社長の一言に血の気が引く湊。しらばっくれるべきか、先手必勝で謝るべきか、湊の脳内が瞬時にフル回転する。
「えっと、あの、その事なんですけど····」
出方に迷う湊だったが、ええいままよと謝る事にした。
「え? もう知ってんの? まだ極秘なんだけど····あ、ナリから聞いちゃった?」
妙にテンションの高い社長は、湊の言葉を遮ってしまった。
ナリとは、社長の弟で副社長の
(あれ? 怒ってる感じでもないし、もしかして煉の事じゃないのかな····)
「ナリさんからって、何の事ですか?」
「あれ? 聞いてたんじゃないの? 湊がドラマ出るの決まったって」
キョトンとして言う社長。
(な、なんだぁ、良かったぁ~····。煉との事じゃなかったんだ。自分から言って謝っちゃうとこだったよ。めちゃくちゃ危なかったぁー····)
束の間、安堵で思考が止まる湊。が、次の瞬間、社長の言葉が蘇り絶叫する。
「ドドド、ドラマぁ!!?」
湊は、思わず立ち上がって声を張り上げて裏返った。寝耳に水で驚きを隠せない湊。まさか、煉と同時期に自分にもドラマの話が舞い込んでくるなど、誰に予想できただろう。
「そ。主役じゃないけど結構重要な役でさ──」
社長の説明を聞くうちに、湊の表情はどんどん険しくなっていった。というのも、その内容がつい最近どこかで聞いたことのある内容だったからだ。
「そ、それって、他のキャストさん決まってるんですか?」
「メインは大方ね」
「ちなみに、主役って····」
恐る恐る聞く湊。社長の口から、思い当たる人物の名前が出ない事を願って唾を呑む。
「ヒロインが女優の
知ってるも何も、恋人だ。などと言えるはずもなく、湊は声を絞り出して『はい』と答えた。
「あんな整った顔の子なかなかいないよな~。つって、サルバテラもかなりの粒揃いなんだけどぉ」
「あの、なんで僕なんですか?」
綾斗や秋紘のほうが適任だと訴える湊。だが社長は、過去に代役で舞台に立った湊を見ての抜擢なのだという。それでは断れない。
湊は、非常に複雑な心境のまま、出演の話を承諾した。
思っていたよりも早く帰宅できた湊。鍵を開けようとモタついていると、惟吹も丁度帰宅し、元気のない湊に驚いた。
「湊にぃ、なんかあった?」
心配そうに、前髪を持ち上げて湊の顔を確認する惟吹。湊がうっすら涙ぐんでいるように見え、惟吹は湊の手を引いて家に入ると、玄関扉を静かに閉めて抱き締めた。
「煉と喧嘩でもした?」
「ううん。そうじゃないんだけど、煉絡みではあるんだ。樹にはまだ話せないから、後で惟吹にだけ言うね」
情報漏洩は絶対に許されない世界。たとえ身内であっても、本来なら惟吹にも話してはいけない。しかし、このままでは脳がショートし、心がパンクしてしまうと感じた湊は、惟吹にだけ現状を聞いてもらおうと縋った。
「わかった。それじゃ夜、部屋に行くね」
「うん。ごめんね」
「謝んないでよ。湊にぃに頼ってもらえて嬉しいよ」
湊が落ち着くまで数十秒、玄関で抱き締め合った2人は、何事もなかったかのように『ただいま』と声を揃えてリビングへ入った。
そして、約束の深夜。湊の部屋を訪れた惟吹は、湊と並んでベッドに座る。
湊は、ドラマで共演する話や、心に抱えている複雑な心境を伝えた。惟吹は、黙ってそれを最後まで聞く。
「そっか。そりゃ複雑だよね。他の人とキスするのとか、俺だったら耐えらんないよ」
そう言いながら、惟吹はバグらせた距離感で湊の腰を抱いた。慣れた事と反応を示さない湊は、そのまま普通に話を続ける。
煉のドラマ出演は心底喜ばしいが、本当はキスなどしてきてほしくないと、他では漏らせない本音を漏らして涙ぐむ湊。その本音に、惟吹はある提案をする。
「この話、俺しか知らないんでしょ? だったらさ、愚痴とかモヤモヤした気持ち俺が全部聞いてあげるから、そのドラマ2人きりで見ようよ」
湊は、この提案を受け入れた。湊の弱った心につけ込もうなどという、惟吹の浅ましい魂胆に気付くこともなく。
(湊にぃ泣かしてんだから、ちょっと悪戯するくらいいいよね)
きっと涙ながらにドラマを見るであろう湊を、あの手この手で慰めてやろうと企む惟吹。思惑通りにいくかはさて置き、惟吹はしょぼくれる湊の肩を抱き寄せ、湊に見えないところで“べっ”と舌を出して煉への反抗心を見せた。
それから暫く経ったある休日、マネージャーから共演者に湊の名が挙がったと聞かされた煉。煉は、すぐさま湊を家に呼び出す。
「なんで言わねぇんだよ」
不機嫌そうに踏ん反り返ってベッドへ座る煉。湊に『来い』と命令して膝の上に座らせる。
「社長から、まだ誰にも言っちゃダメって言われてたんだもん」
「共演者ならセーフだろ」
拗ねた顔で責められ、湊は困り顔で煉を見つめる。湊の尖らせた唇に、煉は堪らずキスをした。
「けどま、現場で一緒に居れんのはイイな」
「あのね、煉。僕たちの役分かってる? かなりギスギスしてるし、そもそも僕たち初対面ってテイなんだよ?」
「ギスギスしてんのは
あれやこれやと心配を巡らせる湊に対し、前向きに捉えている煉。2人の温度差は、撮影が始まるとさらに広がっていった。