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第6話

「さぁ、少し休憩しましょう。これ以上打撲されて動けなくなられては困るわ。」

前回と同じように剣を飛ばされて身体を思い切り蹴飛ばされた沈楽清は、床につっぷしたまま「はい」とくぐもった声で返事をした。

その弱弱しい声に、もしかして怪我でもしたのかと慌てて駆け寄った玄肖の手を、沈楽清はぐいっと引っ張ると自分の上に彼を乗せて抱きしめ、そのまま上下を逆転させて軽く寝技をかける。

「まだ動けるよ!」

「こらっ、ほんまにもう!いたずらしてんと離しぃ。」

「やだよ。離したらお茶の準備に行っちゃうじゃん。もうひと勝負しよう!今度はいい作戦が思いついたんだ!絶対勝つからさ。」

「分かったから、まずは離して!」

「昨日俺に散々寝技をかけて、最後は絞め落としたのに、俺がやっちゃいけないなんておかしいだろ。ん?玄肖、首に何をかけてるの?なんか硬いものが・・・」

自分の腕の中でもがく玄肖とこの状況を楽しむ沈楽清の耳の近くで、誰かの笑い声とパキッと小枝を踏む足音が聞こえた。

「驚いた、阿清。お前がそんな顔で笑うなんて。」

自分や玄肖よりはるかに低めの落ち着いた大人の声が頭の上からして、沈楽清は視線だけそちらに向けた。

いつの間にか、青々とした木々が急に紅葉したと勘違いするほど楓のような赤い髪の大男が腕を組み、木にもたれて立っている。

男に意識が行ったことで手の力が抜けた沈楽清から逃れた玄肖は、急いで起き上がると居住まいを正し、彼に深々と一礼する。

「これは夏宗主。お出迎えもせずに、大変失礼いたしました。」

「いやいや連絡もせずに急に来た私が悪い。それにしても珍しいな、玄肖。お前のそのような有様は初めて見た。」

「・・・見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません。」

もう一礼した玄肖は、沈楽清の手をグイっと引っ張って立たせると、その服についた汚れをぱぱっと払いながら、その耳元で囁いた。

「華南夏派の宗主・夏炎輝様や。久々に尋ねてきてくださったのでご挨拶を。」

ご挨拶と言われて背筋を伸ばした沈楽清は、手を伸ばして前で組むと美しい礼をとる。

礼儀作法は、沈楽清が二度と受けたくないと思えるぐらい徹底的に玄肖に叩き込まれたものの一つで、失敗したときは情け容赦ない鉄拳制裁をくらいながら、なんとか2日ほどで形にできたものだった。

「お久しぶりです。」

「久しぶりだ、阿清。身体は良くなったのか?栄仁が死んでから、お前も籠ってしまったから心配していたんだが、元気な姿が見られて良かった。安心したよ。」

「おかげさまで・・・」

爽やかな笑顔を見せる美男子からわずかに視線をそらしつつ、沈楽清は隣にいる玄肖にSOSを発する。

(これ以上会話したらぼろが出る・・・)

そんな沈楽清の想いが通じたのか、玄肖は早々に夏炎輝を屋敷の方へ誘った。


「お茶の用意をしてきます。」

パタパタと去る玄肖を横目に、応接室に通された夏炎輝と急に二人きりにされた沈楽清は、どうしていいか分からず、自分の向かいに座る夏炎輝にちらちらとその視線を向けた。

おそらく本来の自分と同じかそれ以上に背が高く、体つきもがっちりした夏炎輝に、身体をそこまで鍛えるのは本当に大変だよなぁと妙に親近感を覚えながらも、宗主としてふるまうよう言われている沈楽清は、大人しくちょこんと椅子に座り、できるだけ存在感を消すよう小さく縮こまる。

応接室をどこか懐かし気に見ていた夏炎輝は、普通にしているとややきつく見える琥珀色の瞳の目じりを下げ、もじもじしている沈楽清に向かって明るく朗らかに笑いかけた。

「どうした?さっきと違ってずいぶん大人しいな。お前が人に技をかけるところなんて初めて見たから驚いたぞ。どうだ、私とも勝負してみるか?」

「あ、はい。ぜひ・・・」

「こらこら、冗談だ。私と勝負をしてお前に大ケガさせたら、天清沈派の屋敷に二度と来られなくなってしまうだろ。」

「ハハッ、そうですよね・・・」

「今日はずいぶんと表情が硬いな、阿清。どうしたんだ?そんな借りてきた猫みたいになって。いつもはもっとニコニコしていてくれるじゃないか。」

「い、いえ、なんだか緊張してしまって・・・」

「緊張?昔から一緒に遊んでいたじゃないか。それとも、たった半年で義兄の顔を忘れてしまったのか?」

(そうなの?!俺の死んだ兄貴の恋人ってだけじゃなく、幼馴染で『義兄』!?)

