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第24話

家事を一通り終えた沈楽清は、昨日と同じく隣でずっと手伝ってくれる洛寒軒にお礼を言い、「一緒に修行しようよ」と彼を誘うと、木刀を持って庭まで出た。

「では、宗主。私はこれで失礼します。夕方にまた一度来ます。」

洛寒軒が来てからというもの、すぐにいなくなろうとする側仕えの態度に沈楽清は苦笑しながらも、「わかった。ありがとう。」と返事をする。

(やっぱり、玄肖は寒軒のことが許せないのかな?)

玄冬宮に戻っていく玄肖を少しの間目で追った沈楽清だったが、「いくぞ」と言う声とともに目の前から強い殺気を感じて慌てて木刀を構えた。

バキッ

洛寒軒が沈楽清の木刀に向かって打ち込んだ一撃で、沈楽清の持った木刀が二つに折れ曲がる。

(単純な腕力?!それとも何かの術?!)

あまりに簡単に折れた木刀に呆然とした沈楽清だったが、その後も無慈悲に打ち込んでくる洛寒軒を相手に防戦一方になり、一旦逃れようと木の枝に掴まるとくるりと一回転して木の上に着地した。

「楽清。その身の軽さはさすがだが、逃げてばかりいるのは、あまり感心しないな。」

「ちょっと待ってよ!いきなり打ち込んでくるなんて・・・」

「何を言ってる?修行だろう?」

視界から洛寒軒が消えたと思った瞬間、お腹の辺りを風の術で思い切り押された沈楽清の身体は宙を舞い、そのまま背中から地面に叩きつけられた。

あまりの痛みと衝撃で、一瞬息が出来なくなった沈楽清は、その場に転がったままゴホゴホと大きくむせこむ。

「おい、そんな様では死ぬぞ。何をぼさっと寝ているんだ?すぐに立ち上がれ。」

「寒・・・軒・・・おまえ・・・」

痛みで動けない沈楽清の喉元にぴたりと木刀の切っ先をあて、沈楽清を冷たい瞳で見下ろす洛寒軒に対し、沈楽清は文句を言おうとするが、大きくむせこんでしまい、それ以上言葉を発することが出来ない。

何度か咳き込むうちに、喉の奥から熱いものがあがってきたと思ったら、口の中に血の味が広がった。

(あ~・・・今日はどこをやられたんだろ・・・)

咳と共に血を吐いた沈楽清に対し、目を丸くした洛寒軒は、沈楽清を抱き上げるとその背中へと霊力を注ぎ込み始めた。

「どうして霊力を使わないんだ?」

「剣の、稽古、なのに・・・だめ、でしょ・・・?」

少し楽になった沈楽清は、洛寒軒に頼んで薬箱を持って来てもらうと、その中から一本の瓶を取り出した。

お世辞にも美味しいと言えない味が喉元を通ると徐々に身体が楽になっていく。

「・・・ずいぶん万能薬なんだな。」

「本当にね。死んでない限りは、中でも外でもある程度効くらしいよ。玄肖が前に死にかけた時に使って効果あったって言ってた。」

「あいつは殺しても死ななさそうだからな・・・痛むなら、今日は、もう身体を動かす修行は辞めるか?」

そう言って、屋敷へ運ぼうと沈楽清の身体を軽々と抱き上げた洛寒軒に対し、沈楽清はその胸の中でふるふると小さく横に首を振った。

「ううん。いつものことだから、少し休めば大丈夫。」

「・・・いつものこと?」

「うん。最近はそんなこともなくなってきたけど、玄肖と修行しても、大概俺がこてんぱんにやられて怪我してって感じだったから。この程度なら平気だよ。ありがと、桜雲。下ろして。」

けろりとした様子で下に降りようとする沈楽清に対し、洛寒軒は眉をひそめた。

「修行は一人ではなくてあいつと一緒だったのか?それなのに、いつも剣の修行は剣だけ、術の修行は術だけを?」

「そうだけど?」

「・・・本当に、あいつはお前を一人前にするつもりはなかったんだな・・・」

「え?」

「いや、こちらの話だ。でも、もう少し休んだ方がいいだろう?楽清、結界を張ってくれないか。お前に見せたいものがある。」

「い、いいけど、昨日みたいのは無しだからね!」

「当たり前だ。俺も痛い思いはしたくない。仙界で妖力を使って、誰かに嗅ぎ付けられるのを防ぎたいだけだ。」

洛寒軒の言葉に従って結界を張った沈楽清の身体を地面に丁寧に下ろした洛寒軒は、結界がしっかり張られたことを確認し、袖から小さな袋を取り出した。

中からお土産品で売っているキーホルダーのような小さな剣を取り出すと、沈楽清に見せる。

「剣?本物?」

「ああ。楽清、手を。」

沈楽清が素直に手を差し出すと、洛寒軒はその手に刀をそっと置く。

「元の姿に戻るよう、念じてみてくれないか?」

(こういうところが物語の世界だよな・・・魔法のアイテムとか・・・)

