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第13話

屋敷の入り口まで全速力で走ってきた沈楽清は、ハァハァと肩で息をすると、屋敷を守るように立ちふさがっている門にその身体を持たれかけさせた。

(服をどうしよう・・・そういえば、玄肖を置いてきちゃったし、そもそも陸承と洛寒軒が出会うのを阻止しに行ったはずなのに、それを忘れて戻ってきちゃったし・・・)

その挙句に、誰も入れてはいけないと玄肖にきつく言われていたこの屋敷に人を勝手に招いてしまった。

今日は静養しなければならない彼を隠すべきか、素直に話して怒られた方が良いか・・・

桜雲の服を探しに、天清沈派の本拠地である玄冬宮まで行こうかどうしようか迷っていた沈楽清の耳に、「宗主!」と遠くから自分を呼ぶ玄肖の声が聞こえる。

「玄肖!」

ドキッと心臓が跳ね上がった沈楽清は、門の柱の陰にこそこそと隠れながら玄肖がこちらに近づいてくるのを待った。

「宗主!あんた・・・」

(これは、絶対に殴られる!!)

自分に近づいてきた玄肖が険しい顔をしているのを見た沈楽清は、慌ててその場に土下座をすると彼に向かって心の底から謝り始める。

「ごめんなさい!勝手に帰ってきちゃって。怪我をした人がいて・・・」

何も言わずに自分の前へ駆け寄った玄肖が、自分に向かって手を伸ばしたのを感じた沈楽清は、数発ぶん殴られるのを覚悟して目を閉じると、衝撃に備えてぐっと奥歯を噛みしめる。

そんな沈楽清の予想に反し、玄肖はその肩に優しく手をかけると沈楽清の身体を起こさせ、身体のあちこちを見て怪我がないかを確認すると、そのままぎゅっと彼を抱きしめた。

「阿清・・・無事でよかった・・・」

心の底から安堵した玄肖の、今にも泣きだしそうな声を聞いた沈楽清は、普段の飄々とした彼から想像できないその様子に、驚きのあまりその場から動けなくなってしまう。

(阿清?)

前に狸寝入りをして夏炎輝と彼が会話していたのを聞いていた時に、彼は『沈楽清』の兄・栄仁と入れ替わりに自分の側仕えになったと言っていたので、夏炎輝と違い、『沈楽清』と幼馴染のような関係ではない。

そして『沈楽清』とは恋人関係ではない。

それなのに、どうして自分を『阿清』なんて呼ぶのだろうか?

これでは、まるで・・・

「兄弟みたい・・・」

何も考えず、思ったことをそのまま口にした沈楽清からバッと離れた玄肖は、「あ・・・」と小さく弱弱しい声を出して目線を彷徨わせたが、それを誤魔化すようにゴホンと大きく咳ばらいをした。

「あんたは一体何してますの?勝手にいなくなるとか。せめて一言あってしかるべきやろ?!」

まるで何事もなかったかのように、いつもの調子で自分を叱り始めた玄肖に、沈楽清はホッとしつつも、やはりこのまま桜雲を隠しておくとろくなことにならなさそうだ、服も調達できないしと覚悟を決めて、玄肖に彼と離れた後の事情を説明し始めた。

「・・・仙人が集団で人間を襲う、ですか?ありえへんね。そんな命は天帝から出ていません。たとえその者が重罪人だとしても、人間を裁くのは人間。仙界が関与することはあり得ません。」

「でも、本当に仙人だったんだよ。俺と同じような剣を持ってたし・・・」

「・・・人界にも剣はありますけどね。」

お前の見間違いだと言わんばかりの玄肖に、確信が持てなくなってきた沈楽清は黙りこんでしまう。

「・・・まぁ、素直に話してくれたことは褒めてあげますよ。説明されずにその人を私が見つけとったなら、これではすみませんでしたから。」

そう言うと、玄肖は思いきり沈楽清の頭頂部にげんこつを落とした。

「っ~~っ~~!!」

痛みで声が出ない沈楽清の殴った部分に手を置いた玄肖は自身の気を注ぐ。

頭の痛みが和らいだ沈楽清は涙目で「ごめんなさい」と玄肖に謝った。

「いいえ。不用意にあんたを置いていった私が悪いねん。ああ、そやけどちゃんと陸承は止めましたで。」

「本当?!」

本来の目的をすっかり忘れて帰ってきてしまった沈楽清は、明日からどうしようと思っていたので、玄肖の言葉にパッと顔を輝かせる。

「あの時、人間が数体の妖魔に襲われとったのを助けに行った先に彼がいまして・・・こんなところで何をしてんのか問うたら、大人しく、帰ってくれました。」

時々言葉につまりながら言葉をひどく選んで話す玄肖に、おそらく説明よりもはるかに過激なことをしたのだろうと思った沈楽清は玄肖の立場を危ぶむ。

「ねぇ、そんなことして玄肖は大丈夫なの?陸承は宗主代理なんでしょ?玄肖より上の立場なんじゃないの?」

沈楽清と違い、同門の彼らは一緒に玄冬宮に住んでいるというところも心配の種の一つだ。

「かまへんよ。私に夏宗主の後ろ盾があるのはみんな知っとりますし。」

これでも結構立場は上の方なんです、とお道化て話す玄肖に、『沈楽清』をここまでボコスカ殴れる時点でそりゃそうだろうよと沈楽清は思いながらも、それは声に出さずに「それは良かった」とニコニコ笑ってみせた。

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