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第10話

玄肖に今日が清明節と教えられ、強いショックを受けた沈楽清は自室へふらふらと戻ってくると寝台に倒れこんだ。

(なんだ、それ・・・じゃあ明日以降、毎日怯えて生きていかなきゃいけないのか?)

清明節以降の時間軸は詳しく書かれていなかった。

ただ、原作の感覚的にそう遠くはない気がする。

少なくとも一か月もあるとは思えない。

この短い間に、どんな修行を積んだとしても彼ら以上に強くなることは絶望的だ。

今、玄肖が夏炎輝のところへ行ってくれたが、そもそもこんな話を夏炎輝が信じてくれるかも分からない。

沈楽清は、すだれがかかっている窓を開け、その空が赤く染まっているのをぼんやりと眺めた。

この数時間後には彼らは出会う。

それを止める方法は・・・?

「宗主!」

廊下を走る音がして、玄肖が勢いよく飛び込んでくる。

「玄肖!炎輝兄様は?」

「・・・申し訳ありません。既に発たれた後でお会いすることは出来ませんでした。」

目を伏せ俯いて唇を引き結んだ玄肖に、沈楽清は身体から力が抜けるのを感じながらも「ありがとう」とお礼を言う。

「ありがとう、玄肖。ごめんね、走らせてしまって。今日はもう休んで。」

弱弱しく微笑む沈楽清にぐっと唇を噛んだ玄肖は、普段おろしている自身の長い亜麻色の髪を高い位置で一つに結わえ、剣を両手で持つと、その場に跪いて沈楽清へ一礼する。

「いいえ。もう一つ方法があるわ。私が今日彼らの邪魔をしたらええ。陸承が何処へ行ったかは分かりました。私に行けと命じてや、宗主。たとえ私が死んでも、陸承さえ仕留めたらその後の運命は変わるはず。あんたは死なんと済みます。」

「バカを言うなよ!?代わりに死ぬなんて、そんなのは許さない!それにお前が俺の代わりにあんなっ・・・」

「・・・少なくとも、洛寒軒はあんたが話したような行為を私には絶対にしません。あいつは邪魔なものはすぐにその場で殺す。それに、万一があれば自刃します。だから殺すか殺されるか、ただそれだけやで。私は貴方の側仕えや。あんたの命がなくては側を離れられへん。さぁ、命じてや。宗主のために命をかけるのは門弟にとって名誉なことやで。貴方は何も気にしなくてええ。」

どこか熱に浮かされたような玄肖の言葉に、プツンと沈楽清の中で何かが音を立ててキレた。

その場に跪いて命を待つ玄肖に沈楽清は近づくと、その身体を強く抱きしめる。

「ありがとう、玄肖。・・・でも駄目だ。一人では行かせない。」

「宗主!ですが!!」

「だから、俺も行く。」

沈楽清は抱きしめていた手を離して立ち上がると、衣裳部屋に行き、扉をバンっと乱暴に開け放った。

慣れた手つきで白い上衣とブーツを脱ぎ、以前玄肖が渡してくれた黒い上衣とブーツに履き替える。

そして結いあげた髪に挿してあった飾りを乱暴に取ると、手近にあった桜色の紐で適当に一つに縛り、自身の弓・蒼穹をその背に背負った。

慌てて着いてきた玄肖はそんな沈楽清を止めようと、その身体で衣裳部屋の扉の前に立ちふさがる。

「白い衣装が天清神仙の証であるなら、この格好の俺を誰もそうとは思わない。そうだろう?」

「あかんで!あんたが外に出るのは許されへん。私一人で行きます!」

「意見なんて聞いてないよ、玄肖。」

つかつかと玄肖に近づいた沈楽清は、玄肖の襟元を両手でつかみ、ぐいっと自分に近づけさせてお互いの顔を近づけさせるとニヤリと不敵に微笑んだ。

「宗主として命ずる。俺について来て俺を守れ、玄肖。」


玄肖の案内で八寒村に到着した沈楽清と玄肖は、すっかり暗くなって外に出ている人が一人もいなくなった村の中を一緒に歩く。

「ええか?気分が悪くなったらすぐに言うたってや。ほんで、1時間以上経ったらこれを。2時間以上経ったら何がどうなっていようと貴方を連れて帰ります。ええね。」

そう言って玄肖に薬を渡された沈楽清はこくりと大きく一つ頷いた。

先ほど担架をきったまでは良かったが、この道中ずっと怒られ続けた沈楽清は、これ以上玄肖を怒らせないようにと細心の注意を払う。

ギャアアァアァ

その時、近くの森の中で誰かの悲鳴が聞こえ、剣を抜いた玄肖は森の手前まで沈楽清を連れてくるとここに隠れているように命令し、そのまま悲鳴がした方へ駆け出した。

自分も一緒に行きたかったが、「邪魔です」と一刀両断されてしまったため、今回は大人しく待っていることにして気配を殺す。

数分後、森の中から剣が数回交わる音が聞こえてきて、玄肖が何かと戦っているのだと分かった沈楽清は、自分も剣の柄にそっと手をかけ備えた。

その音を聞いているうちに、沈楽清はさらに森の反対方向からもう一つ別の剣戟が聞こえた気がして、剣から手を離すとそちらへ向かって走り出した。

走っていくにつれ、やはり剣戟が聞こえるが、どうにも様子がおかしい。

一対一というよりも、これは・・・?

森の中央の少し開けたところに人がいるのが見えた沈楽清は、大きな木の陰にその身を潜めた。

正面に顔を向けるとむわっとむせかえるような血の匂いがし、思わず服で鼻を覆う。

その場を確認しようと顔を覗かせた沈楽清は、その光景に思わず目を疑った。

黒い忍者のような服を着ているが、明らかに仙人が持つ剣を手にした仙人達が10人以上で一人の人間を襲っている。

そんな不利な状況にも関わらず、彼が一人で倒したのだろうか。

足元には既に仙人が数人その場に転がっているが、その人間もまたあちこち怪我を負い、肩膝をついて地面に刺した剣に身体を預け、大きく肩で息をしていた。

(どうして仙人が人間をよってたかって襲ってるんだ?一体どこの家の者だ?!こんなの絶対に許されないぞ!)

『仙人は人間を護るもの』

そう玄肖から教えられた沈楽清は、背中の弓を手に取ると、矢をつがえ、彼らに向かって大きくその弓を引いた。

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