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第30話

翌日、窓から差し込む朝日で意識を取り戻した沈楽清は、自分の隣で自分を腕枕している洛寒軒に驚き、その上、彼が服を着ていないことに大きな悲鳴を上げるとその身体を思いきり寝台の下へ突き飛ばした。

「お、俺の事、お子様って、興味ないって言ってたじゃないか!桜雲の大嘘つき!!」

「っ・・・お前、俺の妻になると、昨日・・・だから・・・」

寝台からつき落とされた洛寒軒が腰と頭をさすりながら起き上がると、寝台の上で顔を真っ赤にした沈楽清の姿が目に入る。

服を着ていない自分の胸元やら太ももやら、身体中につけられた幾つもの赤い痕や甘噛みの跡に、くらりと眩暈を起こしそうになった沈楽清は、近くにあった布団をその身体に巻き付けてうずくまった。

怒りと恥ずかしさでわずかに震えながら、涙目でキッと洛寒軒を睨む。

「楽清?」

「昨日・・・どこまで・・・?」

「ああ、お前が途中で気を失ったから最後まではしてない。他の奴としたことがあっても、俺とは初めてだものな。最初は大事だろう?」

「お前、妻って・・・俺とそういう関係になるってこと?これから一生?!」

「・・・今さら何を言ってるんだ?妻になるかと聞いたら、うん、と確かにお前は頷いただろう?ずいぶん、気持ちよさそうにしていたのに、今さら何を恥ずかしがってるんだ?玄肖とで慣れているだろう?」

「・・・」

寝台の上に戻った洛寒軒は、沈楽清を抱きしめると背中や太ももの辺りを薄い布団越しにつっとなぞった。

びくんとはねた身体に「お前は感じやすいな・・・」と洛寒軒は耳元で囁くとフッと息を吹きかける。

「んっ」

「楽清・・・」

その甘い声と触れ方で、脳裏に夜の一部始終が鮮明に蘇ってきた沈楽清は、思い出してしまった洛寒軒とのあれやそれに対して逆に頭がパニックを起こした。

自分が出しているとは思えない色っぽい声。

洛寒軒の指に素直に反応する身体。

(いや、俺は『沈楽清』じゃなくて、中身はゴリラなんですけど?!)

可憐な『沈楽清』の姿ではなく、現実の自分のあられもない姿を想像してしまった沈楽清は、あまりの恥ずかしさに、頭から湯気が出るのではないかと思うくらい真っ赤になった。

そんな沈楽清の様子に、ただいつものように恥ずかしがっているだけ、と勘違いした洛寒軒は、彼の顔を自分の方へ向けると啄むようなキスを何度もする。

「ん・・・桜、雲・・・ん、んっ・・・!」

「本当にお前は可愛いな・・・玄肖には俺から話すから安心しろ。今は気持ちがついていかないかもしれないが、いずれ忘れさせて・・・俺だけのものにしてやるから。」

優しく微笑む洛寒軒の美貌を、大きく見開いた瞳一杯に映した沈楽清は、近くにあった枕を掴むと洛寒軒の顔めがけて投げつけた。

「昨日から玄肖玄肖って一体何なんだよ!?キスもそれ以上も全部初めてだ!悪いか?!最初は・・・初めては好きな人とって思ってたのに!!」

「楽・・・」

「桜雲のバカ!!今日一日俺に近寄るな!けだもの!!」


「で・・・自分から昨日一日なんべんも煽ってきて、最後は確かに妻になるって言うたのに、朝になったら急に怒って閉め出してきた、と・・・」

「ああ・・・」

昨日とは立場が逆転し、怒り心頭の沈楽清に部屋を蹴り出された洛寒軒は、朝の準備をしに来た玄肖を捕まえると、一緒に炊事場に行き、沈楽清から追い出された経緯を話した。

「だいたい、あいつ、初めてって・・・あいつはお前のものじゃなかったのか?確かにすぐに真っ赤になってはいたが、俺へのすり寄り方や言葉選びが妙に手慣れている上に、自分からさんざん挑発するような行動をしてくるから、てっきり・・・あいつの兄は15の時にとか言っていたし・・・」

「・・・妖王、ちゃんと相談に乗る前に、一言だけよろしいやろか?」

ぶつぶつ言いながら中華鍋を振る洛寒軒の横で、おもむろに肉を取り出し、にこやかに宣言した玄肖はその手に持った包丁をきらりと光らせた。

「揃いも揃って、勝手な妄想もたいがいにせぇ!」

ダン!

まな板を割るような勢いで、肉を裁断した玄肖に、ビクリとした洛寒軒は鍋を振る手を止めると「ごめんなさい」と思わず謝った。

「かまへん。あ、それ、炒め終えたらこの皿に移してや。」

まな板がついた包丁を洛寒軒の方へ向けながら、いつもの笑顔で話す玄肖に、洛寒軒はコクコクと頷くと、大人しく彼の指示に従う。

その後はお互いに何も話さず、それぞれ黙々と作業した二人は、あっという間に料理を作り終えるも、屋敷の主が不在という事もあり、そのまま炊事場の椅子に座って料理を食べ始めた。

