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第33話

豪奢な天蓋付きの寝台の上。

真っ白なシーツの上に、一糸まとわぬ姿の二人が抱き合って横たわっている。

一人の青年が、もう一人の少年に対し、起こさないようにゆっくりと布団をかけた時、少年が小さなうめき声をあげた。

「んん・・・」

一見少女と見紛うばかりの愛らしい少年は、ゆっくりと目覚めると、黒曜石のようにキラキラ輝く大きな瞳を嬉しそうに細め、自分の隣で自分の寝顔をじっと見つめていた琥珀の瞳の凛々しい青年に、ギュッと抱き着き、嬉しそうに「ふふっ」と笑いかけた。

「こんな時にも私を守ろうとするなんて、お前は本当に真面目だな。昔みたいに朝まで一緒に眠ってもいいのに。ここにはお前以外、誰も来られないんだから。」

上半身を起こした少年のさらりと流れ落ちた柔らかい黒髪が青年の顔にかかり、青年はそっとその髪へと愛おしそうに口づけた。

自分へ微笑む少年に対し、優しく微笑み返しながらも、青年の表情はどこか晴れない。

「どうした?何かあったのか?強い妖族でも出たなら、良ければ一緒にいくぞ?お前の領内は妖族が出やすい。昔みたいに昼行燈とお前に怒られなくないからな。」

「・・・いつまで初対面の時のことを・・・いいえ、違います。そうではなくて・・・」

少し目を伏せた青年は、やがて、意を決したように少年に話しかける。

「・・・今日で、最後にしましょう。」

「・・・どうして?」

「私は、まもなく結婚します・・・彼女のお腹の子もまもなく生まれる。その子がなんであれ、私はその子を私の子として育てると決めました。それに・・・何より、あなたは、もうすぐ・・・」

青年の顔がひどく辛そうに歪み、その目にわずかに涙がにじんだ。

「失礼します」と言って、寝台から起きようとした青年の腰へ、それを止めるように抱き着いた少年は、「すまない」と青年に謝る。

「・・・本当にすまない・・・」

少年の大きな瞳から涙が零れ落ちるのを見た青年は、少年をぎゅっと抱きしめると、その唇にそっと口づけた。

「・・・愛しています。」

「仁清。私も、お前だけを愛してる・・・」

青年を寝台へ押し倒した少年は、その顔を優しく撫でると、深く深く口づけた。


(・・・夢?)

翌朝起きた沈楽清は、ぼーっとしたまま広い寝台の上でごろごろと何度か寝返りを打った。

従姉の洛美玲から、あんなドラマやマンガ、見せられたことあったっけ?と思いながら、沈楽清はゆっくり起き上がる。

服の胸元から宝玉がごろんと転がったのを見た沈楽清は、警戒すべき場所で正体が無くなるほど深く眠った自分が信じられず、ハハハっと乾いた笑みを浮かべた。

夢の内容も、あまりにきわどすぎて、洛寒軒との行為の前の自分が見たら、今頃きっとパニックになっていたに違いない。

「なんだよ、あの夢・・・これじゃ欲求不満みたいじゃないか・・・いつもの夢を見ないで済んだのは良かったけど・・・それにしても、あの少年の方、声とか喋り方とか、どこかで聞いた・・・?」

ブツブツと呟きながら、沈楽清は昨日に引き続き、全身真っ白な服に着替えると、白いベールでその顔を隠した。

(これじゃ、本当に占い師・・・もしくはなんかの宗教の教祖・・・)

占い師の見た目を助長させている宝玉を元の位置に戻すと、沈楽清は長椅子へ腰かけた。

「宗主、失礼します。」

外から玄肖の声が聞こえてきて、沈楽清は部屋に張った結界を解く。

自分とは正反対の、全身真っ黒な衣装を着た玄肖は、入ってくると沈楽清の全身を観察し、わずかに曲がった白い冠をきちんと手直しをすると、白いベールを再度目深に被せた。

「ここから先は誰とも話さず、何もせず、最後まで静かにじっとしていてくださいね。」

馬車の中で何度も念押しされたことを玄肖に再確認され、沈楽清はこくんと小さく頷く。

「それではお手を。宗主。」

玄肖に手を引かれた沈楽清は、ゆっくりと外へ向かって歩き出した。


「あれが天清神仙。」

「天清神仙がここへ来るなんて。」

「あれが、あの栄仁様の・・・」

「姿がよく見えないわね。あの方の弟君ならば、さぞお美しいでしょうに残念だわ・・・」

「それにしてもお可哀そうに・・・大切なお兄様を・・・」

「本当に。妖王は酷い奴だ。」

馬車から下りた途端に、周囲が大きくざわめいたのが聞こえた沈楽清は、その反応の大きさにビクッと身体が震えた。

そんな沈楽清の手を恭しく引く玄肖は、安心させるよう、沈楽清の手をぎゅっと握りしめる。

「宗主。」

「・・・大丈夫。」

周囲の声を無視して歩む二人の側に、寄って来る者は一人もいない。

(どうして、誰も直接声をかけて来ないんだろう?)

