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第11話

人間を襲っている仙人達に対して、蒼穹を打起し、引き分けた沈楽清だったが、急に迷いが出てしまい、矢を放つことが出来なくなってしまった。

放つばかりであった弓を下ろし、おろおろと考え込んでしまう。

(こんなの、一体、どこに打てばいいんだ?)

相手の数は10人以上いて、さらには全員武器を持っている。

弓をうまく1人に当てたとしても、こちらに気づいた全員に一斉に切りかかられたらひとたまりもない。

ここ一か月で上達したとはいえ、剣の腕がまだまだ玄肖一人にも及ばない沈楽清は、少なくとも全員を相手に出来る自信は無かった。

『いいですか。人界で術を使っていいのは妖や魔物達が相手の時だけです。人間には、あなたが仙人だと知られてはいけないですよ。』

いっそ風で全部を巻き上げてしまおうか、と右手を動かした所で、玄肖の言いつけを思い出した沈楽清はその手をぎゅっと握りしめる。

仙人である彼らが彼相手に術を使わないのも同じ理由なのだろう。

(結構縛りが多くてめんどくさいんだよね。許可なく人界に来てはいけない、とかさ。)

仙界はまるで会社組織のようになっていて、玄肖からそれを教えられたときは、原作者の従姉が何の目的でそんなルールを作ったのか沈楽清には全く理解できなかった。

従姉の書いたこの小説内では、三界のすみわけもかなりきっちりしている。

基本的にお互いに不干渉。

唯一の接点は、妖界の者が過度に人間を害し、その報告が入って討伐する場合のみ。

そのルールに従えば、今目の前で起こっている『仙人が人間を殺そうとする』ことはイレギュラー中のイレギュラーだ。

(もしも、こんなことが許されるとしたら、天帝が命じた時だけだけど、そんな命令が出てれば真っ先に玄肖がここに飛んで来そうなものだしなぁ・・・それにしても、玄肖はどうしたんだろう?)

判断に迷う沈楽清は、急に誰かを頼りたくなって今まで来た道を振り返るも、かの人の声や姿はおろか、その気配すら近くに感じない。

そもそも彼は誰と剣を交わしていたのだろうか?と沈楽清が疑問に思ったところで、「1人を殺すのに何をそんなにモタモタしている!全員でかかれ!」とリーダー格の男の怒声が響き、それまでその人間相手にやや腰が引けていた仙人達が一斉に彼に向かって剣を構える。

さすがにまずいと、沈楽清は慌てて弓を引き、彼らめがけて放った。

ドスッ

ギャアという悲鳴を聞いてしまった沈楽清は、思わず身体をすくめて目を瞑ってしまった。

自分の矢でその人がどうなったか、結果を見るのが恐ろしくて目を開けられない。

(ど、どうしよう・・・この世界って傷害罪とか殺人罪とかあるのかな?)

今まで再三にわたって殺し合いを見てきたはずの沈楽清だったが、いざ自分が人を害してしまったとなると、急にその思考が、まるで現実世界で自分が罪を犯してしまったかのように錯覚する。

「そこにいるのは誰だ?!」

リーダー格の仙人の声が響き、このままでは相手から攻撃を受ける!と焦った沈楽清は、もう後には引けないと覚悟を決めた。

(どうか、誰にも当たりませんように!)

そう願いながら、目を瞑ったまま次の矢をつがい、彼らのいる方へと放つ。

今度はトスっと木か地面か何かに刺さった軽い音がして、沈楽清は良かったと思いながら、おそるおそる目を開けた。

(時代劇の悪役は、たいがい第三者が来ると逃げてくれるんだけどなぁ)

出来れば退却してくれないか、と都合のいい展開を祈る沈楽清は、その視界が闇のように真っ黒な何かに覆われていることに初めて気がついた。

力強い二本の腕が自身の背中に回され、次の瞬間、身体がきしむほどに強く強く抱きしめられる。

頭の上から小さく「う・・・」という声が聞こえ、沈楽清は顔を上げた。

「え・・・?」

「っ・・・それを貸せ!!」

自分へ飛び掛かってきたのがあの人間だ、と沈楽清が気づく前に、ぽかんとしている彼から弓を取り上げた男は、次々と沈楽清の背に背負っていた矢を放ち、見事な腕前でこちらに近づいてきていた数人に的中させる。

