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第17話

いつもの習慣で朝日と共に目が覚めた沈楽清は、むにっとしたものをその手に掴み、寝ぼけ眼でそれを見た。

(白い・・・手?)

自分を腕枕するように回された手に、一気に覚醒した沈楽清は、勢いよく起き上がりすぎて己の寝台から思わず転がり落ちる。

「いたた・・・」

床に転がった状態で、思わず自分の衣服がどうなっているか確認するも、昨日寝た時と同じで白い服には乱れ一つみられない。

(そうだった。昨日、こいつ、なぜか泊まっていったんだった・・・)

とりあえず何もなかったことに安堵した沈楽清は、さすがに学習したのか、寝台から少し距離を取ると、そこでスヤスヤと眠る洛寒軒を見つめる。

彼の方はというと、昨日長らく密着していた上半身裸の姿ではなく、玄肖が用意してくれた白い寝間着をしっかり着ており、その麗しい寝姿だけ見れば、まるでどこかの貴公子のように見える。

(ほんっと無駄に顔が良い・・・身体もだけど・・・)

腹が立つほど美形なこの男は、昨晩はとうとう沈楽清を18だと信じず、それ以降も幼子扱いをし続けた。

子どもに優しい妖王というのもややシュールだよな・・・と思いながらも、そのおかげで傷つけられることも殺されることもなかった沈楽清は、昨日からこの現状を喜んでいいのか悲しんでいいのか分からず、非常に複雑な気分のままだった。

原作では、彼に拷問されて手籠めにされて殺されるはずの沈楽清だったが、昨日の彼の様子だけみると沈楽清に対して拷問と殺害はあったとしても、手籠めにするなどありえない。

(おまけに玄肖・・・あいつはあいつで酷いし・・・)

沈楽清を傷つけるつもりが洛寒軒に無いことを知った玄肖は、剣を収めると「一つだけ答えてほしい」とものすごく真剣な顔で洛寒軒に質問した。

「妖王。あんた、抱くなら宗主と私、どっちを選ぶ?」

突拍子もない玄肖の質問に「そんな趣味はない」と呆れた表情で一刀両断した洛寒軒だったが、「大切な質問やねん」と真剣な表情で尋ねた玄肖に、「お前に決まってるだろ。お稚児さん趣味はない。」ときっぱりはっきり言い切った。

それを聞き、あろうことかあの側仕えはさっさと自分の部屋に帰っていったのだ。

「宗主。絶対無いと思うけど、なんかあったら呼んで?」と自分に言い捨てて。

(なんかあってからじゃ間に合わなくない?!)

玄肖が去ったのを見届けて、沈楽清を膝から降ろした洛寒軒は、さっさと寝間着に着替えると、「眠い」と言って沈楽清の寝台にもぐりこんだ。

仕方なく沈楽清が長椅子で寝ようとしたのに、洛寒軒は「こっちへ来い」と命令し、それでもと遠慮するうちに彼に強引に抱き上げられ、そして、そのまま朝まで彼の抱き枕と化していた。

「・・・こいつの隣で、一瞬でも寝た俺も俺だけどさ・・・」

先に彼の寝息を聞き、本当に洛寒軒が自分に何もするつもりがないと分かりながらも、沈楽清は頑張って起き続けていた。

しかし、明け方になり、とうとう我慢できず、いつの間にか寝てしまったらしい。

(こいつと一つの布団で朝まで・・・しかも腕枕・・・)

