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第95話 言えないから苦しい


 社長の一言に血の気が引く湊。しらばっくれるべきか、先手必勝で謝るべきか、湊の脳内が瞬時にフル回転する。


「えっと、あの、その事なんですけど····」


 出方に迷う湊だったが、ええいままよと謝る事にした。


「え? もう知ってんの? まだ極秘なんだけど····あ、ナリから聞いちゃった?」


 妙にテンションの高い社長は、湊の言葉を遮ってしまった。

 ナリとは、社長の弟で副社長の登坂とさか 海成みなりの事。事務所のマネジメントを実質全て担っている人物だ。


(あれ? 怒ってる感じでもないし、もしかして煉の事じゃないのかな····)


「ナリさんからって、何の事ですか?」

「あれ? 聞いてたんじゃないの? 湊がドラマ出るの決まったって」


 キョトンとして言う社長。


(な、なんだぁ、良かったぁ~····。煉との事じゃなかったんだ。自分から言って謝っちゃうとこだったよ。めちゃくちゃ危なかったぁー····)


 束の間、安堵で思考が止まる湊。が、次の瞬間、社長の言葉が蘇り絶叫する。


「ドドド、ドラマぁ!!?」


 湊は、思わず立ち上がって声を張り上げて裏返った。寝耳に水で驚きを隠せない湊。まさか、煉と同時期に自分にもドラマの話が舞い込んでくるなど、誰に予想できただろう。


「そ。主役じゃないけど結構重要な役でさ──」


 社長の説明を聞くうちに、湊の表情はどんどん険しくなっていった。というのも、その内容がつい最近どこかで聞いたことのある内容だったからだ。


「そ、それって、他のキャストさん決まってるんですか?」

「メインは大方ね」

「ちなみに、主役って····」


 恐る恐る聞く湊。社長の口から、思い当たる人物の名前が出ない事を願って唾を呑む。


「ヒロインが女優の江崎えざき 萌亜もあちゃんで、相手役がモデルのRenって子。最近CMとかよく出てて人気だよね~。知ってる?」


 知ってるも何も、恋人だ。などと言えるはずもなく、湊は声を絞り出して『はい』と答えた。


「あんな整った顔の子なかなかいないよな~。つって、サルバテラもかなりの粒揃いなんだけどぉ」

「あの、なんで僕なんですか?」


 綾斗や秋紘のほうが適任だと訴える湊。だが社長は、過去に代役で舞台に立った湊を見ての抜擢なのだという。それでは断れない。

 湊は、非常に複雑な心境のまま、出演の話を承諾した。



 思っていたよりも早く帰宅できた湊。鍵を開けようとモタついていると、惟吹も丁度帰宅し、元気のない湊に驚いた。


「湊にぃ、なんかあった?」


 心配そうに、前髪を持ち上げて湊の顔を確認する惟吹。湊がうっすら涙ぐんでいるように見え、惟吹は湊の手を引いて家に入ると、玄関扉を静かに閉めて抱き締めた。


「煉と喧嘩でもした?」

「ううん。そうじゃないんだけど、煉絡みではあるんだ。樹にはまだ話せないから、後で惟吹にだけ言うね」


 情報漏洩は絶対に許されない世界。たとえ身内であっても、本来なら惟吹にも話してはいけない。しかし、このままでは脳がショートし、心がパンクしてしまうと感じた湊は、惟吹にだけ現状を聞いてもらおうと縋った。


「わかった。それじゃ夜、部屋に行くね」

「うん。ごめんね」

「謝んないでよ。湊にぃに頼ってもらえて嬉しいよ」


 湊が落ち着くまで数十秒、玄関で抱き締め合った2人は、何事もなかったかのように『ただいま』と声を揃えてリビングへ入った。



 そして、約束の深夜。湊の部屋を訪れた惟吹は、湊と並んでベッドに座る。

 湊は、ドラマで共演する話や、心に抱えている複雑な心境を伝えた。惟吹は、黙ってそれを最後まで聞く。


「そっか。そりゃ複雑だよね。他の人とキスするのとか、俺だったら耐えらんないよ」


 そう言いながら、惟吹はバグらせた距離感で湊の腰を抱いた。慣れた事と反応を示さない湊は、そのまま普通に話を続ける。

 煉のドラマ出演は心底喜ばしいが、本当はキスなどしてきてほしくないと、他では漏らせない本音を漏らして涙ぐむ湊。その本音に、惟吹はある提案をする。


「この話、俺しか知らないんでしょ? だったらさ、愚痴とかモヤモヤした気持ち俺が全部聞いてあげるから、そのドラマ2人きりで見ようよ」


 湊は、この提案を受け入れた。湊の弱った心につけ込もうなどという、惟吹の浅ましい魂胆に気付くこともなく。


(湊にぃ泣かしてんだから、ちょっと悪戯するくらいいいよね)


 きっと涙ながらにドラマを見るであろう湊を、あの手この手で慰めてやろうと企む惟吹。思惑通りにいくかはさて置き、惟吹はしょぼくれる湊の肩を抱き寄せ、湊に見えないところで“べっ”と舌を出して煉への反抗心を見せた。



 それから暫く経ったある休日、マネージャーから共演者に湊の名が挙がったと聞かされた煉。煉は、すぐさま湊を家に呼び出す。


「なんで言わねぇんだよ」


 不機嫌そうに踏ん反り返ってベッドへ座る煉。湊に『来い』と命令して膝の上に座らせる。


「社長から、まだ誰にも言っちゃダメって言われてたんだもん」

「共演者ならセーフだろ」


 拗ねた顔で責められ、湊は困り顔で煉を見つめる。湊の尖らせた唇に、煉は堪らずキスをした。


「けどま、現場で一緒に居れんのはイイな」

「あのね、煉。僕たちの役分かってる? かなりギスギスしてるし、そもそも僕たち初対面ってテイなんだよ?」

「ギスギスしてんのはだろ? つかむしろチャンスじゃね? 現場で仲良くなったっつぅ事にしたらいいだろ」


 あれやこれやと心配を巡らせる湊に対し、前向きに捉えている煉。2人の温度差は、撮影が始まるとさらに広がっていった。



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