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第89話 ご対面


 春休みに入って数日。1週間ぶりにオフの日が重なったので、煉は湊を呼び出していた。

 いつもの公園ではなく、湊の自宅前まで迎えに来るようになった煉。バイクを停め、湊が出てくるのを待つ。


 バイクの重低音を聞き、湊は慌てて家を飛び出す。


「煉、おはよっ!」


 眩しい笑顔に目が眩む煉。目を細め、ヘルメットのカバーを上げた。

 学校とは違い、また、ほどでなくとも普段は幾分か明るい湊。このギャップにもいい加減慣れた煉は、愛おしいと目で訴える。


「はよ。元気だな」

「んへへ。だってさ、煉とゆっくり会えるの久しぶりなんだもん」


 ヘルメットを受け取りながら言う湊は、手馴れた様子でそれを被り後ろに跨る。煉の腰にしっかりと抱きつくと、湊は『お願いします』と言って準備が整った事を報せる。

 煉は、湊の合図があると必ず一度、湊の手に触れてしっかり捕まっているかを確認する。それから、近所迷惑にならない程度に重低音を響かせ、目的地へ向けて出発する。


 今日の目的地は、煉の実家。文化祭以来、漸く日本へ帰ってきた嵐に、今度こそちゃんと紹介しようと煉がお膳立てたのだ。



 久々に訪れた煉の家。相変わらず静かで、遠目では空き家に思えなくもない。

 そんな静寂に包まれた屋敷も、嵐が居る時は一度ひとたび扉を開けると名の如く。嵐の様に煉を構いに賑やかしくなる。

 玄関前に立った2人は、小さな溜め息をひとつ、騒々しさを想像して覚悟する。


 煉が大きな玄関扉を開けた。そのまま、メイドが向かい並ぶ間を颯爽と抜け、嵐の待つ応接間へと直行する。

 煉に鍵という概念がないのは、施錠がメイドさんの仕事だからなのだと、湊は改めて知る。一人暮らしの部屋がいくらオートロックだと言っても、もう少し一般常識を教えていかねばと、悠々と歩く煉の背中を見て湊は改めて思った。


 一際大きな扉の前で立ち止まる煉。湊が知る、幾つめかの応接室だ。煉はノックもせずに、両手で勢いよくバンッと扉を開く。

 部屋には嵐と諏訪、姉のりんも居た。鈴が同席する事を聞いていなかった煉は、とても不機嫌そうに『なんで鈴も居んだよ』とガルつく。


「あら、可愛い弟の恋人を見に来たらいけないの? アタシたちの弟になるかもしれないのよ。挨拶くらいしたいじゃない」


 物静かで凛としていて、美しい淑女の雰囲気を纏った女性。ツカツカと煉に歩み寄ると、頭一つ分背の高い煉を見上げて言い放つ。


「アンタ、良い顔になったじゃない。中坊の時の退屈そうな顔が嘘みたい」

「うっせぇ」


 ツンとした煉を置いて、今度は湊のもとへと向かう鈴。湊とそれほど変わらない身長で、真正面に立つと腰に手を当てて真っ直ぐ湊を見つめる。


「あの····」


 今日は、挨拶ということもあって前髪を上げてきている湊。困り顔で鈴を見つめ返す。


「アナタ······」


 鈴は顎に指を掛け、前のめりにまじまじと湊の顔を眺める。そして、暫く考え込むと、突然ハッとして掌を叩き合わせた。


「もしかして、サルバテラの星空蒼じゃない?」


 打ち明けるつもりでいた煉と湊だが、言うよりも先にバレてしまうとどうにも気まずい。湊は、頬を指で掻きながら『はい』と答えた。

 すると、鈴は湊の手を握り、目を輝かせて『ファンなの!』と言った。先程までの凛々しさが嘘のように、乙女のような顔になる鈴。

 冷静に事を見ていた嵐が、パンッと手を叩いて注目を集める。


「鈴、落ち着いて席につきなさい」

「····分かったわよ。ごめんなさいね。さ、お話しましょうか」


 嵐は、視線を煉、湊と移し、2人に席へ座るよう促した。

 ぼふんと沈むようなソファに、煉と並んで座った湊。ガラス張りの立派なローテーブルを挟んで、嵐と鈴が座っている。

 4人が席につき、諏訪がそれぞれに紅茶を配ってゆく。その間、重い沈黙が場を包む。


 飲み物が行き渡ると、険しい表情で眉間にシワを寄せている嵐に、煉が淡々と話し始めた。


「文化祭ン時も言ったけど、コイツと付き合ってるから。で、今日はコイツをちゃんと紹介してやろうと思って来てやったんだけど、鈴が来るとか聞いてねぇぞ。何ペラペラ喋ってんだよ、オニーチャン」


 静かながら高圧的で、敵意をむき出しの煉。隣でオドオドする湊の、膝に置かれた手を握り、誰にも言葉を挟む隙を与えず言い放つ。


「あと、そのうちコイツと一緒に住むから、この家には二度と戻らねぇ」

「待っ、れ··待ちなさい、えっと、待って····」


 煉の一方的な言葉にたじろぐ嵐。言いたいことは山のようにあるが、上手く言葉にできないほど動揺している。


「アンタはいっつも言いたいことばっかり。恋人を紹介しに来たんじゃなかったの? まずはちゃんと紹介しなさいよ」


 ポンコツな嵐に代わり、ソワソワしている鈴が話を進めてゆく。煉は鈴の言葉に従い、湊をザッと紹介した。本当にザッと。

 月宮学園の現校長である鈴は、聞き終えるや湊の抱える様々な事情に頭を抱えて項垂れた。


「なるほどね、そうだったの。うちの生徒だったのね。推しの存在に気づかなかったなんて一生の不覚だわ。蒼··、湊くんが大変なのはよく分かったわ。うん、あのね、姉としては反対するつもりはないの。むしろ、あの煉がよくもまぁここまで惚れ込んだわねって関心すらしてるのよ。それに、蒼が弟になるなんて夢みたいな話じゃない」


 自己完結しながら一気に話す鈴。姉としての意見を言いきると、一呼吸置いてゆっくり顔を上げ湊を見る。


「でもね、校長としては··、ねぇ。色々覚悟して挨拶に来てくれたんだろうけど····。はいそうですかってワケにはいかないの、分かるわよね」


 鈴は視線を煉へ移し、全てを見透かしているかのような顔をして聞く。


「で、煉、聞くだけ聞いてあげるけど要望は?」

「全部見逃してくれ。俺は、コイツのこと守るって約束したんだ。俺には··、いや、俺だからそれができる。だろ?」


 嵐ほどではないが、鈴もまた煉には激甘だった。ただ、嵐より少し常識的と言うだけで、奔放で我儘な王子を溺愛していることには変わりない。


「ま··ったくぅ。アンタって子は····」


 煉のタカを括った悪い笑みに、ぐぬっと圧される鈴。隣でブツブツ何かを唱えている嵐に助けを求めたい鈴だが、嵐はポンコツすぎて使い物にならない。

 対処に迷う鈴へ、今度は湊が頼んでみることにした。



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