「すごい・・・」

剣の腕前と言い、弓の腕前いい、もはや鬼神に近いこの男に、沈楽清はただひたすら感心してしまう。

「行くぞ!」

何が起こっているのか把握できずに呆けている沈楽清に対し、男はその手を取ると、月明かりすら届かない鬱蒼とした森の中へ向かって走り出した。

「あ、あの、どこへ行くんですか?!俺には連れが・・・」

「黙って走れ!死にたいのか?!」

このままでは玄肖と離れてしまうと、危惧した沈楽清は走るスピードを遅らせようとするが、男はそれを許さず、沈楽清を引きずるような勢いでその右手を強く引っ張りながら、猛スピードで縦横無尽に駆け抜けていく。

(どこまでこの人は夜目が利くんだ?俺は半分も見えないのに・・・)

ひたすら走り、村へと続く広い道へと出てきたところで、男は沈楽清の手を離すとその身体をどんっと押し出した。

ドサッとしりもちをついた沈楽清は、いたた・・とおしりをさする。

「ここまで来たらもういいな。さっさと帰れ。」

「は?」

「さっさと家へ帰れ。さすがにお前みたいなガキが巻き込まれて死ぬところは見たくない。」

そう言って背を向けた男に、困惑した沈楽清は、立ち上がると男を自分の方を向かせようとして、その右肩へ手をかけた。

「だめですよ!このまま一緒に逃げましょう!」

「っ!触るな!」

思いきり手を振り払われた沈楽清は、わずかな月明かりの下でようやく自分の右手の手のひらが真っ赤な血で染まっていることに気がついた。

ぬらりと光る血の生暖かい感触に、沈楽清は思わず小さく悲鳴を上げる。

「・・・怖いだろ。これに懲りたら、二度とこんな時間に出歩くな。」

血を見たことで顔が青ざめた沈楽清に、男ははぁっと大きくため息をついて警告し、沈楽清の弓を彼に向かって放り投げると再び森の中に入っていこうとする。

「だめです!!」

頭で考えるよりも先に身体が勝手に動いた沈楽清は、男の背中に飛びついた。

自分はどこも怪我などしていない。

(そういえば、俺を抱きしめた時、なんか様子が変だった?)

咄嗟とは言え、異常なまでに強く抱きしめられたことを思い出した沈楽清は、玄肖の言いつけも忘れて手に光を出現させると、自身が抱き着いているその背中を照らし出した。

沈楽清の手の光で、男が着ている簡素な服の背面が裂け、その下の右肩から左わき腹にかけて背中が一文字に大きく切られているのが煌々と照らし出される。

出血の量から見て、かなり深い傷だろう。

切られた背中から下は真っ赤に染まっており、さらに下へと伝った血液が、彼の動きに合わせて、その地面に点々と黒いシミを作っていた。

そのあまりの惨たらしさに、沈楽清は顔色を失う。

「バカか!それを早く消せ!!」

男は沈楽清の右手を捩じりあげようとするが、その手にはもうほとんど力が入っておらず、ただ彼の手首を軽く掴むにとどまる。

「ひどい・・ひどい怪我をしているじゃないですか!あの時、俺を・・・俺のせいで・・・?」

「・・・俺のことは気にするな。」

「でも!」

「聞こえないのか?お前は足手まといだと言ってるんだ!」

ガサガサッ

木々が分けられる音が近くに聞こえて焦った男は、ほとんど力を失っている身体で、再び沈楽清を自分から離そうともがいた。

どこまでも自分を助けようとしてくれる男を助けたい沈楽清は、スッと男から離れると術で風を巻き起こして、彼の身体を持ち上げる。

「おい?!」

「説明は後で!行きましょう!」

沈楽清は、自身は剣を引き抜くとその上に乗り、自分の屋敷に向かって一気に仙界まで駆け上がった。

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