を、ですか?」

「お前が今からそいつを殺せば、お前には二度と手を出さない。でも、お前がそいつを殺せず、俺が殺したら、お前は再び俺のおもちゃだ。ここに一生閉じ込めてやる。今度は、新しい小鳥も一緒にな。お前達二人が並んでいる姿は絵画の様だろうな。お前にあの小鳥を好きにさせるのも楽しそうだ。」

洛大覚の提案に、寒軒の顔がみるみる青ざめていく。

(藍鬼を殺すなんて出来ない・・・でも、また、こいつに・・・)

一度自由を知ってしまった今、再びここに捕らえられるなど、寒軒には到底耐えられるものではなかった。

その時、ほんのわずかに沈栄仁の身体が動き、二人の目がしっかりと合う。

寒軒は導かれるように、その口から布を取り、耳を近づけた。

「・・・寒軒・・・」

ほとんど声にならない幽かな音を聞き取った寒軒は、目を瞑ると、ゆっくりと洛大覚の方を向いた。

「・・・藍鬼を殺します。」

「そうか。」

ニヤニヤ笑いながら、自分たちの方へ近づいてきた洛大覚を、寒軒は「そこで見ていてください」と押しとどめる。

「・・・せめて、服を着せてやってもいいですか?」

「好きにしろ。」

許可を取り、沈栄仁のボロボロの服を手にした寒軒は、それを身体の上にバサリとかけ、次いで、両足から剣を引き抜き、彼の剣を沈栄仁の手元に、洛大覚の剣をその手に持つ。

「この剣を、使っても?」

「好きにしろ。」

「ありがとうございます。」

最後に、寒軒は自分の服を脱ぐと、沈栄仁の身体が見えなくなるように覆い隠した。

ふぅっと大きく一つ息をついた寒軒は、沈栄仁の顔を両手で包み込み、上を向かせる。

そして、わずかに開いたその唇に、自らの唇を重ねた。

最期の別れを惜しむように、長く、深く口づけをする。

「藍鬼・・・さよなら・・・」

唇を離した寒軒は、自身の服を顔までかけて、沈栄仁の全身をすっぽりと覆うと、剣を両手でしっかりと握りしめた。

ゆらりとその身体から妖力と霊力が立ち昇り始め、剣が凄まじい光を放つ。

そのあまりの圧力とまぶしさに、洛大覚がわずかに目を細めた瞬間。

寒軒は、本来の姿に戻った九泉を、彼の心臓に一気に突き立てた。

「がっあ?!」

思わぬ攻撃に、洛大覚が反応する隙も与えず、寒軒はそのまま妖力を一気に洛大覚の腹部に叩き込み、その身体の下半分を吹き飛ばす。

「・・・なんでこんな、ちっぽけな奴を、俺は恐れてたんだ・・・くだらない。」

ここへ来てすぐ、洛大覚に奪われたこの剣を、寒軒は『お前をいたぶるくらいでしか役に立たない小刀』だと聞かされていた。

しかし、九泉を手にした瞬間に、寒軒は悟ったのだ。

(この剣の開放には、妖力と霊力が必要。そんな簡単なことすら、気がつかない程度の男に俺は、こんなに長い間・・・)

寒軒は自分の力を全て開放すると、残りの洛大覚の身体を一瞬で消し炭にした。

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