洛寒軒の作った青菜の炒め物をつつきながら「意外と料理上手やったんやね。ほんで?」と促す玄肖に、洛寒軒は昨日一日の顛末を詳細に話す。

「・・・と、いう訳だ。」

「宗主が悪夢を・・・すんません、私は夜一緒にいたことがないので、その部分は知りませんでした」

「別に、お前を責めている訳じゃない。・・・悪夢を見ることは、まぁ置いておくとしても、問題はあいつの癖だ。あいつは人が言ったことにあまりに素直に応じすぎる。まるで、人のいう事を全て聞かないといけないと思い込んでいるみたいだ。だとすれば、あいつの『宗主になりたい』も『俺の妻になる』もあいつの本心ではないってことにならないか?」

「宗主は私の望み。あんたの妻はあんたの望み。あの子はただそれを叶えとるだけゆうことですか?言う事を聞いてくれる素直な子ゆう意味では昔からそうやけど、あんたの妻になることを即決で決めるのは、さすがはこの世界を知らん人間・・・ああ、いや、なんでもないで。」

感心のあまり思わず沈楽清が『沈楽清』ではないと言いかけてしまった玄肖は、洛寒軒が「どうした?」と言うのに、「こちらの話です」と口をもごもごと動かすと、彼に対してにやりと笑ってみせた。

「そんなんより、妖王?あんた、いつの間に宗主に惚れてもたん ?」

洛寒軒は口に含んだ粥をぐっと喉に詰まらせるとゴホゴホと咳き込む。

洛寒軒の焦る様子に、クスクス笑った玄肖が手渡したお茶を、洛寒軒は一気にあおると呼吸を整えた。

「正直なところ、感情と言う意味では、まだそこまで深いものじゃない。守ってやりたいとは思っているが・・・まぁ、あいつ一人くらいなら側にいてもらって困らないからな。小さくて可愛いし、家事も出来るし。」

「・・・それやったら、なんで抱こうとしてん?あれほどお子様扱いして、抱くなら私やと言い切ったのに。この二日で一体どんな心境の変化が?」

「あいつの水に濡れた姿が、ひどく綺麗だと思った。それに、華奢で折れそうだが、身体はちゃんと大人だし、白い肌は柔らかくて吸い付くようで抱き心地がいい。顔が可愛いし、特に笑った顔がすごく可愛い。純粋無垢なのかと思えば妙に大胆だし、何より優しいところが気に入っている。」

「・・・あんた、そういえば妖族でしたねぇ・・・」

えらく短絡的で欲望に忠実な洛寒軒の告白に、少し呆れた玄肖は「若いってええですね」と皮肉る。

「ところで、お前と楽清は、本当にそういう関係じゃないんだな?」

「せやから!何回もそう言うとるやろ?!」

ずっと玄肖と沈楽清に身体の関係があると疑っていたと話した洛寒軒に対し、玄肖ははぁとため息をついた。

「宗主と私がそういう関係やったんやったら、なんであんたにあげるなんて言うねん?ほんまにそうなら、いっそ攫って、一緒に東嬴へ逃げますけど?」

「バカを言え。天帝から逃げられる訳ないだろう?たとえ攫ったとしても、お前の立場じゃ最後まで守りきれない。お前たちは人界の物語で言うところの、公主と一兵卒の恋愛みたいなものだろう。昔からよくある話だ。」

「・・・人界の物語にまで造詣が深いとは驚きやで、妖王。そんなに妖界は暇なんですか?平和で羨ましい限りやね。」

嫌味を言う玄肖に、苦笑した洛寒軒は、「気分を害したなら、すまなかった」と素直に謝る。

「話を戻しますけど、気に入ったのが、別に見た目やろが中身やろが、あの子を大切に思 て、これから守って ってくれるのなら何でもいいねん。ただ、出会うて三日で、身体は大人かもしれんけど、言動は完全にお子様な宗主に、いきなり手を出そうとしたのはいただけませんね。確かに宗主を差し上げます、って言うたのは私やけど、それを自分が立派な宗主にするからその後で、って言い張ったのはどなたやったっけ?今日はもう2週間ですか?ずいぶん月日が経つのが早いものやね、妖王。」

チクチクと洛寒軒を責める玄肖に、ぐうの音も出ない洛寒軒は少し肩を落とした。

「・・・お前と関係があると思ったから手を出した。初めてと知っていたら、あんな風には・・・すまなかった。二度とこんな真似はしない。」

「その言葉は宗主本人へ・・・と言うても、閉め出されるほど拒否されとるんじゃどうしょうもないですけどね。」

ますますうなだれる洛寒軒にフッと玄肖は笑った。

「・・・期待通りになりそうで良かった。」

「何か言ったか?」

「いいえ。何も。」

満足そうに微笑んだ玄肖は落ち込む洛寒軒の肩をぽんぽんと二回叩くと、その情けない顔を眺めようと上を向かせた。

「妖王をここまでヘコませることができるなんて、うちのお子様宗主もやりますね。分かりました。宗主の機嫌を取ってきます。どのみち、今日は宗主を連れて出かけんならんので。大人しく、留守番をお願いしますよ、妖王。」

「分かった・・・」

「我々が帰ってくるまではこれを持って、奥の書斎にでも籠っていてください、妖王。万が一、誰ぞに見つけられたら大惨事やから。」

「ごちそうさんです」と食事を終えた玄肖は、洛寒軒に昨日の夜の分も含めて片づけをお願いすると、彼の手に手のひらほどの大きさの瑠璃色の宝玉を渡し、軽い足取りで炊事場を後にした。


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