奇妙な状況に違和感を覚えつつ、沈楽清は玄肖に導かれるまま、とにかく大人しく静々と歩み続けた。

「とまれ!」

10分以上歩いただろうか。

梦幻宮の最奥の大きな扉の前についた玄肖と沈楽清は、二人の白い服を着た仙人に、それ以上中に入るのを阻まれる。

「お前はここに入る資格はない。さっさと立ち去れ。」

そう言って玄肖の肩を掴もうとした仙人を、するりとかわした玄肖は静かに微笑んだ。

「申し訳ございませんが、私はこの方をお連れしなければなりません。許可は得ていたはずですが・・・」

「聞いてないな。」

そう言って、一人の仙人が玄肖の肩を乱暴に掴み、もう一人が強引に沈楽清の手を掴む。

「いやっ!」

目の前の男の乱暴な振る舞いに、沈楽清は思いきり手を振り払った。

手を払った弾みで、目深にかけていたベールがパサリと落ちた瞬間、カッと沈楽清の手が小さく赤く光り、仙人の一人が軽く吹っ飛ばされて扉へぶつかる。

「宗主!」

沈楽清の振る舞いに慌てた玄肖は、ぽかんと呆けたもう一人の仙人の手から逃れると、沈楽清にベールを被せて自分の背にかばった。

(なんで?赤い光なんて、これじゃ・・・)

洛寒軒の妖気をどうして自分が使えるのか。

とまどう沈楽清は、玄肖の背中に思わずぎゅっ縋りついた。

「貴様ら!」

思わぬ展開に茫然とする沈楽清を守るように立った玄肖に向かって、剣を抜いた二人が、再び二人を引き離そうと剣を振りかざしたところで、背後から鋭い声が飛ぶ。

「そこで何をしているんだ?!」

「炎輝兄様!」

「・・・夏宗主?」

(さすがはヒーロー。ピンチの時には駆けつけてくれる・・・いや、ヒロインいないんだけど?)

夏炎輝の登場に、ここに沈栄仁がいたら盛り上がる場面なのになぁと目の前で恋愛ドラマを観ているような感想を抱いた沈楽清は、なぜか彼を見て唖然としている玄肖の手を引っ張り、そそくさと夏炎輝の背に隠れた。

そして、彼の服の袖をそっと掴むと、精いっぱいの『気弱な沈楽清』を演ずる。

「炎輝兄様・・・玄肖も、私と一緒に、入っていいですよね・・・?」

「当然だろう?私が許可を出した。何か問題が?」

玄肖と沈楽清を庇うようにして立ちはだかった夏炎輝は、二人の仙人を睨みつけると、その扉を開けさせる。

そのまま玄肖を右手で、沈楽清を左手で掴んだ夏炎輝は、最初に二人を扉の中へと押しやった。

沈楽清が扉の中に入ると、さらに50mほど廊下が続き、その奥に重々しい黒い扉が見える。

「お前達、何か文句があるなら、後で赤誠宮へ来い。」

二人を守るように自分の側に寄せた夏炎輝は、もともと鋭さのある胡桃色の瞳を細めて二人の仙人をねめつけた。

玄肖と沈楽清の前では居丈高だった二人は、突然現れた夏炎輝には何も言わず、深々と一礼すると、その場から立ち去る。

「・・・最近、躾ができていない奴が多すぎる。大丈夫か、玄肖。怪我は?」

「大丈夫です。ありがとうございました。」

「炎輝兄様・・・ありがとうございます・・・」

丁寧に一礼する玄肖と小さな声でお礼を言った沈楽清に対し、爽やかな笑みを浮かべた夏炎輝は、沈楽清の肩をガシッと抱くと中に向かって歩き出した。

「二人が無事ならそれでいい。それよりも、その恰好はどうしたんだ?どうして顔を隠す?服も、肌一つ見せないような着こみ方をして。真冬でもないのに阿清は寒がりだな。」

「これは・・・」

「そんなことよりも、夏宗主。あなたは閉関中では?どうしてここへ?」

首元が出せないのは妖王のキスマークがたくさんついているからです、とは口が裂けても言えない沈楽清を庇うように、玄肖が夏炎輝に声をかけた。

「天帝から火急の呼び出しだと言われてな。この後はもう一度修行へ戻る予定だ。」

「そうですか・・・」

明らかに重い口調の玄肖に、疑問に思った沈楽清はどうしたの?と口をパクパクさせる。

「夏宗主、すみません。天帝の御前に上がる前に、もう一度宗主の衣装をきちんとさせてください。」

「ああ。」

夏炎輝から解放された沈楽清の前に立った玄肖は、沈楽清のベールを外し、白い冠を手直ししながら、その耳元に囁いた。

「夏宗主は一番妖王を殺したいと思っている人物です・・・その彼が来たとなると、一気に討伐が決まってしまう。洛寒軒を救う術がありません・・・」

出来ました、と沈楽清に再びベールを被せた玄肖は、弱ったなと言わんばかりの表情を見せる。

(おいおい、どうすればいいんだよ?!)

もはやなす術がない沈楽清は、奥の扉がゆっくり中から開かれるのを、ただ黙って見つめていた。


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