ご陽気満開の春、2年生に進級した煉と湊は念願叶って同じクラスに。内心お祭り騒ぎの2人だったが、クラス発表の紙が貼り出されていたエントランスで堂々と喜べるはずもなく。
湊は即座に俯いて教室へ向かい、途中の階段で1人になった瞬間を見計らってガッツポーズをした。
三王子揃って見に来ていた煉は、仁の首に腕を回して捕らえ、無表情で『一緒じゃねぇかよ。マジか』と呟き続けること数回、暴れる仁をがっちりホールドしていた。
ちなみに、湊と煉、仁が同じクラス。いつもなら、ハイテンションでこれを喜んでいたであろう仁。だが、今の仁は、2人と同じクラスになった事を素直に喜べない。
その理由は明白であった。隣で立ち尽くし、複雑な表情で発表の紙を眺めている樹をチラリと見る仁。樹だけが離れてしまった事を残念がりつつも、どこか心の片隅で安堵していたのだ。樹が、湊と煉を見て心を痛める頻度が抑えられるのでは、と。
三王子のうち、2人が同じクラスとあって色めき立つ女子たち。その熱気が、教室へやって来た煉と仁を圧倒する。
存在感を消して、一番後ろの席に座っていた湊。漸く来た煉をチラリと見る。同時に、煉も湊へ視線をやる。目が合った2人は、ほんの一瞬だけ胸の熱さを共有した。
ニヤけてしまう前に視線を机に戻す湊。机に肘をついて、頬を隠すように掌で包んだ。
湊の様子を見て、キュンと胸を締め付けられる煉。湊の愛らしさと教室に湊が居る喜びに、心臓を鷲掴まれていた。
けれど、それを出すわけにはゆかず、懸命に緩む口元を締める煉は、一層不機嫌に見える。そんな煉の心情を知る仁は、女子に怯える心の内を隠し、煉と同様に無表情を決め込んで教室へ一歩踏み入れた。
偶然にも、席が最後列で並ぶ3人。背後に煉と仁の気配を感じ、クラス全体が浮足立っている。
ホームルームが終われば、殺気立った女子たちに囲まれるだろう。そんな空気を察知し、チャイムと同時に仁は煉の手を引いて教室を出て行った。
女子に囲まれずに抜け出し、2つ隣のクラスの樹をスルーした2人は別棟の空き教室まで来ていた。
道中、改まって話があると言った仁。珍しく真面目な顔を見せる仁に、煉は仕方なく付き合うことにしたのだった。
「で、話ってなんだよ。俺この後撮影あんだから手短にしろよ」
仁は、急かす煉を宥めながら平然と近くの椅子へ座り、クラス分けの結果を踏まえた現状を端的に伝える。そんな事は分かっているとキレ気味の煉に、仁は本題を持ち掛ける。
「でだよ、樹抜きで俺らってキツくない?」
「あ? 何がだよ」
「だってさ、俺らが女すり抜けれてんのって、いつも樹が庇ってくれるからじゃん?」
仁に言われて記憶を辿る煉。そういえば、と頷く。
「いつでも呼び出せるようにしときゃいいんじゃね?」
煉らしい、なんとも身勝手な発想である。
「それなんだけどさ、俺結構イラついてんだよね」
低いトーンで、威圧的に言う仁。煉は、机に腰を下ろし『何にだよ』と訝しげな顔で仁を見る。
「樹をさ、煉の都合で便利に使うのやめてくんない?」
「は?」
「特に、湊きゅん絡みの事とかさ」
「なんなんだよ急に」
「あっは··。急じゃねぇよ」
表情薄く笑ったかと思えば、次の瞬間、煉を睨む仁。
「樹がさ、お前らの所為で傷ついてくの見てらんないつったじゃん」
「··あぁ。で?」
「もうちょっと樹の気持ち考えてやれよ。お前の都合で樹を巻き込むなつってんの」
「ハッ··、抱いたからって彼氏面かよ」
鼻で笑ってあしらう煉。煉の言葉に、仁は反論する。
「彼氏じゃねぇし」
「だったらお前にンなコト言われる筋合いねぇだろ」
「っそ。俺が彼氏だったら言っていいんだな?」
「彼氏だったらな。まぁでもムリだろ──」
「分かった。付き合ってくる」
「······は? いや待てよ」
煉の言葉に止まることはなく、樹のもとへ駆け出した仁。呆気にとられた煉は、引き止めようと伸ばした手のやり場に困っていた。
「マジかよ····」
1人残された煉は、呆然と仁の背中を見送った。それから数分、煉は一応待ってみたものの、アホらしくなったので湊へ事情を説明して帰る事にした。
同時刻、樹のクラスに駆け込んできた仁は、キョロキョロと樹を探す。
「きゃー♡ 仁くんめちゃ汗だくじゃん。どうしたの? 拭いたげよっか?」
一軍女子が話しかける。緊張で顔が強張る仁は、無理に笑顔を作って『樹は?』と聞く。女子は知らないと言って、すぐさまアピールを始めた。
まったくもって興味のない仁は、完全に無視して樹を探すため再び駆け出す。
肝心の樹はと言うと、仁からの連絡に気づかず、湊の夕飯づくりを手伝うため湊と帰路についていた。
湊もまた、鞄に入れっぱなしのスマホが鳴っていた事には気づいていない。
「久しぶりだな~、湊ん家」
「急にごめんね」
「全然大丈夫だよ。暇すぎて死にそうだったから」
社長からの急な呼び出しに戸惑っていた湊。煉は連絡がつかず、惟吹は練習試合で遅くなると知っていたので、他に頼れる相手がいなかったので樹に助けを求めた。
久々に頼られた事が嬉しく、二つ返事で快諾した樹。足取りの軽快さが、樹のテンションの上がり具合を顕著に表していた。
「で、今日は何作る予定だったの?」
「今日はねぇ、オムそば」
「お、ウマそ~」
樹に指示を出しながら、テキパキと夕飯を作り終える湊。樹は、碧と光の面倒見がてら、一緒に食べていくと言う。
その心強さに、湊は安心して事務所へ向かった。
大急ぎで事務所にやって来た湊。社長室を訪ね、コンコンとノックをした。
「ど~ぞ~」
「失礼します····。あれ? 皆はまだですか?」
「いやいや、今日は湊だけだよ」
「へ?」
社長の言葉に身を強張らせる湊。一体何事かと、応接用のソファに座り、緊張した面持ちで社長の話を待つ。
そして、溜めに溜めて社長は一言こう言った。
「やってくれたな、湊」
血の気が引くのを感じる湊。脳裏に過るのは、煉の事ばかりだった。