2人きりの教室で、愛し合った煉と湊。星明りを頼りに、暗い教室で肩を寄せていた。
「僕ね、煉がドラマに出るの本当に嬉しいんだ」
去年の文化祭で、一緒に練習した日々を思い返して言う湊。楽しかった思い出が、煉を飛躍させる足掛けになったのだとしたら、これほど喜ばしい事はないと思っている。
それでも、恋人として嫉妬や不安が拭えないのだと、正直に話した。
煉は、それは自分も同じだと言う。けれど、煉は湊とは違う考えだった。何があっても湊は自分のものであり、どんなことがあっても湊は自分を選ぶという自信があったのだ。
それは、湊を信じているという事。湊はそうではないのかと、煉は不満そうに聞いた。
「煉のことは信じてるよ。けど、僕は煉みたいに自分に自信が持てないんだ」
「それって信じてねぇのと一緒だろ」
「うーん····。ちょっと違う気がするんだよね」
「違わねぇわバーカ」
煉は、湊の頬を指でぐりぐりと刺して言う。
「俺は絶対にお前しか選ばねぇ。万が一、お前が余所見しても絶対惹き戻せる。お前がお前を信じらんねぇんなら、俺の絶対を信じろ」
どこからそんな自信が湧いてくるのか、自分にはないものを無遠慮にぶつけて押し付けてくる煉に、湊は呆れて笑ってしまった。
「あっはは! 煉らしいと言うか、ホント横暴だよね」
「そんな俺が好きなんだろ?」
「うん、好き。僕にないものいっぱい持ってる煉が好き。憧れ··も、あるのかな。だから、怖いけど信じられそうだよ」
「そうか。ンじゃ、そろそろ帰んぞ」
はだけたシャツのボタンを留め始める煉。慌てる湊に、今日はデリバリーを頼むと言う。
金遣いについてはあまり成長していない煉に、湊は『今日だけだからね』と困り眉を見せた。
いよいよ煉がクランクインする日。湊は社長に連れられ見学に来ていた。そこで、白々しく初対面の挨拶を交わす煉と湊。現場から帰るなり、2人はビデオ通話で笑い合った。
撮影に関しては、まだ女優との絡みも少なく妬くこともなかった湊。それよりも、スタッフが煉の演技を絶賛する声が聞こえ、鼻高々になっていた。
「煉は才能の塊って感じだよね。努力してる感じ出さないの、ホント凄いや。僕も、サラッとやってのけちゃう感じ出してみたいなぁ」
「お前はその頑張ってる感じが可愛くてイイんだよ」
互いに褒め合い、照れ合う2人。話題を逸らそうと、煉がある情報を漏らしてしまう。
「今度、雑誌の仕事入ってんだろ」
「うん。····なんで知ってるの?」
「それ、俺と絡みだから」
近頃、驚くことの多い湊。その中でも、ひときわ大きな声を張り上げて叫んだ。
「んえぇっ!?」
目を丸くして驚く湊を見て、煉は腹を抱えて笑う。
「湊にぃ! どうしたの?!」
部屋へ駆け込んできた惟吹。湊は何でもないと誤魔化し、騒いだことを謝って追い出した。
「ダブル主演みたいなもんだからな。そりゃそういう仕事も来んだろ。つぅコトでよろしくな、蒼」
「うぇぇぇ····ちゃんとできるかなぁ····」
不安そうな湊に、煉は追い打ちをかける。
「甘々な雰囲気出さねぇように気ぃつけろよ」
「そ、それは煉もでしょ!」
唇を尖らせて言う湊。彼氏感を出さないようにと、重々くぎを刺した。
そして、撮影当日。
番宣の為、ドラマについて対談する2人。インタビュアーから仲が良いんですねと言われ、煉が胡散臭い笑顔で『現場でだいぶ打ち解けました』と答えた。
「おふたりは同い年なんですね」
「はい。だから慣れるのも早くて。Renが色々丁寧に教えてくれるから僕が頼りっぱなしで、同い年だなんてあんまり実感ないんですけどね」
笑顔を振りまく湊。微笑ましく湊を見つめるインタビュアーの女性は、少し切り込んだことを聞いてきた。
「そうなんですね。Renさんは以前、ファンに対しての塩対応であまり良いイメージがなかったようですが、この数か月でイメージがガラッと変わりましたよね。何か、心境の変化などあったんですか?」
不躾な質問に、現場の雰囲気がヒリつく。けれど、煉はそれをさらりと交わしてしまう。
「そうっすね。友人から言われたのが響いたんすけど、悪いイメージで俺の魅力を半減させんのは勿体ねぇって」
それは以前、湊が煉に言った事だ。自信たっぷりにそんな事を言う煉に、アンチなのかと疑うほどだったインタビュアーが頬を染める。湊も、つられて少し頬を赤くしてしまった。
インタビューが終わり、ついに撮影が始まる。インタビューの様子を撮っていた時とは違い、カメラマンから様々な指示が飛ぶ。
煉は慣れた様子で応えるが、慣れのない湊はテンパってしまう。そんな湊を、煉がさりげなくリードしていく。
どんどん近づく2人の距離。煉の色気に魅了されるように、カメラマンの熱も上がっていった。そして、注文は次第に過激さを増し、ヒロインを取り合いいがみ合う2人という設定で顔を近づけアップでの撮影。あわや唇が触れてしまいそうな距離感に、緊迫した現場から小さな悲鳴が上がる。
「いいね! もっと睨み合って! そう! Ren、蒼の胸倉掴んでみて。蒼はRenの頭クシャッと持ってみてもいいよ」
指示に従い、煉は湊の胸倉を掴んで引き寄せた。いつもの癖でキスをしてしまいそうになる2人。
間一髪で寸止めしたが、湊の表情が一瞬変わる。それを見逃さなかったのは、カメラマンの
業界でも引っ張りだこなベテランで、凄腕のカメラマンである彼は仕事柄、演者の機微に敏感である。それ故に、一瞬だけ垣間見えた湊の表情の変化にも気づいてしまったのだった。