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第12話

自分の部屋に男を連れてきた沈楽清は、術で部屋を明るく灯すと、急に連れてこられて唖然としている男を長椅子にそっと座らせた。

男は訳が分からないといった風情で、室内をキョロキョロと観察している。

「すみません、勝手に連れてきてしまって。俺は天清沈派の沈楽清。ええっと、仙人と言った方が人間さんには分かりやすいのかな?貴方は?」

「・・・桜雲・・・」

「桜雲さんですね。治療してもいいですか?」

「・・・ああ。」

人界で自分に怒鳴っていた男と同一人物とは思えないほど大人しくなった桜雲を見て、もう身体が限界なのかもしれないと思った沈楽清は、慌てて薬箱を持ってくる。

「すみません。そこに横になってもらえますか?」

男を長椅子に寝かせ、その大きく裂けた背や手や足にある傷口へ、沈楽清は薬をかけていく。

「それは?」

「傷をあっという間に治してくれる薬です。俺もしょっちゅう怪我するので、よく使ってますけど、深い傷でもすぐに治してくれるので。あ、でも・・・」

「・・・でも?」

「傷は治してくれますけど、体力とか血が戻るわけではないので安静が必要です。少なくとも今日はもう動けないと思います。」

この世界に来たばかりの頃、沈楽清が剣を扱えないことを知らなかった玄肖は、その運動神経の良さから勝手に剣が扱えるだろうと思いこみ、最初から真剣で修行させようとした。

その結果、剣など持ったこともなかった沈楽清は誤って自身の剣で自分の足を深く切ってしまったことがある。

その時に玄肖が使ったのがこの薬で、10分もしないうちに傷口がふさがったことでもう治ったと思った沈楽清は、玄肖が止める間もなく調子よく立ち上がり、貧血を起こしてそのままぶっ倒れた。

「色々な確認も説明もしなかった私がもちろん悪いですけど、普通に考えてあんなに出血して一瞬でそこまで治るわけないでしょう?今日は一日大人しく寝ててくださいね。」

頭痛がすると言わんばかりにこめかみを押さえた玄肖にそう言われたのを思い出した沈楽清は、念のためにと桜雲に注意をする。

「分かった。」

傷口がふさがっていき、痛みが和らいできたのか、それまでほぼ無言で歯を食いしばっていた桜雲の表情が少しだけ和らいでいく。

森の中で見た時は暗くて顔がよく見えず、ここに連れて来てからも、今までずっと険しい表情だったので沈楽清は彼の顔立ちをなんとも思っていなかったが、穏やかになってみると、その特徴のない顔立ちが現実の自分と少し似ている気がして、沈楽清は彼に親近感を覚えた。

(玄肖とか夏炎輝とか長髪美形ばっかり見てたから、この世界にはそういう美形しかいないのかと思ってたけど普通の顔もいるんだな。俺みたいに髪も短いし。)

未だに今の姿を自分だとなかなか認められない沈楽清は、彼らに負けず劣らずの美形の自分はそのカウントには入れていない。

傷口がふさがったことで、次に桜雲のあちこち固まった血がついている肌や服が気になった沈楽清は、ちょっと待っててくださいねとその場を離れると、湯を沸かしに行き、その足で衣裳部屋に向かった。

桜雲の血で染まった上衣を脱ぎ、いつもの白い服へ着替えると彼が着られそうな服を探す。

(・・・どれなら着れるかな?どう考えても元の俺くらい背がありそうだったんだけど。でもまぁ、体型は今の俺くらい細かったし、寝間着であれば着られるかな?)

見上げた感じが夏炎輝くらいあったな、と桜雲の身長を思い返した沈楽清は、あれこれ迷いながらも、自身の寝間着を手に取り、沸いたお湯を桶に注ぐと、何枚かの手拭いと一緒に抱えて部屋へ戻った。

「傷口も塞がったし、背中拭きますね。」

「いい!自分でやる。」

「今、ほとんど動けないでしょ?遠慮しないで。」

自分でやると言いながら、身体を軽く起こすのが精いっぱいな桜雲に対し、沈楽清は安心させるように微笑む。

身体の無理のきかなさに自分でやるのを諦めたのか、桜雲は再び長椅子に横になると「頼む」とボソッと呟いた。

「すみません。服を脱ぐのだけ手伝ってもらえますか?」

「分かった。」

少しだけ身体を起こした桜雲は、すでにほとんど服の意味を成していなかった上の服を脱ぐと、再び長椅子へ横になった。

服装からして彼を農民か何かだと思っていた沈楽清は、粗末な服の下の抜けるような白い肌や広い背中、筋肉のしっかりついた二の腕、横からちらりと見えた腹筋に目をぱちくりさせる。

(うわ、すごい綺麗な身体・・・)

桜雲が自分と同じくらい細いと勝手に思っていた沈楽清は、男の鍛え上げられた肉体に思わず目を見張り、じっと見入ってしまう。

「・・・離せ。」

桜雲の低い声にハッとした沈楽清は、思わず自分がその二の腕に触っていたことにようやく気が付き、その手をはじかれたようにひっこめた。

(俺は何をやってるんだ?!これじゃ変態じゃないか!)

「か、身体拭きますね!」

雑念を振り払うように桜雲の身体を一心に拭き始めた沈楽清だったが、その肌が清められ白くなっていくごとに彼の顔はどんどん曇っていく。

(何、これ・・・どうして、こんな・・・?)

腕や背中にある無数の古い傷。

傷の種類は様々で、当たり前だが到底自分でつけた傷ではないだろう。

(いやいや!人間いろいろあるんだから聞くのは失礼だろ!親しい友達でもあるまいし・・・)

さきほど、つい身体を触ってしまった手前もあり、相手に尋ねることをしり込みした沈楽清は、何も考えないようにしてその身体を拭いていく。

背面を拭き終わり、自身の寝間着を着せようとして、やはり自分の身幅の服では到底足りないことが分かった沈楽清は、どうしようかと頭を悩ませた。

「どうした?」

「すみません。俺の服では、小さすぎて・・・」

「構わない。どうせ今日は寝てないといけないんだろう?このまま寝る。」

沈楽清の寝間着を背中に羽織った桜雲は、その身体の向きを変えようとして、自分をじっと見つめる沈楽清の視線に込められた、自身の傷への疑念に気が付いたのか、腕にある傷を見ると少しうつむいた。

「助かったが、あとは自分でやる。少し向こうを向いててくれないか?これ以上は、あまり見られたくないんだ。」

「あ、ごめんなさい。」

桜雲の言葉の意味を察した沈楽清は、「俺、合う服を探してきます」と桜雲の返事を待たずに部屋を後にした。

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