現実の物質世界ではありえないと沈楽清は思いながらも、「分かった」と頷いて、手の中にある刀に意識を集中した。

しかし、小刀ほどの大きさになって以降、いくら霊力を注いでも剣がそれ以上大きくなる様子がなく、沈楽清は焦り始める。

「寒軒・・・これでいいの・・・?」

「いや、まぁ、そうだろうな。もしかしてお前なら、と思ったが。」

そう言って洛寒軒は沈楽清の手に自分の手を重ねると、妖力をその剣に注ぎ始める。

手のひらからほんの少し妖力が入ってくるのを感じて、昨日のことを思い出した沈楽清は手を引っ込めようとするが、洛寒軒はそれを許さず、彼の手首を拘束する。

「桜雲!」

「・・・大丈夫だ、昨日みたいにはならない。続けて。」

怖気づいた沈楽清は剣を彼に返そうとするが、洛寒軒はそれを許さない。

諦めた沈楽清が再び意識を集中すると、剣がカタカタと鳴り始め、光を放つと自分の背の半分以上ある長剣へと変貌した。

「これは・・・?」

自分の剣・恒心よりも遥かに長く重い剣は、華奢な沈楽清では重すぎて扱いきれず、思わず落としそうになる。

ふらついた沈楽清の手から剣を受け取った洛寒軒は、その剣を自分の腰に佩くと、その中身を引き抜いた。

そのギラリと輝く研ぎ澄まされた刀身に、ぞくっとした沈楽清は思わず一歩後ずさる。

(なんでだろう?この剣、すごく怖い・・・)

「どうした?・・・怖いのか?」

剣を構えた洛寒軒に、沈楽清はこくりと頷くと、その剣から一歩二歩と後ずさった。

よほど怖いのか、剣から目を離さず怯える沈楽清に苦笑した洛寒軒は、剣を鞘に戻し、彼を招き寄せる。

「怖がらせてすまない。お前にこれを見せたかっただけだ。少し変わった剣で元に戻すのに霊力と妖力両方がいる。名は九泉。最大の特徴は、傷が塞がりにくくて傷跡が残ること、かな。」

「傷が残る?」

「そう、こうやって・・・」

そう言って洛寒軒は剣をわずかに抜くと、親指を少しだけ傷つけた。

「桜雲?!」

親指から勢いよく血が出たのを見た沈楽清は、慌てて洛寒軒の手をとると、薬箱の中の薬をかける。

「ほら、この通りだ。」

切った形のままの傷跡の残った親指を見せてくる洛寒軒に、カッとなった沈楽清は彼の襟元を掴み上げると怒鳴りつけた。

「簡単に自分を傷つけるんじゃない!」

「いや、この程度・・・お前、俺の身体を見ただろう?あれは・・・」

「口答えするんじゃありません!ったく、テレビショッピングの包丁じゃないんだから、切れ味試したいなら、次からは別のものを切ってよ!」

「いや、切れ味を見せたい訳じゃ・・・」

「うるさい!次やったら怒るからね!!あ~もう、お前は顔も身体もすごい綺麗なのに、なんで傷つけるんだよ・・・信じられない。」

激怒しながら洛寒軒の親指をさする沈楽清に、洛寒軒はふふっとわずかに微笑んだ。

「お前は変わっているな、楽清。妖王の俺を綺麗と表現する奴は初めてだ。」

「ありがとう」と少しはにかむ洛寒軒に、言葉を失った沈楽清は「どういたしまして」と引きつった笑顔を返す。

(生まれてこの方、あっちの世界でもこっちの世界でもこんなイケメン見たことが無いんだけど・・・仙界って、もしかして美の基準が違うのか?日本の、平安時代だっけ?お歯黒?長い黒髪が美人?みたいな世界とか?)

う~ん・・・と悩む沈楽清に構わず、洛寒軒は話を続ける。

「この剣は俺の剣だが、正確には俺の父の剣・・・なんだと思う。」

「寒軒のお父さんの剣?思うって何?どういうこと?」

「俺の父親は生まれた時からいなかった。生きているのか死んでいるのか、人間なのか妖族なのか、何も分からない。」

「・・・お母さんは?寒軒のお母さんは何も言ってなかったの?」

「母は、俺が12の時に死んだが・・・母も何者か分からない。藍鬼も、俺の出自は心当たりがないと言っていた。」

(こいつも、俺と同じで生まれた時からお父さんがいないのか・・・)

己と同じ境遇に同情心がわいた沈楽清は、寂し気に笑う洛寒軒に近づくとその背に手を回し、正面からギュッと抱き着いた。

背中にやった手で、まるで子どもをあやすようにポンポンと優しく背中を叩く。

「楽清?」

「桜雲、大丈夫だよ。俺がいる。」

(ん?俺、今なんて言った?)

思わず口をついた言葉に、沈楽清は誰よりも自分自身が驚き、戸惑い始める。

洛寒軒が、悲し気に笑うのを、沈楽清はなぜか見たくないと思った。

そうだとしても、『俺がいる』とはなんなのか・・・

「俺が、お前とずっと一緒にいるから・・・」

(いや、だから!さっきから、俺は何を言ってるんだ?!)

理性と本能がバラバラな状態の沈楽清は、頭の中で自分自身にツッコミをいれる。

「楽清・・・」

切なげに自分の名を呼んだ洛寒軒に強い力で抱きしめ返された沈楽清は、頭ではこれ以上はヤバいと感じて、彼からすぐに離れなくてはいけないと思うのに、その身体は彼から離れるどころか、よりぴったりと彼に近づいてしまう。

離れなくちゃいけない。

でも、離れたくない。

(お、俺・・・一体どうしちゃったんだよ?!)

洛寒軒の右手が自分の頬に触れ、少し顔を上へ向けようとしているのを感じた沈楽清は、自分から自分より頭一つ分高い洛寒軒を見上げた。

今まで出会った誰よりも美しい顔が、自分の方へゆっくり近づいてきたのを見た沈楽清は、思わずぎゅっと琥珀の瞳を閉じる。

唇と唇が触れ合う寸前、ほんのわずかに洛寒軒が動きを止めて、小さく息を呑んだ。

それで一気に現実へと引き戻された沈楽清は、大きく左腕を振り上げると洛寒軒の頬へ向かって無遠慮に振り下ろした。


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