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第15話

「宗主、とりあえず服は・・・」

しばらくして部屋に顔を出した玄肖は、長椅子にいる2人に目を止めると、大きくその目を見開いた。

その手に持っていた服がばさりと音を立てて床に落ちる。

剣の柄に手をかけた玄肖に、それまで沈楽清の頭に優しく置いていた手を、桜雲は沈楽清の首を絞めるような形でその細い首に当て、「動くな」と低い声で彼を牽制した。

(大丈夫だよ!怖くないから!!)

桜雲の腕の中で何とか玄肖にアイコンタクトを送りたい沈楽清は、ちらちらと彼に視線を送るも、玄肖はこちらを一顧だにせず、ひたすら桜雲を睨みつけている。

「こいつを一人にして、ずいぶんと呑気なものだな。」

「・・・宗主を離せ。」

挨拶をするように軽い口調で話す桜雲に対して、怒りを抑えた地を這うような低い声を出した玄肖の様子に、沈楽清の方が恐ろしくなってしまってその身体を震わせた。

(玄肖!この人、人間だって!!怖くないってば!)

問答無用で攻撃をしそうな玄肖を止めようと、桜雲の腕の中から声を発しようとした沈楽清は、その口から何故か声が出ていないことに気がついた。

自分の喉に手を当て、口を何度もパクパクさせるが、音が一向に発せられないことで、ようやく沈楽清は、これが自分が思っているほど単純な事態ではないのだと悟り、その顔からみるみる血の気が引いていく。

(これ、何かの術?)

今この場所で、沈楽清を相手にこんなことをする人物は一人しかいない。

その事実に、それまで彼を単なる人間だと信じていた沈楽清は、戸惑いを隠せずに桜雲を見つめた。

腕の中の沈楽清の表情の変化に気が付いた桜雲は、そんな沈楽清をせせら笑うような笑みを浮かべる。

「お前に色々聞きたいことがある。正直に答えたら、こいつは返してやろう。」

腕の中の沈楽清の方を見ながら、冷淡な声音で告げる桜雲に対し、玄肖は剣を引き抜く。

「お前が、その約束を守る保証は?!」

「・・・どうしてくれてもいいが、それ以上近づくなら、こいつを殺すだけだ。」

ギュッと手に力を込めた桜雲の腕の中で、喉が絞まった沈楽清の口からカハッっと苦しむような音が漏れる。

「どうする?」

先ほどまで、ずっと自分に対して優しかったその腕が、自分の首を絞めてくることが信じられず、沈楽清は相手の手を自分の喉から離させようと力の限り引っ張るが、沈楽清の力ではその手はビクとも動かない。

「・・・大人しくしていろ。」

「その子に近づくな!!」

沈楽清の耳元に口を近づけ、あやすように囁いた桜雲に、怒鳴った玄肖は、その手にしていた剣をその場に置いて両手を上に上げた。

降伏した玄肖に対し、桜雲はこの屋敷へ誰も入ってこられないよう結界を張るよう命じる。

「・・・そらお勧めしないです。ここは宗主の館。私が結界を張ったら、周囲が警戒するだけですよ?」

「こいつに張らせろと?」

玄肖が頷いたのを見た桜雲は、腕の中の沈楽清に結界を張るよう優しく命じる。

「宗主。そいつの言う事を聞いて。」

頷いた沈楽清は結界を張ると、これでいいのか?と桜雲の方を見上げた。

「いい子だ。」

再び頭を撫でられた沈楽清は、もはやこの男は優しいのか怖いのか分からなくなり、とにかくその腕の中でじっと身を固くした。

「さっき、お前はこれが気になっていたんだったな。」

腕の中の沈楽清に赤い耳飾りを指で示して微笑んだ桜雲が、その耳飾りの一方を軽く触ると、両耳の飾りがパキンっと音を立てて砕け散る。

紅い粉が彼の肩に触れるかどうかの所で、一気にブワッと、何か大きな力が一気に結界の中に広がり、息苦しくなった沈楽清はそれから逃れようと桜雲の身体に思わずしがみついた。

蝋燭の火が消え、真っ暗で何も見えなくなった空間で、沈楽清はその手に何かさらりとした絹糸のようなものが触れたのを感じる。

(さらさらした・・・糸・・・?)

薄く目を開けた沈楽清の目の前に、桜雲の白い首筋と顔の下半分の輪郭が現れる。

しかし、沈楽清はそのどうしようもない違和感に、桜雲の腕から逃れようともがき始めた。

(違う!この人は、桜雲じゃない!!)

「んーーー!!」

急に暴れ出した沈楽清に、フフっと面白そうに笑った桜雲は、「勘は鋭いのに、ずいぶん間抜けだな、お前は。」とからかうように声をかける。

その声は桜雲のものなのに、どうしてもそうは思えない沈楽清は、術を使ってその手に火を起こそうとするが、桜雲にそっと腕を掴まれ阻まれる。

「お前が大人しくしていれば今日は何もしない。お前が暴れるなら、まずはあちらで倒れている男を始末するが?」

(玄肖!)

そういえば玄肖の気配を感じないことに気が付いた沈楽清は、ピタリと暴れるのを辞めると潤んだ瞳でキッと桜雲を睨みつけた。

沈楽清の小さな抵抗に、「ずいぶんと可愛いらしいことだな」と低く笑った桜雲は、玄肖へ向かって手を一振りする。

何かから解放されたように、ゴホッゴホッと玄肖が大きくむせこむ声が聞こえ、心配になった沈楽清はそちらに向かって手を伸ばした。

(俺のせいで、こんなことに・・・玄肖だけは、俺が助けなくちゃ!)

沈楽清の想いにこたえるように、その手からまぶしい光が湧き出ると、四方に弾け飛び、それまで真っ暗闇だった空間が、一瞬でまるで昼間のように明るくなる。

「玄肖!大丈夫?!」

声が出るようになった沈楽清は、自身の視線の先で倒れている玄肖に向かってその名を叫んだ。

「へぇ・・・やるじゃないか。ただのおとりかと思っていたが、まさか本当に天清神仙なのか?」

「・・・そうだよ。桜雲。ねぇ、俺に出来ることなら俺がする。だから玄肖に何もしないで。」

「お前が?できること?」

懇願する沈楽清に、とても愉快と言わんばかりの桜雲の笑い声が響き、カチンと来た沈楽清は、今まで何がいるのか分からないので怖くて見ないようにしていた彼の方へと振りむいた。

彼を睨みつけるつもりだった沈楽清は、視界に入った桜雲の姿に、一瞬全てを忘れて見惚れてしまって小さく息をのむ。

現実の自分とよく似ていると思った平凡な顔をした男は、もうそこにはいなかった。

「だ、れ・・・?」

沈楽清の目に、桜色の涼し気なアーモンドアイと濡れ羽色の長い黒髪を持った、沈楽清が今までの人生で出会った人たちの中で誰よりも美しい顔立ちの青年が、嫣然と微笑んでいる姿が映る。

「桜雲。」

まるで幻でも見ているような感覚に陥り、口をぽかんと開けて自分を見つめる沈楽清に、ああでも、と桜雲は目を細めて小さく笑う。

「・・・お前たちからは、洛寒軒と呼ばれているかな?天清神仙。」

その形の良い唇から聞こえた『洛寒軒』の一言に、沈楽清の顔は恐怖で大きく引きつった。

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