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第43話

(・・・眠れない・・・)

すっかり慣れたはずの岩の寝台の上でゴロゴロと何度も寝返りを打ちながら、沈栄仁は大きなため息を繰り返した。

(まさか、こんなところで出会うなんて・・・一体、何の因果なんでしょうね。)

昼間に出会った寒軒の顔や姿を思い返し、沈栄仁は瞑っていた目を開けた。

(おそらくは、あの子は洛大覚のお気に入り・・・といえば聞こえはいいですけど、実際は・・・)

妖王が小児性愛者だと知っている沈栄仁は、そのままで十分すぎるほど美しい寒軒の過剰に飾り立てられた姿と彼の口ぶりから、妖王の愛玩動物なのだろうと当たりをつけていた。

(極端に少ない食事も、その成長を止めるためのもの・・・)

「いっそ、しっかり食べて、もっと大きくなってしまえば、いくら美しくてもその対象からは外れるでしょうに、あの子はどうして・・・」

わずかな粥と野菜。

まるで弟の沈楽清を思わせるような極端に少ない食事量に絶句した沈栄仁は、「もっと食べますか?こっそり持ってきますよ?」と寒軒へ耳打ちした。

しかし、そんな自分に対し、「いえ、いらないです。」と寒軒はきっぱりと断ってきたのだ。

(本来、成長期のはずなのにあんな少しの野菜と粥だけなんて・・・あの子はどうしてこんな生活を甘んじて受け入れているのか・・・)

いくら油断していたとはいえ、自分に向けてきた妖気や霊力の量を考えれば、妖王の言いなりにならなければならないほど、か弱い存在だとは考えにくい。

(あの子の血筋で考えても・・・いや、もしかして、力の使い方を知らない?それなら、私が稽古をつければ・・・)

ふぅと息をついた沈栄仁は、これ以上寝ていても眠れそうにないと身体を起こすと、もしかして寒軒が起きているかもしれないと、人界へ行った時に買った干しなつめを手に、彼の居室へと向かった。


仮面を外した姿を一度見せて以降、全員が納得したのか、妖王が命じたのかは分からないけれど、あれ以降「素顔を見せてくれ」とせがむ者がいなくなったため、半年程は藍鬼の顔で過ごしていた沈栄仁も、最近では元の顔に仮面をつけただけで過ごしていた。

(髪は一つに結わえるだけでいいので楽ですしね・・・仙界にいた頃は、毎日冠をつけたり、宝飾品をつけてたりしていたので、今は身体が軽いったら)

儚げな容姿に反して、その腕っぷしに自信がある沈栄仁は、自分を傷つけることが出来る存在など仙界でもごく限られた者だけで、そして、それは妖界でも同じで、妖王と数人を除いては、誰とやりあっても十分勝てるだろうと確信していた。

その自信が、沈栄仁の行動を大胆にさせている。

(それにしても今日は静かですね・・・妖族は夜行性の者も多いのに、どうして誰もいないんでしょうか?そういえば、二か月前に一日だけ、妖王が人払いをしていましたっけ?何かあるんでしょうか・・・)

いつもの喧騒が嘘のように静まり返った洞窟の中をゆっくりと音を立てないように歩き、沈栄仁は寒軒のいる部屋へと続く一番奥の重々しい扉をそっと開けた。

「・・・ぁ・・・」

扉を開けた瞬間、低くくぐもった声が奥から聞こえ、沈栄仁は一瞬身体を硬直させる。

(寒軒?まさか・・・)

その視線の先に、煌々とした灯と重なる黒い影が二つ見えた沈栄仁は、自分が持っていた蝋燭の明かりを急いで吹き消すと、そっと寒軒の部屋へ近づいた。

「相変わらず我慢強い。さぁ、今日はどこまで声が我慢できるかな?」

想像した通りの男の声が聞こえ、沈栄仁はあの中で行われていることが何か確信しつつ、その中をそっと覗き込んだ。

(・・・もしも、あまりに隙が多ければ、今すぐこの手で、あいつを・・・)

行為の最中であれば、誰しも意識がそこに集中しているので隙だらけになる。

沈栄仁は袂に忍ばせた短剣を取り出すと、ぐっと剣を持つ手に力を込めた。

しかし、目に飛び込んで来た、その中で行われていた行為に、沈栄仁は顔色を失い、思わず手にした短剣を取り落としそうになる。

「っ!」

変な声を上げそうになった沈栄仁は、とっさに強く口を押えて、その場にうずくまった。

(そんな・・・お気に入りじゃなかったのか?!)

「・・・殺したいなら、さっさと殺せばいい・・・」

寝台の上、裸にされ、その四肢を大の字に縛られて動けない寒軒は、その状態にも関わらず、気丈にも洛大覚をキッと睨みつける。

その小さな体に馬乗りになった洛大覚は、そんな寒軒をあざ笑うと、その生意気な口を塞ぐ。

やがて唇を離すと、寒軒の言葉に呼応するように、洛大覚は寒軒の身体のあちこちを何度も思いきり殴り始めた。

よほどの力で殴りつけているのか、その秀麗な顔や細い肢体のあちこちが、あっという間に赤く腫れあがっていく。

しかし、そんなふうに殴られている間も、寒軒は一言も声を漏らさず、ただひたすら洛大覚を睨み続けていた。

「・・・相変わらず、この程度では声一つ上げないな。ここに来たばかりの頃は、ほんの少し殴るだけで、あれほどぴーぴー泣いて可愛かったのに。やはりこうしないと、な!」

そう言って、洛大覚は手にした短刀を寒軒の右足の太ももに深々と突き刺す。

「ぐっ!」

その衝撃に、奥歯を噛みしめて声を出さないよう一度は耐えた寒軒だったが、剣を同じ場所に二度三度と刺されるうちに悲鳴のような声を出し始める。

何度も突き刺される痛みに耐えられず、本能的に剣から逃れようと身体を動かす寒軒の縛られている部分から血が滲み始め、それを見た洛大覚はその部分を舐め上げた。

「やはりお前の血が一番うまいな。」

「や、ぁ・・・もう、やめ・・・許し・・・」

それまで睨み続けるだけだった寒軒の目に涙が浮かび、その頬を伝っていく。

その哀れな声と姿にようやく満足したのか、洛大覚は最後にもう一度剣を寒軒の足に深々と突き刺すと、そのまま痛みで呻く寒軒に跨り、その腰を動かし始めた。

そのおぞましい光景に、沈栄仁は一歩も動けず、その場で口元を押さえてガクガクと震え続ける。

(助けないといけない・・・いえ、ダメです。あいつは剣を持っているし、きっとあの子が人質にされる・・・そしたら私は大人しく殺されるか、あの子が殺されるのを黙って見ていないといけなくなる・・・それでも、母上との約束が・・・)

寒軒の悲鳴のような啼き声に、沈栄仁はその耳をギュッと強く塞ぎ、一人では何もできない自分を強く呪った。

(ごめんなさい・・・寒軒、母上も、どうか許してください・・・)

夏炎輝のために生きて帰る。

それが沈栄仁の行動を制限し、同時に強い罪悪感を抱かせていた。

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