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第98話 お疲れ湊


 撮影が終わり帰ろうとする湊。怪しまれないよう、煉とは時間をずらしてスタジオを出る。


「蒼くん、お疲れ様」

「あ、相楽さん。お疲れ様です。今日はありがとうございました」

「いやいやこちらこそ。どう? 撮影楽しかった?」


 フレンドリーに話しかけてきたのは、カメラマンの相楽。湊は、親戚の叔父さんとでも話すかのように、慣れ親しんだ様子で話す。対象との距離を詰める腕は、相楽の強みでもあった。


「はい! 緊張もしたけど終わる頃には夢中になってて、それどころじゃなくなってました」

「それは良かった。今日は蒼くんのおかげで、Renもいい顔してたよ」


 相楽は、湊の肩をポンポンと軽くたたきながら言った。


··? どういう意味だろう。でも煉の事だし、あんまり食いつかないほうが良いよね····?)


 湊は警戒心を解かないよう、慎重に話題を選ぶ。


「えっと··、うちの社長が、相楽さんは緊張をほぐすの上手いから大丈夫だよって言ってたんですけど、本当にそうだなって思いました。カメラが怖くなくなったのは相楽さんのおかげかなって思います」

「いや~そんなに褒められると、おじさん調子に乗っちゃうよ?」


 豪快に笑う相楽。だが、ふと湊へ視線を戻すと、今度は真面目な顔で一言呟いた。


「あ~そうだ····蒼くんは素直過ぎるからね、もう少し気をつけたほうがいいよ」

「え····?」

「いやいや、なんでもないよ。とにかく、Renとの撮影が上手くいって良かったね。最高の一枚選んで、後で事務所に送っとくからね」


 相楽の言葉に、一瞬不安が過った湊。だが、それよりも煉との最高の一枚に興味を奪われ、聞き返すことなく礼を言って別れてしまった。


 帰宅した湊は、相楽とのやり取りを煉に相談する。相楽に言われた事の意味を探った結果、バレているかバカだと思われているかの2択に絞られた。

 確信的な事を言われていない現状では、バレたと確定するのは早計だろう。けれど、バレていると思って警戒すべきだろうと結論付けた。



 件の雑誌が発売されるやかなり好評で、放送が間近に迫ったドラマも話題となっていた。おかげで、2人でインタビューを受ける事も増え、果てにはバラエティー番組にまで呼ばれた。ヒロインの江崎も一緒に共演することがあったが、人気に勢いがあったのはRenと蒼の絡みだった。

 心配した綾斗から再三にわたって連絡が来たり、家に帰れば雑誌を片手にムスッと頬を膨らませた惟吹の機嫌をとったり、湊は身体よりもメンタルが疲弊していた。


 そんな折、再び相楽がカメラマンを務める撮影の仕事が入った。数日ぶりにゆっくり言葉を交わす煉と湊。栄養ドリンクを一気飲みした湊を、煉は酷く心配していた。


「お前、ちゃんと休めてんのか? 顔やべぇぞ?」

「身体は何ともないんだけど、気持ち的にちょっと疲れちゃってるかな」


 ここ数日、メンタルが削られた事柄を並べ立てる湊。それを聞いた煉は、綾斗に『言いたいコトあんならこれからは俺だけに言え。湊に負担掛けたくねぇ』と連絡を入れた。惟吹は後日どうにかするとして、差し当たって湊のケアを優先させなければと思った。

 楽屋で2人きり、扉には鍵をかけ侵入者を拒む。そうして、煉は湊を優しく抱き締めた。


「しばらく誰にも邪魔させねぇから、ちょっとでも休め」

「····うん。ありがと」


 湊は煉の胸に顔をうずめ、撮影が始まるまでの間、束の間の休息に浸る。


「おい、あんま顔こすんなよ。メイク落ちんぞ」

「··ん。でも、煉の匂いもっと····。イイ匂い········」


 1分足らずで眠りに落ちた湊。


(マジか。立ったまま寝やがった····)


 余程疲れていたのだろうと、湊を寝かしてやることにした煉。やれやれと湊を抱え、膝に乗せて椅子に座った。


「はぁ····。お前のがイイ匂いだっつぅの。ったく、どんだけ疲れてんだよ」


 煉は湊の背中を小気味良くトントンし、湊を完全に寝落ちさせた。


 20分ほど経った頃、スタッフが2人を呼びに来た。せわしないノックの音が部屋に響き、湊はパチッと目を覚ます。


「はっ、はい!」


 元気に返事をしたものの、口端から垂れるものに気づきじゅるるるっと吸い上げる。それを見た煉は、あまりの愛らしさに吹き出してしまった。


「ぶはっ··、おま··涎····」


 トロンと落ちてくる瞼を懸命に持ち上げながら、衣装の袖口で涎を拭う湊。完全に寝ぼけている。


「んぇ? あっ! これ衣装····」


 ヒィヒィと腹を抱えて笑う煉。笑わないでよと怒る湊だが、まだどこか少し寝ぼけ眼のまま。


「あのぅ、撮影入れますか?」


 外のスタッフが困惑している。煉が『すぐ行くっす』と答えてその場をやり過ごした。


「ごめんね、僕ガッツリ寝ちゃって····」

「いーよ。撮影中に寝られてもだしな」


 揶揄うように言って、煉は頬へ手を添えると優しいキスをした。


「いけるか?」

「うん! 大丈夫。こないだみたいな、すっごくイイ写真撮ってもらおうね!」


 前回貰った最高の1枚は、自然な笑顔で見つめ合う2人だった。雑誌には載らなかったオフショットで、2人はそれをそれぞれ部屋に飾っている。

 今回も、それに劣らない物をと気合を入れ直し、湊は胸の前で拳を握り締めて言った。いつも通りの元気な湊に、煉は胸を撫で下ろす。

 これならば大丈夫だろうと、もう一度唇へキスを落としてから撮影へ向かった。



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