この一か月の間に玄肖から各家のことた各家と天清沈派の関係は色々と仔細に聞いていた沈楽清だったが、彼と自分が幼馴染とは聞いていない。

ましてや、義兄とは何なのか?

(この世界は男同士も普通に結婚できるのか・・・?)

頭では色々なことを考えて、都度声に出して聞いてみたい衝動に駆られながらも、玄肖から『沈楽清』ではないことを誰にも気取らせてはいけないと厳命されている沈楽清は、冷や汗をだらだら流しながら、まさか~あはははは~と愛想笑いをした。

「普段、私以外の人に会わんので、すっかり人見知り状態なんやで。なぁ、宗主。」

白茶と水菓子を持ってきた玄肖が取りなしてくれて、沈楽清はホッと一息つく。

夏宗主の前にお茶と水菓子、次いでコトリと軽い音を立ててお茶が沈楽清の前に置かれ、沈楽清はそのハーブや花のような軽やかな不思議な香りに「何これ?」と興味津々で覗き込んだ。

「・・・白茶か。」

「あれ?確かお好きだと・・・すみません。他のものと変えてきます。」

「いや、大好きだ。ありがとう。」

夏宗主と玄肖のやり取りを聞きながら、沈楽清は湯呑を手に取るとグイっと喉に流し込んだ。

(甘い味・・・不思議なお茶だなぁ)

緑茶のような仕組みや烏龍茶のような深みがない代わりに甘く透明感のある白茶を、初めて飲んだ沈楽清は、面白いお茶もあるもんだなとチビチビと飲んでいく。

「宗主。そんなにチビチビと飲まんでも・・・口に合いませんでしたか?」

「え、ああ、違うよ。昔から癖で。」

サッカー選手時代の・・・と言いかけた沈楽清は、パッと口を押えるとエヘヘと困ったように笑う。

その様子を見て、玄肖も沈楽清に対して優しく微笑んだ。

2人の親密なやりとりを見ていた夏炎輝はぷっと吹き出す。

「アハハ、これは驚いた!栄仁や私以外にお前が懐くなんて。ましてやそれが陸承ではなく玄肖だとは!洛寒軒に殺された栄仁も少し安心しただろうな。栄仁を失った後、死んだようになっていたお前に笑顔が戻って本当によかった。それで、阿清。今後の事だが・・・」

「陸承・・・と、洛、寒軒・・・?」

カシャン

からかうような夏炎輝の言葉を聞いた沈楽清は、飲み終えて手に持っていた青磁の湯呑をその場に落とした。

腰ひもの飾りにぶつかり、軽い音を立てて転がった空の湯呑が、それ以上落ちて行かないようにさっと拾った玄肖は、隣に座る沈楽清の顔を覗き込む。

「宗主?どうし・・・宗主?!」

「おい、阿清!どうした?顔が真っ青だぞ!?」

2人の声を遠くの方で聞きながら、沈楽清はその血がどんどん冷えていくのを感じていた。

身体から冷や汗が止まらなくなり、目の前が砂嵐を見ているかのように揺れ始める。

心臓がドクンドクンと大きくなり響き、呼吸がにわかに浅くなった。

どうして今日まで一度も気が付かなったのか。

今はもう、ずいぶん前に聞いた従姉の声が頭の中に響く。

『新作は仙境物の重めのラブロマンスなの。幼馴染の2人が主人公で、2人とも宗主。途中で片方がいなくなるのよ』

それはまさに、今目の前にいる夏炎輝と自分の死んだ兄・沈栄仁のことではないか。

そして、そうなら自分は・・・

あまりに衝撃的で忌々しい内容だったため自己防衛本能が蓋をしていた記憶が一気によみがえり、沈楽清はその負荷に耐え切れず、その場に卒倒した。

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