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第40話

カツンカツン

靴音が大きく響く洞窟の中を案内されながら、沈栄仁はその内部を詳細に記憶しようと、仮面の下でせわしなく目を動かし続けた。

(どこもよく似たような造りで、覚えるまでに少し時間がかかりそうですね・・・あと、ここに何人いるのかも調べなくては。去る時には全員の口を封じる必要がありますし。)

「ここにはどのくらい部屋があるんですか?」

「なんだ、ここが珍しいのか?仙界には、もっと大きくてきれいな建物がいっぱいあるんだろ?」

自分の案内をしてくれる妖王・洛大覚の手下が、キョロキョロと視線を動かす沈栄仁に対し、愉快そうに声をかける。

「・・・仙界は、汚れたところですよ。見た目は綺麗かもしれませんが、どこも薄汚れています。」

「まぁ、奴らに恨みがあるお前にとっちゃそうかもな。なにせ、仙界を追われて鬼になったんだろ、お前。」

「ええ。あいつら全員に復讐してやりたいと思っています。」

仮面を押さえ、憎々し気に仙界を語る沈栄仁に、手下は「そいつはいいな」とにやりと笑った。

「ほら、着いたぞ。仙界を滅ぼしたいなら、まず、あのお方に気に入られないとな。」

かなり深くまで掘られた洞窟の、最奥の部屋に通された沈栄仁はぐっと気を引き締めた。

仮面の下で沈栄仁は軽く目を瞑り、軽く息を整え、自分を鼓舞する。

(私は、妖王を殺すためにここへ来たんです。自分が死ぬか、妖王を殺すか・・・炎輝の所へ帰るには、それしか・・・そのために、これまでたくさん殺してきたんです。今さら、もう後には引けない。何があっても、ここで生き残るしか、私に道はないんですから)

「失礼します、妖王。連れてきました。」

「入れ。」

沈栄仁は促されるまま中に入ると、多くの手下たちに倣って、玉座に座る妖王に対して膝まづいた。

「頭を上げろ。藍鬼。」

「はっ」

沈栄仁は妖王に促されるまま顔を上げる。

(噂通り、ずいぶん醜い男ですね・・・)

ガマガエルを思わせる容貌をした男を見た沈栄仁は、滑稽な姿とは裏腹の、禍々しい妖気と爬虫類のような冷たい瞳、そして彼の膝に置かれた物に背筋が寒くなるのを感じた。

妖王の膝の上には、愛らしい顔をした12~3歳程度の鳶色の髪の少年が一糸まとわぬ姿で横たわっている。

その少年と、大切な弟の沈楽清が重なって見えた沈栄仁は、思わず声を上げそうになるのを必死でこらえた。

「さっきまで良い声で啼いてくれたんだが、もう反応しない。人間はもろいな。そう思わないか、藍鬼。」

「そうですね。」

「祝いの品だ。受け取れ。まだ使い物になる。煮るなり焼くなり好きにしろ。」

そう言って洛大覚が投げた少年をその手で受け止めた沈栄仁は、このあとどうやって人知れずこの子を人界へ返そうかと、頭の片隅で算段しながら「ありがとうございます」と淡々と礼を述べた。

「たす、け・・・」

ひどい目に遭い、泣きはらした顔の少年が哀願するように沈栄仁に手を伸ばす。

(必ず助けてあげるから、大人しく待っていなさい)

そう思いを込めて、沈栄仁は誰にも気づかれない程度に、その子に対して小さく一つ頷いた。

本当は自身の服を一枚脱いでかけてやりたかったが、さすがにこの場ではそれは出来ず、せめて出来るだけ多くの者から彼の身体が見えないよう抱きかかえようと、体勢を変えるため、少しだけ持つ手を緩めた。

