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第41話

「今日もすごかったな、藍鬼!」

「本当に鬼みたいに強いな!仙界の奴らもお前には全く敵わないもんな!」

洛大覚の手下に囲まれ、彼らから口々に賛辞を浴びた沈栄仁は、いつもの淡々とした調子で彼らに軽く一礼した。

(ごめんなさい・・・まだ、梦幻宮に入ったばかりでしょうに・・・)

仮面の下、自分の足元に転がる紅い衣を着た年若い仙人達に、沈栄仁は心の中で詫びる。

(せめて、知っている顔でなくて良かった・・・炎輝の部下には変わりないけれど・・・それでも・・・)

沈栄仁はぐっと奥歯を噛みしめ、自分が殺したばかりの仙人達から剣を引き抜くと、平静を装って、その死体のうち一体を手下たちへ投げてよこした。

「どうぞ。私は要りませんから。」

「おお、ありがとう!」

「一人一つあるな。俺は、これ!」

「あ、ずるいぞ。大きいのを選びやがって!」

「うるさい!早い者勝ちだろ!」

仙根を持つ若い仙人の肉というこれ以上ないごちそうを前に、目の色を変えて食べ始めた彼らを冷たい瞳で見下しながらも、仮面の下で沈栄仁は口元だけ笑って見せ、彼らに朗らかに語りかける。

「ここへ来て一年以上たちましたが、残念ながらまだまだ妖王の足元にも及びません。かの王であれば、一瞬で決着がついたでしょう?私は、もっと強くならなくては。」

「アハハ、バカだな。妖王に敵う奴なんていやしない。いたら、そいつが妖王になっちまう。」

「そうだ。あのお方に敵うなんて、それこそ天帝くらいだ。」

「いや、その天帝ももう何年も姿を見せてないじゃないか。先代の王にも今の王にも敵わないから、奴は一向に来ないんだろ。おかげで俺たちはやりたい放題だけどな。」

仙人の死体を引きちぎりながら「うまい、うまい」とむさぼり喰う洛大覚の手下たちの言葉を聞きながら、彼らが食べ終わるのを待つ間、木に寄りかかって腕組みをした沈栄仁は彼らに気づかれないように嘆息した。

(すっかり仙界は舐められていますね。まぁ、今の仙界にいる戦力で考えても、まともにこいつらと戦えるのは華南夏派のみ。天清沈派も白秋陸派も文官が多いし、春陽風派は自分に火の粉がかからない限りは非協力的。そんな中、守らなくてはならない人界の人の数は星の数。この状況も致し方ないか・・・)

「ところで、こいつらはどうするんだ?」

仙人を喰い終えた手下が、血まみれの指で指さす方向には、沈栄仁が殺した仙人達が守ろうとしていた人間が、ガタガタと震えながら集団で一塊になって寄り添っている。

「そりゃあ、戦利品なんだから、持って帰るに決まってるだろ。お、こいつはうまそうだ。年増だし、俺がもらってもいいよな。」

「おい、こいつは妖王が好きそうじゃないか?おい、女。この子と服を替えろ。妖王に差し上げるんだから、多少は美しくしていかないとな。」

「バカかお前。そんな布切れ、どうせすぐ脱がすんだから何着てたって関係ないだろ。」

大笑いしながら盛り上がる彼らの話には参加せず、沈栄仁は連行される人間たちから目を背けると、「早く帰りましょう」と言って彼らを促した。

(いつまで経っても、これだけは・・・)

洛大覚を殺すため、人間を守るはずの自分が、彼を油断させるためにもう一年以上も彼にその人間を差し出し続けている。

その現実に、沈栄仁はぐっと奥歯を噛みしめると、胸に下げた大切な首飾りを誰にも気づかれないようぎゅっと強く握りしめた。

(炎輝・・・)

この狂った世界で、沈栄仁がかろうじて正気を保っていられるのは、夏炎輝と交わした、いつか共に生きるという約束。

そして、大切なたった一人の弟の存在。

沈栄仁の記憶にある沈楽清は、いつまで経っても小さく愛らしい姿のままで、その顔はわずかに頬を染めてはにかんでいる。

『栄仁兄様、どうかお気をつけて。私は兄様が無事にお戻りになるのを、いつまでもここでお待ちしております。』

『ありがとう、阿清。でも、私が不在の間・・・いえ、これからはお前が天清沈派の宗主になるのですよ。』

『いいえ!いいえ、兄様。私は・・・宗主になりたくありません。どうか陸承に、その権利をお渡しください。私は仕官出来ない身です。私が宗主になっても、何の役にも立ちません。』

『阿清。しかし・・・』

『栄仁兄様。私は力を使いたくないのです。もう二度と、誰も傷つけたくない・・・私は、ここで一生を静かに終えたいのです。天清沈派に迷惑をかけないよう、ひっそりと。』

『・・・わかりました。では、そのように。それならば、阿清。一つだけ条件があります。』

『条件?』

『私が帰ってくるまでの間、この屋敷に炎輝以外の人が来ることを許してはいけません。たとえ天清沈派の者でもです。それが守れるのであれば、私は陸承を宗主代理と定め、彼に全ての権限を譲りましょう。彼との婚姻も貴方が18になるまで禁じます。』

『・・・分かりました。』

それがここへ来る前、最後の会話でしたね・・・と、沈栄仁は弟の事を思い返す。

(阿清・・・こんなに時間をかけるつもりではなかった。今も、あの子はたった一人で・・・いえ、でもきっと炎輝が時々は行ってくれているはず。それよりも、もしもあの子を色狂いの妖王が見つけたら、一体どんな目に遭わせるか・・・阿清のためにも、絶対にこの男は始末しなければ)

最愛の人と大事な弟の笑顔。

ただそれだけのために、沈栄仁はどこまでも冷酷になれた。

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