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第14話

匿った相手が生身の人間だと沈楽清から聞き、玄冬宮に簡単な食事と服を取りに行ってくれた玄肖を待つ間、桜雲の所に戻った沈楽清は、身体を拭き終えたのか長椅子で横になっている桜雲にそっと近づく。

術で煌々と灯していた室内を、寝にくいだろうからせめて玄肖が来るまでの間は、と術を解除した沈楽清は、代わりに机の上にある蠟燭を灯した。

薄暗い室内で、自分と桜雲の近くだけ、ぼんやりと赤く照らされる。

やはり服は着られなかったのか、沈楽清の寝間着を布団代わりにその身体にかけており、服がかかっていない部分からはその白い肌が垣間見える。

それまで桜雲が着ていた服と血で汚れた手拭いなどがまとめて置いてあるのを見た沈楽清は、それらを洗うため抱え上げると、もう一度桜雲の顔を上から覗き込んだ。

(・・・やっぱり人間だよね)

霊力を感じない以上、これはやっぱり人間だと思った沈楽清は、ふと彼の両耳にある血のように赤い耳飾りが気になった。

両耳につけたピアスのようなそれは、暗い室内でも禍々しいほど赤く鈍い光を放っている。

それに得体の知れない何かを感じた沈楽清は、もしかしてこれをつけているせいで彼が襲われているのではないかと疑い、手にしていた荷物を床に置くと、その耳飾りを術で少し浄化をしてみようかと桜雲の耳へと手を伸ばす。

(これが呪いのアイテムだとすると、ますますRPGの世界だよな。でもそんなアイテムの記載は第4章に無かったし・・・なんかもう、一体何がどうなってるんだ?そもそも『桜雲』って誰なんだよ・・・)

従姉の書いた小説の第4章のはずが、今晩だけでも原作に無い展開が起こりすぎていて、もはや自分の知っていることなど何の役にも立たないと思った沈楽清はため息をつく。

とりあえず玄肖のおかげで陸承と洛寒軒の出会いを阻止できたようだが、余計にここからの展開は未知数だ。

自分は、目の前のことに一つ一つ対処していくしかない。

(今、俺にできるのは、これの浄化と洗濯かな)

「・・・何をしている?」

桜雲の耳飾りに触れる直前、いつの間にか起きていた桜雲から静かだが迫力のある低い声をかけられた沈楽清は、白くて細い指をピタリと止めて桜雲を見た。

「ごめんなさい、桜雲。起こしてしまって・・・でも、これは、一体何なの?あなたからは何の力も感じないのに、ここからものすごく禍々しいものを感じます。あなたが仙人達から狙われたのは、これのせいでは?」

先ほど勝手に二の腕を触ってしまったことを思い出した沈楽清は、自分が意味もなく桜雲に触れようとしたわけではないと否定するために自分の推理を矢継ぎ早に彼に話す。

一瞬耳を疑うような顔をした桜雲は、自分を心配する沈楽清に耐え切れないとばかりにクスクスと笑い始めた。

「・・・お前は、本当に何も知らず、俺を連れてきたんだな。」

「桜雲?」

急に笑い始めた桜雲の、その不穏な笑い方に嫌な予感がした沈楽清は、彼から離れようとするが、彼の耳に向かって伸ばしていた右手を桜雲に強く掴まれ、それ以上身動きが取れなくなる。

沈楽清の手首を掴んだまま、ゆっくりと身体を起こした桜雲は、長椅子に座ると沈楽清に自分の膝の上に座るように促した。

「いい子にしていれば傷つけない。俺のいう事を聞けるな?」

耳元で凄むその冷淡な声にコクリと小さく頷いた沈楽清は、大人しく相手の言うとおりに彼の膝の上に座る。

「いい子だ。」

沈楽清の身体を腕の中に閉じ込めた桜雲に囁かれ、沈楽清はその身体をびくりと強張らせた。

(服が小さくて仕方がないとはいえ、上半身裸の男の膝に抱きかかえられるなんて、一体何の冗談なんだ?!)

まさかこういうのが従姉の言っていた『BL的展開』なのだろうかと思った沈楽清は、こんな肌の触れ合いは男の自分としては全く嬉しくないけど?これがときめくの?と頭を抱えたくなる。

実の所、相手が人間である以上、未熟な沈楽清と言えども彼が怖いわけでも何でもない。

(多分、驚かせちゃったんだろうなぁ・・・きっと、俺だって元の世界で急に仙人に連れていかれたら何されるか分からないから暴れるもんなぁ・・・)

もうすぐ玄肖が来るだろうから、それまで相手をあまり刺激しないようにしようと、その腕の中で大人しくしていることを選択したに過ぎない沈楽清は、どうすれば相手を傷一つつけず穏便に済ませられるかを思案する。

抱きすくめられた身体に、桜雲の体温や鼓動、息づかいを感じ、やっぱり人間だと確信した沈楽清は、特に慌てるでもなく、彼に言われた通り、その場にちょこんと大人しく座っていた。

(・・・別に怖くないし、こうして身体を観察するのも悪くはないか・・・)

筋肉フェチの沈楽清は、背面からでも十分良さが伝わった桜雲の逞しい胸筋や割れた腹筋をちらりと見る。

(本当に綺麗な体してるよなぁ。この身体の傷が惜しいけど・・・)

背中にあった無数の傷は、暗い室内で見ていても、やはり前面にもしっかりあるのが見て取れる。

それどころか前の方がもっとひどい傷痕が多いと沈楽清は感じた。

仙人達との戦いを見ている限り、玄肖以上に強いだろうこの桜雲を、ここまで傷つけることが出来たのは一体誰なのだろうか?

沈楽清がそんなことを呑気に考えているとは思わない桜雲は、腕の中で小さくなっている彼がひどく怯えていると思ったのだろうか。

沈楽清の肩においていた右手をずらし、ポンポンと沈楽清の頭を軽く優しく寝かしつけるように叩く。

そのしぐさに、沈楽清は3歳くらいの時に、母に同じようにしてもらったことを思い出して、あちらの世界が懐かしくなった。

(母さん、元気かな。俺がいなくなって大丈夫かな?そういう意味では、あの人がいてくれて良かった・・・)

桜雲の、まるで母親が子供をあやすような行為に、沈楽清はクスリと笑うと、その腕の中で少しだけ緊張を解いた。

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