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第100話  怪しい2人


「ん····」


 小さな声を漏らして目覚めた湊。見慣れた天井を眺め、ぼーっとここまでの流れを思い出してゆく。


「撮影!!」


 湊は、大慌てでガバッと起き上がった。


「撮影は来週取り直しな。相楽のオッサンとか事務所には、お前の状態伝えてっから心配すんな」

「そう··なんだ。ありがと、煉。····え、煉!?」


 声のする方へ、ねじ切れそうな勢いで首を回す湊。惟吹と並んで悠々と夕食を共にしている煉の姿が、視界へ飛び込み湊を驚かせた。


「湊にぃ、まだ寝てなよ。39度もあったんだからね」


 牛丼を食べていた惟吹が、もぐもぐしながら言った。


「だぞ。大人しくしとけ。つかこれ、牛丼っつぅのな。うめぇ」


 煉も同様に、もぐもぐしながら言う。初めて食べる牛丼に感動している様子の煉。月宮家では、このような家庭料理は間違っても出てこないのだから仕方がない。


「マジでさ、牛丼食った事ないとか信じらんねぇんだけど」

「ンな家庭的なもん、一流のシェフが出すわけねぇだろ」


 煉が鼻で笑って言う。母親の手料理など一度も食べた事がない煉は、自分への皮肉も込めていた。


「じゃぁ、今度肉じゃが作ってあげるね」


 湊は、母が遺したレシピと自分が食事担当になった経緯を語る。利幸のそそっかしさと、惟吹のガサツさに笑う煉。

 煉は『お前らの母親がすげぇあったかそうなんは分かった』と言って、とても穏やかな表情を見せた。煉が時々零す初めての顔に、湊は胸を絞めつけられる思いだった。



 数日で回復した湊は、迷惑をかけた各所に社長と詫びを入れて回った。

 相楽のもとを訪れた時、相楽が社長に何かを耳打ちしたのを見た湊。胸がざわつくのを感じていた。


「湊さ、Renと初めて会ったのって撮影ン時だよな?」

「え····は、はい····」

「あー··そっかそっか」

「どうかしたんですか?」

「いやぁ、なんでもねぇよ」


 社長はそれ以上何も言わず、湊の肩をポンと叩いて『飯でも食いに行くか』と話を逸らした。


 それからまた数日後、再撮影の日を迎えていた湊と煉。2人は別々にスタジオへ入り、別々の楽屋で過ごしていた。


(この壁の向こうに煉が居るのに····。学校でクラスが別なのとは違う感覚だなぁ。早く会いたい····早く触れたいな····)


 隣の楽屋に居る煉へ、想いを馳せる湊。壁にそっと額を預けた湊は、壁越しに煉が同じ事をしているだなんて夢にも思わなかった。



 撮影は難なく終わり、煉と湊は相楽から食事へ誘われていた。湊が断り切れず承諾すると、湊を心配した煉も許諾した。


「いや~、何回誘っても来なかったRenがねぇ。今日は蒼が来てくれたからだよね?」


 乾杯したグラスを手にしたまま絡む相楽。困った顔の湊を横目に、煉は心底ダルそうな顔を見せる。


「別に。アンタがセクハラしねぇか見張りに来ただけ」


 敵意を剥き出しで言う煉。何を隠そう、業界ではショタコンで有名な相楽。腕を買われてはいるが、そのへきに抵抗を示すものも少なくはない。


「失礼だなぁ。俺、仕事相手には手出さないからね? 変な噂が一人走りしててホント困ってるんだよな~」

「そうなんですか? それってなんだか、苦しい··ですよね」


 相楽の気持ちを案じた湊に、相楽は優しく微笑んで答える。


「まぁねぇ。でも、俺が美少年好きなのは事実だし、否定しても世間はどうせ信じっこないし。だったら、俺がどんなでも文句言わせない実力持てばいいんじゃね? って思ったのが25歳くらいだったかな。そっからずーっと、未だにガムシャラ」


 笑って語る相楽の強さに、湊は感銘を受けた。煉も然り。相良の前向きな姿勢は、2人に勇気を与えていた。


 食事の間、相良が語る持論を延々と聞かされる2人。相良の饒舌は止まらなかった。

 そして、相楽は最後に2人へアドバイスを贈る。


「逆境に立つ者は、笑顔を絶やすなかれ····ってね。まぁ、オッサンの人生論だと思っててよ」


 その言葉の意味を、湊と煉は深く考えた。けれど、その意味を理解しきれないうちに、新たな問題が発生する。



 ドラマの撮影現場にて、親密度の増す煉と湊。関係者の間でも、2人の距離感が多々話題になっていた。

 微笑ましいと思う者もいれば、怪しいと思う者も。そんな中で、ひときわ2人の関係を疑う者がいた。


 ヒロイン役の江崎だ。江崎の中には、煉への恋心が芽生えていた。

 ノリにノッてちやほやされる江崎は、容姿への自信からか自意識過剰な節がある。煉へのアピールも、これ見よがしに繰り返してきた。

 それなのに、微塵も靡かないどころか連絡先すら教えようとしない煉へ、不信感が募っていたのだ。

 そして、その矛先は必然的に湊へ向いた。


 2人の距離が近すぎる事と時々揃って居なくなる事に、疑いが増し調べる事を決意した江崎。煉への想いというよりは、自分へ靡かない煉への報復に近いものであった。

 プライドと自己愛の強い江崎は、共演者を惚れさせて弄ぶ裏の顔がある。今回に至っては、煉に少し本気で惚れてしまった意地も含まれているとうだ。


 撮影の合間、江崎は休憩時間に消えた2人の行方を追う。それぞれの楽屋にも居ない。思い当たる所をしらみ潰しに探すが、2人の姿は見つけられなかった。

 諦めて自身の楽屋へ戻ろうとした時、今は使われていない物置から、小さな愛らしい声が聞こえた。江崎は耳を澄まし、物置へ足を忍ばせる。



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