湊が止める間もなく、2人の投げ銭合戦が火を噴き続けている。
既にウン万円を投げている2人。今すぐ煉へ電話して、直接止めたい湊であったがそうもできず。わたわたする湊を、秋紘が助ける。
「んじゃ、ちゃっちゃと企画いきますか。ほーら、投げ銭ばっかしてたら蒼の可愛い見逃しちゃうよ~」
そう言って、湊の肩を抱き寄せ頬をくっつけた秋紘がウインクを飛ばす。それに反応して、黄色い悲鳴と少額の投げ銭が飛び交う。が、煉たちの高額投げ銭はピタリと止まった。効果テキメンだ。
秋紘が企画を発表すると、コメント欄を蒼のファンが歓声で埋めた。今日のメイン企画は、ソロ曲で話題になった蒼のキュンポーズを披露&増やそうというもの。
ということで、湊はこれまでにしたことのあるハートを披露してゆく。
「蒼かーわい~♡ はい次ぃ」
「あ、えっと、もうないや····」
「もう!? はっや。まぁ予想通りだけど~」
1人で騒ぐ秋紘に、照れと困惑を見せる湊。たった数個でレパートリーが尽きた湊へ、秋紘がコメントから拾い上げたものをいくつか、ポイントを押さえつつレクチャーしていく。
真面目にレッスンを受ける湊が、真顔でポーズをとり続ける事10分。チラリとタブレットの画面に流れてくるコメント欄を見て驚愕した。
1ポーズごとに5000円の投げ銭が送られている。それも、煉とその対戦相手から。
(えぇ!? 毎回5000円も送ってたの? ポーズに夢中で気づかなかった····、え、なんポーズしたっけ? て言うか何してんの煉。こないだお金の使い方注意したところだよね!?)
段々と腹が立ってきた湊。一度視線を落とし、すっと上げると雰囲気が一変したように静かな笑みを見せた。
それから、湊はふと瞼を落とす。数秒後にゆっくりと目を開け、ジト目でカメラの向こうの煉を見つめる。そして、先日煉に言ったフレーズを、ついさっき教えてもらった“ガオーして”に乗せて言う。
「お金は慎重に使わなきゃだよ。できない子は食べちゃうぞ」
両手の爪を立て、んぁっと口を開ける湊。ひとかけらの怖さもなく、ひたすら可愛いだけの湊に1000円のついた悲鳴がずらりと並ぶ。
「え、なんで? 皆、僕の話聞いてた?」
「あっはは! 皆、蒼に食べられたいってコトでしょ。まぁ、蒼だと返り討ちにあうよね~」
「なんだとぉ! 刹那も食べちゃうぞー!」
「わー、こわ~い」
じゃれ合う2人が微笑ましいと、コメント欄が癒しに包まれる中、涙さんから『喰ってみろよ』と3万円の投げ銭が飛んできた。
「おーおー、涙さん積極的♡ でもダーメ。俺らの蒼はそんな悪い子じゃありませーん」
秋紘が湊を抱き締めて言う。おそらく、画面の向こうで歯を食いしばっているであろう煉に、秋紘はドヤ顔で湊を撫でまくる。
「刹那、次、次の企画いかないと時間なくなっちゃうよ」
今にも煉の歯ぎしりが聞こえてきそうだと、湊は進行するテイで秋紘を押し返して離れた。いつも通りあっさりと退き下がった秋紘は、何事もなかったかのように次のサブ企画を始めていく。
時間の許す限り、秋紘のやりたい放題に付き合わされた湊は、配信が終わる頃には疲労困憊でぐったりしていた。
「そっれじゃぁばいばーい」
刹那の軽い口調で配信が終わると、湊はぐでっとソファに倒れ込んだ。
「今日も煉くんヤーバかったね。3万て」
ケタケタと笑う秋紘。湊はそれを見上げ、唇を尖らせて言う。
「笑い事じゃないんだよぉ····」
と、先日の挨拶に行った
「まぁ、利用できるもんはしたらいいんじゃない? 煉くんのお兄さんなんて絶好のカモじゃん」
「彼氏のお兄さんをカモだとか思えるわけないでしょ」
「てかさ、それよかあのご新規さんもヤバかったよねぇ。煉くんとバトってんの超おもろかったんだけど」
「僕は怖かったよ····」
2人のやり取りを思い出し、ゾッとする湊。煉に対抗し続けていた相手、“ムーンベル”について考える。
(あれ? ムーン··ベル····? ん? え、まさか····。いや、そんなはずないよね)
湊は、脳裏に過った一つの可能性を懸命に否定する。思い当たる人物がそうでない事を祈りつつ、湊は帰路についた。
翌日、湊は煉の家におしかけ、昨日の投げ銭について手厳しく注意をする。
あまり反省の色は見えないが、口では『気をつける』だの『善処する』だのと言って説教を終わらせようとする煉。諦めた湊は『次やったら一緒に住むって話考えなおすからね』と脅した。
流石の煉も、これには焦りを見せ真剣に謝る。本気の『気ぃつける』を聞き、少し安堵した湊。続けて、まさかと思いながらも煉にある事を確認してみた。
「それで昨日さ、煉と一緒にいっぱい投げ銭してくれてた人いたでしょ? ムーン──」
「あぁ、あれ鈴な」
あっけらかんと放たれた煉の言葉に、湊は天井を仰いでやるせなさに打ちひしがれる。
「やっぱり····」
どうして突然こうなったのかと、湊は煉に詰め寄る。煉は、渋々経緯について話した。
話は昨日の配信前に遡る。煉が新居で1人、配信を待っていた時の事。鈴から連絡が入り、投げ銭できない煉に代わり、自分がしてやると言い出したのだ。
蒼のファンである鈴は、経済力に物を言わせ煉のこれまでの立場を奪う気でいた。立場上、ライブに足を運びにくい鈴。先日の一件で、煉のオタク気質を知り遠慮のなくなった鈴は、これまでほど自由に金を使えなくなった煉にとって代わり蒼を支えようと決意していたのだ。
それ故に配信直後、煉に電話をしてきた鈴は、これまでと変わらない金遣いについて湊よりも先に説教をしていた。
「アイツ、自分の事は棚に上げて偉そうに説教指摘やがんの。マジで怠かったわ」
「そりゃ、お姉さんは大人だしお金も自分で管理できる人だからね。煉とは違··──わぁっ、んむぅ····」
やれやれと言いたげな湊を、ソファに押し倒した煉は、苛つきを見せながら乱暴なキスをして黙らせた。