その事実に真っ赤になった沈楽清は、頭をガシガシとかきむしると、何も考えないようにするために、まずは洗濯でもしようと心に決める。

自分の昨日着ていた服や昨日からそのままになっている洛寒軒の服や手拭いを片付けようと、相変わらず目覚める気配のない洛寒軒を残して、沈楽清は自身の部屋を後にした。


「おはようございます。宗主。・・・あんま眠れへんかったみたいやな。」

まずはお茶を飲もうと炊事場へ来て湯を沸かしていた沈楽清へ、なにやら籠やらお重やらを持ってきた玄肖が声をかける。

「・・・おはようございます、玄肖さん。怪我が治ったみたいで良かったです。」

ジト目で挨拶する沈楽清に玄肖は苦笑すると「はいはい、昨日はごめんごめん。」と軽い調子で謝った。

「でも、何もなかったんやろ?」

「何かあったよ!朝まであいつの抱き枕してたよ!一体あいつは何なんだ?!」

「・・・私も彼がほんまに泊まるとは思っていませんでしたし・・・てっきり私がいなくなったら帰ると思っとったんですがねぇ・・・」

ぎゃんぎゃん怒る沈楽清の言葉を適当に流しながら、玄肖は持ってきた荷物を広げ始める。

「玄肖。何をしてるの?」

「料理や。彼の料理を誰ぞに作らせる訳にはいかんとしょう?宗主のところにもう一人いるなんて大騒ぎになりますし・・・ましてや、それが妖王・・・」

はぁと大きなため息をついた玄肖に、彼を連れてきてしまった沈楽清は、申し訳なくなって咄嗟に謝る。

「今回の事は仕方がありません。でも、二度と何も拾ってこないでくださいね。」

「はーい」と返事をした沈楽清は、料理をし始めた玄肖をその隣で手伝い始めた。

メニューを聞き、それならと野菜をトントンと手際よく切り始めた沈楽清へ玄肖は感心する。

「本当に、あなた、色々出来ますよね。」

「小さい頃から俺が家事やってたし、一人暮らし歴も長いもん。そりゃ一通りできるよ。あ、油どこ?」

「そこです。鍋はそっち。」

2人で協力して、あっという間に食事を作り終えると、お皿に盛りつける。

「・・・あんたは食べられないのに、すみません。」

「いいよ。大丈夫。でも料理はできるんだね。てっきりそれもダメかと思ってた。」

特殊体質の『沈楽清』は食事を必要としない。

何かを食べたとしても、食べられるのは野菜と果物のみで、それも本当にごくわずかでお腹がいっぱいになってしまう。

もう大好きだった焼き肉が二度と食べられないと知った時は悲しかったが、いかんせん、今の身体はその匂いだけでもうダメなのだということを、一度身を持って体験した沈楽清は、それ以降食事をする気がなくなった。

「肉や魚の類はダメでしょうが、豆腐や野菜であれば料理もできると思いますよ?」

玄肖の言葉に、もしかして大豆プロテインは摂れるかも?と、この身体にどうにか筋肉をつけたい沈楽清は内心ガッツポーズする。

「そういえば、昨日の桜雲の服さ、あれどうしよう。もう、綺麗に出来ないよね。」

「桜雲やのうて洛寒軒な。あれがいいなら新しいのを縫うしかないやんな。まぁ、昨日私が持ってきた服をそのまま着て帰ってもらえばええんちゃいますか?ただ、ちょっとおっきいかもしれんので、少し後で調整せんといけませんけど。」

話しているうちに部屋へ着いた沈楽清は、中にいる洛寒軒へ声をかけるが返事がない。

もしかして帰ったのかと部屋へ入った沈楽清は、彼が未だ寝台で寝ているのを見て、思わずずっこけそうになった。

「・・・すごい神経ですね。」

脱力する沈楽清の隣で玄肖も呆れた声を出す。

沈楽清は寝台に近づくと、洛寒軒の身体を少しゆすった。

つい昨日の癖で「桜雲」と声をかけてしまい、間違えたと思ったが、まぁいいかとそのまま様子を見る。

「ん・・・」

小さく身じろぎした洛寒軒は目を開けると、ぼんやりした様子で沈楽清を見つめる。

「おはよう。」

「・・・ん。おはよう・・・」

挨拶をしながらも、相変わらずぽけーっとしている洛寒軒を見て、沈楽清は少しだけ笑ってしまう。

(なんだ、こいつ、意外と可愛いじゃん。美玲姉と違って。これなら毎朝起こしてもいいかも)

「ほら、起きて。着替えるよ。ご飯冷めちゃうから。」

「・・・先に食べる。」

「ダメだよ、着替えてから。ね?」

「うん。」

甲斐甲斐しく世話を焼く沈楽清と、妙に素直な洛寒軒を黙ってみていた玄肖は、「席、外した方がいいですか?」と一人居心地悪そうにぼそりと呟いた。


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