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第104話 我儘だから


「やっぱ、コソコソしてんの嫌か?」


 ようやく口を開いた煉。静かだが、ほんの少しだけ怒気を含んでいるような雰囲気に、湊の唇が強ばる。


「それは別に嫌じゃないけど、でも、できたら堂々と付き合いたい。今のままじゃ『僕の煉なんだ』って言えないでしょ」


 湊は言葉を間違えないよう、慎重に話していく。


「それにね、僕は煉のモノだって言いたいんだ。だって、そうでしょ?」

「あぁ。けど····」


 会わないようにする。それは、実質的に別れる事だと解釈する煉。湊の言いたい事も、ぼんやりしていて理解しきれないでいた。


「それって自然消滅目指してんの?」

「へ!? 何それ、そんなの目指してないよ!」

「だったら別に会わなくする必要なくね?」

「それは····けじめって言うか、早く会いたいって気持ちを糧にお仕事頑張る為って言うか····」


 煉の予想外な反応に戸惑う湊。てっきり、別れなければ問題ないと思っていた湊は、煉へどう説明すべきか迷っていた。


「真面目っつぅか不器用っつぅか、お前めんどくせぇな」

「なっ····! そんなの自分でもわかってるよ! でも、だって、今のままじゃどんどん自分のコト嫌いになっていくんだもん!」


 突然声を荒げた湊に驚く煉。圧倒されて言葉が出ない。湊は煉の手をそっと離し、力なく膝の上に下ろす。


「ヤキモチ妬いてる時の汚い感情とか、自分には何も言う事すらできない弱っちさとか、そういうのに押し潰されそうなんだよ。でも、煉と別れるなんて嫌だから、絶対に嫌だから····たったら強くなるしかないじゃない····」


 ぼろぼろと零れ落ちる涙を拭いもせず、湊は昂る感情を押し殺すかのように、拳をぎゅっと強く握り締めて言った。

 煉は、衝動に駆られるまま湊を力一杯抱き締める。浮かれっぱなしだった自分への苛立ち、大口も叩けない不甲斐なさが込み上げてくる。けれど、どんな感情よりも、湊と会えなくなる恐怖心が勝っていた。

 自分の所為で日に日に色気を増していく湊が、誰に狙われないとも限らないのだから心配で仕方がない煉。

 既に敵は多い。それなのに、傍を離れるなどという選択肢は、煉の中では有り得ないのだった。


「俺も、お前と別れんのは絶対にやだ。だから、実力も実績も、お前を腕ン中に留めたまんま手に入れる」

「そんなの、傲慢すぎるよ」

「俺らしいだろ? バレんのが先か、俺らが上に立つんが先かって事じゃん」


 煉の軽さに呆れる湊。そして、煉はさらに呆れさせる発言をする。


「ぶっちゃけ、俺はいつバレても別にいいんだよ。俺はお前以外に何も要らねぇから」

「そんなの──」

「分かってるっつの。そういう問題じゃねぇ事も、それじゃダメな事も」


 煉は、抱き締めていた湊を優しく離し、今後の決定事項を伝える。


「会わなくすんのはムリ。お前のこと毎日大事にしながら、ちゃんと上も目指す。お前に心配させねぇようにすっから、今まで通り会おうぜ」

「ダメだよ。僕、これからもっと妬いちゃうよ? そしたら、煉が僕のこと嫌いになっちゃうかも」

「なんねぇよ。ンな可愛い湊、嫌いになるわけねぇだろ? なんならもっと妬いてぶつけてこい」


 そう言って笑う煉。その笑顔に、強張っていた湊の心は解きほぐされていく。けれど、そう簡単に言葉を撤回する事はできない湊。


「煉はいつも僕のことなんか簡単に安心させちゃうよね。僕だって、煉が不安な時は安心させてあげたいのに、何もできないのが悔しい」


 湊は視線を落としたまま、ポツリポツリと言葉を落としてゆく。


「煉は色んなものを持ってて、なんでもできちゃって、ホント凄いなって思うんだ。でも····僕には、あれもこれも器用にこなすなんてできないよ」


 なかなか首を縦に振らない湊。抱えていた心の吐露が止まらない。


「ンじゃ、湊は今まで通り仕事と家の事だけ考えてろ。他は全部俺が考えるしどうにかすっから」

「はぁ!? そんなのやだよ!」

「ふはっ、言うと思った。対等でいてぇんだもんな」

「うん」


 湊の性格を把握している煉が、考えも無しに言うはずはなかった。煉は、持論をぶつけて湊を折れさせようとする。


 家庭と仕事で手一杯だった湊。そこへ煉の事が加わってからというもの、負担は大きく増えてしまった。そう考える煉は、仕事以外に抱えている事などない自分へ、抱えきれないものを一切合切任せろという。


「な? 対等にっつぅんなら、俺にもなんか背負わせろよ」


 湊の頬を包むように持ち、額をコツンとくっつけて言った煉。湊の涙がついに溢れる。


「僕、煉に守られてばっかりだ」

「ばっかじゃねぇよ。俺だってお前に救われてんだぜ? それに、湊はすげぇ頑張ってんじゃん。つぅか、俺がこうやって守りてぇ頑張りてぇって思えるんは、全部湊おかげだかんな」


 煉は、涙の止まらない湊をベッドへ押し倒し、甘いキスで落ち着かせた。


「俺が傍に居ないとダメだってわからせてやる」


 そう言って、煉は何度も愛を囁きながら湊を抱いた。

 ここ暫く思い詰めていた湊に浴びせられる、蕩けるような甘い言葉の数々。この日、湊の涙が止まることはなかった。


 触れ合える喜びを感じ、繋がる事への安心感を胸に留め、朝までこれからの話をした2人。誰にも文句を言わせない、堂々と互いを自分のものだと言えるようになるまで、足を止めない事を約束した。

 そして、寝落ちした湊を抱き締めて煉も眠りについた。



 だが、2人が今後の方針を固めた数日後の事。学校では、とんでもない噂が飛び交っていた。



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