湊を守りたいという煉の我儘に困り果てる鈴。答えを出し渋っている鈴に、今度は湊が話をする。
「あの、校長先生····」
「はい」
困り顔で嵐にイラついていた鈴だが、湊が“先生”と呼んだ途端、教育者としての顔を見せた。
「まずは、校則違反である就業について、家庭の事情とはいえ報告もせずにすみませんでした。もし、認めてもらえないなら、学校を辞める覚悟はしてきてます」
真っ直ぐに鈴を見据えて言う湊。その言葉に迷いはない。
「おい!」
「大丈夫だよ、煉。ちゃんと言わせて」
感情を荒らげる煉を、湊は手を握り返して落ち着かせる。
「虫のいい話なのは重々承知しています。それでも、お願いします。活動のこと、どうか見守ってください」
湊は、深々と頭を下げた。
「おい、そこまでしなくても──」
「煉は黙ってなさい。
「全部です」
しゃんと背筋を伸ばし、鈴に意見を言う湊。煉は、黙って聞くことしかできないもどかしさに歯を食いしばる。
湊が、何よりもアイドルを続けたい理由は煉だった。煉が応援してくれている自分で居たい、そう思えるのは、煉に沢山の勇気を貰ったからだと説明した。
それを聞いた鈴は、感極まる涙腺を押さえ、校長としての顔を保って言う。
「素敵なお話ね。そう····、アナタの気持ちは分かったわ。随分、抱えてるものが多いわね」
「はい。どれも僕には重たすぎます。けど、どれも諦める事ができないものばかりなんです」
腕を組み、ソファに背中を預けて鈴が言う。
「それで、煉を利用しようと?」
「おい鈴、言葉選べよ?」
鈴をギロッと睨んで言う煉。けれど、鈴は物怖じせず、視線を煉から湊に戻して話を続ける。
「そうね、言葉が悪かったかもしれないわ。でもね、
言葉は厳しいが、口調は決して強くなく静かなものである。
「煉は性格の面倒臭さを除けばかなりの優良物件だもの。まぁ、問題の性格の所為で、今まで浮いた話のひとつもなかったんだけど」
溺愛する弟を想えば、それは嬉しくもあるが心配なのだと言う。
嵐とは違い、良いも悪いも全てを容認してしまう溺愛っぷりではない鈴。姉と言うよりも、まるで母親の様に煉を案じている。
親との関わりが薄い月宮家では、嵐と鈴が煉を育てたようなものだった。
美しいだけが取り柄である3人の実母・
我儘で奔放に育った煉だが、嵐と鈴へ感謝をしていない訳ではない。ただ、素直に甘えているのだと、2人は都合の良い解釈をしているのであった。
「一人暮らしの件だって、私は何も聞いてなかったの。で、
ふんとソファの背もたれに身を預け、仰け反り悪態をつく煉。ツンとして『嵐が良いつったんだから問題ねぇだろ』と言ってのける。
「アンタねぇ····。まぁいいわ。その話は今するべきではないでしょうし。重要なのは、湊くんのことだものね」
鈴は、湊に沢山の質問を浴びせた。湊は、全ての問いに誠実かつ真摯に受け答えし、鈴を唸らせるほど煉への理解を示した。
それから、湊が質問を返す。
「煉には居ないものと思えって言われたんですけど、理事長····お父さんに挨拶とかは──」
聞き辛そうに問うた湊へ、嵐と鈴が声を揃えて『要らない』と即答する。家族であって家族でない存在。それが、煉たちにとっての親という存在なのだ。
「アイツは俺がドコで誰とどうしようが欠片も興味ねぇんだよ。期待されてねぇとかって次元じゃねぇの。問題さえ起こさなけりゃいいってだけの存在だからな」
「そ、そんな····」
煉の冷めきった言葉に心を痛める湊。けれど、それが紛れもない事実であり、月宮家では当たり前のことなのだと煉は言う。嵐と鈴も否定はしない。
湊は、この歪な家族に戸惑うばかりで、何と返すのが正しいのか分からずに黙ってしまった。そんな湊を気遣い、鈴がランチに招待する。
そして、それぞれが心の整理をするために一旦解散した。煉と湊は、いつもの部屋で煉の家族について話をする。
両親との関係や家族への思いを、これまでよりも深く聞く湊。煉は、ありのままを素直に話した。
煉の思いや言動の意味を知り、一層理解する事ができた湊は、一言『僕は、煉に温かい家庭を知ってもらいたいな』と言って煉を抱き締めた。
煉はその言葉を胸に、返す言葉を見つけられず黙って抱き返す。そのまま、2人は特に話をするでもなく、穏やかな空気を崩さないように過ごした。
4人で食卓を囲み、さっきより幾分か和んだ空気で話を再開する。
「熟考した結果、湊くんのお仕事には目を瞑る事にしたわ。特例中の特例よ」
「あ、ありがとうございます!」
「でもね、これだけは守ってほしいの」
「なんだよ、条件付きかよ」
「当然でしょ」
口を挟む煉に、少し腹を立てた口調で返す鈴。条件というのは言わずもがな、湊が蒼である事を知られないように尽力する事。
要は、学園を騒がせたり、月宮に迷惑を掛ける事がないようにしろという事だ。煉は、舌打ちをかまし『わーってるっつぅの』と苛立たしさ全開で返す。当然、湊はふたつ返事で条件を呑んだ。
デザートを食べ終えると、鈴は湊と写真を数枚撮り、可愛い弟が増えるとはしゃいでいる。が、打って変わって嵐は、最愛の弟を奪われるとあって不機嫌を極めていた。
「そろそろ俺からもいいかな」
重い口を開いた嵐に、煉が『今更かよ』と言葉を投げる。質問責めにする鈴へ、怯える態度を見せていた湊が不憫で、どうにも口を挟めなかったという嵐。湊を慮った嵐に、煉は文句を飲み込み話すことを許可した。
「その··、怜司から聞いてはいたんだけど、本当に湊くんが
文化祭以来なのである。嵐は疑いの眼差しで湊を見つめていた。
煉絡みでポンコツと化した嵐は、普段の威厳など感じさせないほどもじもじしている。そんな嵐に、苛立ちをぶつける煉。
「俺が説明しとけつったんだから、
煉は、背後に立つ諏訪を親指で指して言った。