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第91話 驚いてばかりの湊


 文化祭で、キスを見せつけ恋人だと紹介した美少女が、まさか目の前に居る湊だとは信じきれない嵐。嵐と煉の板挟みになり、湊の素性を全て話せなかった諏訪が、大きな溜め息を放ってから言う。


「嵐、その子はあの美少女で間違いねぇよ。よく見ろ、顔まんまだろうが。つぅかオラ、シャンとしろ。なんでお前は煉が絡むとンなポンコツになんだよ」


 初めて目にする諏訪の粗暴な態度に、湊は別人を見ているのかと目を丸くして驚く。そんな湊へ、煉が諏訪の本性はこれなのだと言う。

 どうして、突然本性をさらけ出したのかと不思議がる湊。それを察した鈴が、それだけ煉と近しい仲である事を認めている証なのだと説明した。


(諏訪さんには認められてるんだ。そっか····)


 へへっと笑う湊。煉は、少し照れた様子で湊の肩を抱き寄せる。


「あん時はちょっと、その····俺もはしゃいでた自覚はあんだよ」


 照れくさそうに自分を省みる煉を、ニマニマと見守る鈴と諏訪。一方で、今にも泣き出しそうな顔をしている嵐。3人を前に、煉は改めて宣言する。


「俺は湊とずっと一緒に居てぇ。から、お前らは黙って協力しろ──ってぇな!」


 横柄に命令する煉の肩を、バシッと叩いた湊。カッと怒る煉を、ビシッと叱りつける。


「もう! なんでそんなに上から言えるの? ちゃんとお願いしなきゃダメでしょ!」


 家賃や生活費の事、家具や生活用品も、何から何まで揃えてもらった煉。モデルの給料は全て蒼に注ぎ込んでいた為、ほんのひと握りしか残っていなかったのだ。

 ちなみに、普段の買い物は嵐のカードを使っている。これは、嵐が煉の装甲を把握したいがために持たせている物なのでお互い様ではある。

 けれど、そういった所も改めていかなければいけないのだと、湊はついでに、煉を甘やかしすぎだと嵐へ注意を促した。


「弟が可愛いのは分かりますけど、成長できるようにお手伝いしてあげるのも、兄としての役目じゃないですか?」

「····ごもっともです」

「ハッ、怒られてやんの」

「煉! 煉はこれから僕と一般常識覚えていかなくちゃなんだからね。人のこと笑ってる場合じゃないんだよ」

「····お、おう」


 長男気質丸出しで叱る湊と、大人しく叱りつけられている嵐と煉。鈴と諏訪は、そんな3人を見て顔を見合わせ笑った。


「西条様ぁ、もっと言ってやってくださーい」


 口の横に手を当て、湊を応援する諏訪。随分と雰囲気の違う諏訪に、慣れない湊はたじろぐばかり。さらに鈴が、便乗して『煉のついでに嵐の躾も任せられそうね』と言った。


 キョトンとする湊に、不満そうな煉。嵐は、後で覚えていろよと言いたげに諏訪を睨みつけた。

 ハッとしてちょこんと縮こまる湊。


「わわっ、偉そうな事ばっかり言ってすみません! ····あの、この流れで凄く言い難いんですけど、今日の本題は····」


 おずおずと鈴を見上げて言う湊。鈴は、ニコッと微笑んで『アナタになら煉を預けてもいいわ』と言った。続いて『西条様以外に煉は扱えませんって』と言う諏訪。


「俺は認めない! たとえどんなヤマトナデシコが来たとて! 俺の煉は誰にも渡さないぞ!!」


 蹲って床へ伏し、拳をダンッと叩きつけて我儘を放つ嵐。湊以外は、ゲンナリし表情で嵐を見下ろす。


「バカやってないで、素直に煉をお願いしますって言いなさいよ。アンタのブラコンもいい加減気持ち悪いったらないわ。歳を考えなさい、歳を」

「だな。いい加減、煉を解放してやれよオニーチャン。お前には俺が居るだろ?」


 諏訪は、嵐の顎を指でクイッと持ち上げて言った。言葉の意味を察した湊が、顔を赤らめて煉と2人を交互に見る。


「あー····そういう仲っつぅか、あそこは独特な関係だからあんま気にすんな」


 煉が呆れた顔で説明した。


「怜司だけじゃ嫌だ。煉も渡したくない」

「はぁ····」


 諏訪が、項垂れて大きな溜め息を漏らす。


「ポンコツのくせに我儘、強欲、傲慢すぎんだよクソ兄貴。そもそも俺はお前のモンじゃねぇっつの。今はコイツのモンだしな。認めねぇっつぅんなら、一生口聞いてやんねぇ」

「うぐぅっ····」


 涙ぐむ嵐へ、トドメをさす様に湊の肩を抱いて言い放つ煉。ずびっと鼻を啜って、情けなく諏訪の袖口を握った嵐が、湊をまっすぐ見て言葉を置いてゆく。


「俺の可愛い煉を、おのが命よりも尊く大切な煉を、どうか··よろしく····傷つけたら末代まで呪──」

「そうじゃないだろ?」


 諏訪が、嵐の顎をグッと持ち上げて言う。


「んぅ····よ、よろしく、頼むよ····」

「は、はい····」


 反応に困った湊が、煉の身体に顔を隠しながら答えた。そして、ようやく表情が緩んだ湊は、煉を見上げてはにかむ。

 煉は、湊の頭をぽんぽんと撫でて喜びを分かちあった。




 それから数日、春休みとは思えぬほどの慌ただしい日常に戻った煉と湊。あれよあれよと上がる2人の知名度。素性を隠していない所為で、私生活もファンに終われ疲弊していた煉。新居だけはバレないようにと、変装を徹底するようになっていた。

 湊は、煉をはじめ周囲の協力によって身バレは防げている。が、湊のドジのせいでヒヤッとする場面も多々。事情を知る面々の肝を、容赦なく冷やす湊であった。

 そんな湊でさえ愛らしいと、煉の愛情は留まるところを知らない。


 春休みもあと数日というある日、秋紘のチャンネルに呼ばれた湊。配信を始めて数十秒で、高額の投げ銭がポチられる。


「は〜い、安定の涙さんね〜。これは挨拶かなぁ?」

「涙さん、こんにちは! 今日もありがとうございます。あ、もう一人はご新規さんだよね? ありが····えと、あ、待って、そんなに····」


 煉の直後に、同額の投げ銭がポチッと。湊が礼を言っている間に、それに対抗した煉が再びポチ。直後にまた同額がポチられる。煉へ対抗するかのような初見のポチりぬしに、秋紘は興味を示す。


「えー、なにここ俺のチャンネルなんだけど。自由すぎでしょ。おもろ〜」

「ちょ、涙さんも待って。僕まだ何も話してな──えぇ~····」


 湊が止める間もなく、2人の投げ銭合戦は火を噴き続けた。



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