「ああ・・・そのままでは大きすぎるか。」

下卑た笑いを見せた洛大覚は、すっと少年に向かって手を一閃する。

強い殺気を感じた沈栄仁は、慌ててその場から飛びのいたが、そのはずみに緩めた腕から少年の身体が離れていく。

「あっ・・・」

しまったと思った沈栄仁が子どもに再び手を伸ばすも、次の瞬間、彼の身体はバラバラになって弾け飛んだ。

バシャッと全身にその血を浴び、沈栄仁の視界が真っ赤に染まる。

そして、手を伸ばしていた沈栄仁の手に、一瞬で物言わぬ塊になった彼の頭部だけがポスンと落ちた。

「元仙人が仲間になった目出たい祝いの席だ。全員、喰っていいぞ。藍鬼、一番うまい部分をお前にやる。」

洛大覚の声で、それまでその場に膝まずいていた彼の手下たちは歓声を上げると、その肉を取り合い、むさぼり始めた。

少年の血で全身濡れた沈栄仁は、手の中の頭部とその光景に吐きそうになったが、なんとかその衝動を抑えこむ。

「ありがとうございます。」

一瞬で感情を押し殺し、子どもの頭を持ったまま、淡々と一礼した沈栄仁に対し、洛大覚は手を叩いて大笑いし始めた。

「すごいな!お前、本当に仙人だったのか?今までここに来た奴らは、今ので全員吐くわ、怯えて泣きわめくわで大変だったが・・・さすが、ここに来るまでに自分に盾ついた仙人や妖族を50人以上殺してきた男なだけある。声一つ上げないとはたいしたものだ。改めて歓迎しよう、藍鬼。お前はいい部下になりそうだ。」

「お役に立てるよう精進します、妖王。」

(何も考えるな、何も感じるな・・・)

頭の中でそう繰り返しながら、沈栄仁は感情を押し殺した声で洛大覚に応えた。

「ところで、お前はどうして仮面をつけている?」

(やはり、そうきましたか・・・)

洛大覚の問いに、沈栄仁はきちんと用意して来てよかったと仮面をわずかにずらした。

この噂通りの小児性愛者には、仙界一の美貌と謡われる自分とはいえ、とうに18を超えた男など、本当の顔を見せても大丈夫だったのかもしれないと沈栄仁は頭の片隅では考えている。

(それでも、万が一もありますし、この男以外にもここにはたくさんの人がいます。夜はしっかり寝たいですし、何より、炎輝以外には、私は指一本触れられたくない)

最愛の道侶の姿を思い浮かべた沈栄仁はフッと笑うと、この男に見せるために用意した藍鬼の顔を曝すため、その仮面に手をかけた。

(これは、炎輝が本気で驚いた顔。大丈夫・・・私の術が、妖族に見破られることはない。)

「お見苦しいものをお目にかけることになりますが、よろしいでしょうか?」

「ああ。」

沈栄仁が仮面を外すと、それまで少年の肉をむさぼっていた手下たちは一斉にその手を止め、玉座でふんぞり返っていた洛大覚ですらその姿に息をのんだ。

仮面の下から現れたのは、その全てが焼けただれ、眼球がむき出しになり、鼻はどこにあるか分からず、唇もいびつに歪んだ、もはや人間とは言えない醜い顔。

その気味の悪い顔をそのまま見せつつ、沈栄仁は衣服の手足の部分を、肌が見えるように少しだけずらした。

ずらした服からも焼けただれた跡が見え、流石に気分が悪くなったのか、洛大覚は「もういい」と顔を背けた。

「・・・私は、仙界で冤罪をかけられ、全身を火で焼かれました。これが、彼らを滅ぼしたい理由です。仮面をつけている理由も、全身を覆う服を着ている理由も、これでご納得いただけましたか?」

再び仮面をつけ直した沈栄仁に、洛大覚はああと答えるとさっと席を立った。

「妖王、どちらへ?」

「・・・気色悪いものを見て、気分が悪くなった。解散だ。お前、藍鬼を部屋へ案内してやれ。俺はもう何人か良いのを捕まえて来たから、そいつで口直ししてくる。今ので気分が悪くなった奴はついてこい。お前達にも遊ばせてやる。」

洛大覚の言葉に、到底一人では食べ足りなかった手下たちは歓声を上げながら彼に着いていく。

洛大覚に指名された手下は、「いいなぁ。ずるいなぁ。」と文句を言いながらも、洛大覚に逆らえないのか、沈栄仁を部屋へと案内するため、彼らが消えた扉とは反対方向の扉へと彼を誘導した。

そんな手下に「これはお礼です。私は見ての通り、小さく切ったものでないと食べられないので。」と言って、沈栄仁は少年の頭部を渡す。

「お前、良い奴だな!」

よほどのごちそうなのか、一気に機嫌がよくなった男に案内されながら、沈栄仁は血が出そうなほど強く拳を握りしめた。

(ごめんなさい・・・私は、今はまだ死ねないんです・・・)

今、正体をばらすわけにはいかない沈栄仁は、先ほどの子どもとこれから凄惨な目に遭うであろう人間たちに心の中で詫びた。

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