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第103話 甘いだけじゃない


 湊のじれったいキスに限界を迎えた煉。攻守交替して、今度は煉が湊の口を犯す。

 吐息と共に漏れる湊の甘い声。下半身に響くその声を耳に受けながら、煉は湊の準備をしてゆく。


「待っ、れ··ンッ、は、ぁあっ! やぁっ····」

「待てるわけねぇだろ。早くお前んナカ入りてぇの、邪魔すんな」


 下半身に触れる指先の熱と、耳元で囁かれる声に、湊は脳まで蕩けてしまいそうになる。


「違うの····煉、あのね····僕、準備シてきたから··、ね、大丈夫なの。だから····」


 耳まで赤くして言う湊。熱くなった耳を食み、煉は湊のナカに収まった。



 静かになった寝室で、息を整えようとベッドに転がる2人。繋いだ手を、煉がギュッと握った。


「んは··、痛いよ煉」

「っせぇな··。離したくねぇんだよ」


 煉がそう言うと、コロンと転がり煉の腕にハマった湊。煉が湊を抱き締めると、湊は煉を抱き返す。

 穏やかな時間が流れ、喧騒に塗れた日々から抜け出した2人は、束の間の休息を得ていた。




 数日後、あの甘さはどこへやら。レッスンの後、煉の家に寄った湊はムッと頬を膨らませていた。

 煉から漂う甘ったるい匂い。女性ものの香水だ。湊は、抱き寄せられた煉の胸でそれを嗅ぐ。


「····やだ」

「は?」

「離して」

「あ?」


 そっと煉を押し返し、腕から抜け出す湊。煉は、理由わけが分からず湊の様子を窺う。


(なんで急に機嫌悪くなってんだよ。俺なんかしたか?)


 ムスッと膨れた頬に愛らしさを感じつつ、煉は不安げに、俯く湊の顔を覗き込んだ。


「なんかあんなら言えって」

「······匂い」

「匂い?」


 煉は、撮影で着ていた衣装のまま帰っていたのだ。それに気づき、セーターの胸元を掴み上げて匂いを嗅いだ。

 チラリと見える腹筋と鼠蹊部に、キュンと胸を高鳴らせる湊。だが、そんな事を言える気分ではない。すぐに視線を逸らし、再び頬を膨らませる。


「あぁ、これか」


 撮影で絡んだ女性モデルの、キャンディみたいな甘ったるい香水の匂いだった。絡んだと言っても、女性は煉の胸元に手を添えただけ。それ以上の触れ合いなどなかった。

 そんな事は百も承知な湊。だが、こういった事の頻度が増すにつれて、流石の湊も耐えきれなくなってきたのだ。


「最近、いつも煉から違う匂いがするの。分かってるけど、やっぱり嫌──··っ、ごめん。お仕事なのに····」


 自分の発言に落ち込む湊。煉は、湊から離れて服を脱ぎ捨てた。


 クランクアップを目前に、それぞれの仕事が増えている。ドラマの撮影が終われば、今以上に会う時間が激減するのはお互い覚悟していたはず。けれど、実際にその日が近づいてくると、湊の精神は不安定になっていた。


「悪かった。早く湊に会いたくてまんま帰ってた」

「うん。別に疑ってるわけじゃないし、僕の我儘だから····」

「いや、これは俺のミスだろ。俺も、早く湊に会いたいって我儘通した所為でお前に嫌な思いさせたんだから。ま、お互い様だな。シャワー浴びてくっから、ベッドで待ってろよ」

「うん」


 煉の優しさに胸が痛む湊。上手く折り合いがつけられない自身への苛立ちから、湊は唇を噛み締めた。



 シャワーから戻った煉は、ベッドに転がって眠る湊の隣へ腰を下ろす。


「お前も疲れてんじゃん。クッソ忙しいくせに····」


 湊の顔を見ようと、煉は指で前髪を静かに攫う。湊の目尻に残る涙の痕に気付き、そっと指で撫でた。


「泣くほど嫌なんかよ」


 ぽそっと呟き、険しい顔で湊の頭にキスをした煉。


「ん····」

「湊、起きろ」

「ん····? わ、ごめん! 寝ちゃってた····」

「いいって。それよか今度、オフ重なったらさ──」


 次のデートの約束を交わそうとする煉。だが、湊は言葉を遮り、心の内を吐露した。


「ねぇ煉、暫く会うのやめよ?」

「····は? なんでだよ。あぁ、スケジュール的に厳しいか?」


 そうでない事は煉だって分かっている。けれど、湊の言葉に頷くことができない煉は、なんとか誤魔化そうとした。


「そうじゃないよ、煉。あのね──」


 ずっと考えていた事、そして、我慢してきた事。今日、思いをぶつけてしまった湊は、煉がシャワーを浴びている間に覚悟を決めていた。

 しかし、今度は煉が湊の言葉を遮ってしまう。


「別れねぇからな」

「へ?」

「別れるつもりなんだろ」

「え、違うよ!?」

「じゃぁなんなんだよ」


 湊の言葉を恐れる煉。てっきり、別れ話だと思った煉は先走ってしまった。


「あのね、前に相楽さんとご飯行った時に聞いたこと覚えてる?」

「あー··、なんだっけ、逆境に立つ奴はってやつか?」

「その前だよ」

「前····? ダラダラ喋ってやがったからあんま覚えてねぇよ」


 湊は座り直して正座で向き合うと、煉の手を優しく握り落ち着いて話し始めた。

 相楽が言っていた『俺がどんなでも文句言わせない実力持てばいいんじゃね?』という言葉。湊は、それについてずっと考えていた。

 煉と離れない為に、もっと実力や実績を積むべきではないのかと。まだまだトップというにはほど遠い自分たちが、世間から認められるには、煉との交際を公にするには、それしかないのではないかと考えていたのだ。

 湊が話し終えると、煉は握られた手を見つめて、黙ったまま考えを巡らせた。



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