年末、それぞれの関係が進んでから数か月。
煉と湊は相変わらず、秘密を守りながら蜜月を楽しんでいる。仁と樹は、あれから何事もなく平穏無事に過ごしていた。
進級テストをクリアし春休みを待つだけとなった4人は、仁の提案で花見をしていた。今日は、湊の兄弟も招待して、大所帯での賑やかな花見になっている。
満開とまではいかずも、8分咲きで桃色に染まる緑地公園の一角、煉が湊の為に持参した豪勢な弁当をブルーシートに広げて囲む。双子は豪華な弁当に夢中で、我先にと見た事もない洒落た料理を取り皿へ確保していく。
「こら! みー、ひー、恥ずかしいから落ち着いてたべなさい」
双子は声を揃えて『はーい』と返事をする。けれど、すぐに2人の取り合いが始まった。煉は『気にしなくていいから好きに食え』と言って、重箱を2人の前へ寄せる。
双子を可愛いと言って眺める仁。自分の妹が、碧のように可愛ければと羨む。それを聞いて笑う湊。時々遊ぼうと約束を交わすほど、仁と双子は仲良くなっていった。
周りが騒がしくならないようにと、双子以外全員がマスクをしているので、さながら花粉症の集団の様になっていた。が、飲み食いするためにマスクを外すと結局、なのだ。前髪を鬱蒼と下している湊以外は、惟吹も含めて注目の的。
そんな中、惟吹は相変わらずの過保護を発揮し、湊へ料理を取り分けて手渡す。勿論、湊の好物ばかりを。そもそも、煉が持参した弁当なのだから、湊の好物しか入っていないのだが。
煉と惟吹の睨み合いも相変わらず。事ある毎に、樹を交えて湊へのアピール合戦が始まる。そんなだから、余計に目立つ。湊は、呆れて溜め息混じりに笑うしかなかった。
温かい春の陽気の中、時折吹く冷たい風が、薄手のロンTしか着ていない湊の身体を冷やしていく。煉は、湊が風邪をひかないようにと、自分が着ていた上着を羽織らせた。
目の前でイチャつく2人を、樹は慣れた様子で見ないフリをしながら極上の弁当と桜に意識を向けている。少し離れた所で双子とボール遊びをしていた仁は、それに気づき樹を誘った。双子に呼ばれ、湊も参戦する。
2人残された煉と惟吹は、険悪なムードの中黙々と弁当を食べ進めていた。
「アンタさぁ、湊にぃと順調なの? 毎日幸せオーラ全開で可愛さ倍増なんだけど」
湊を幸せにしているのが、自分ではない事に不服そうな惟吹。鶏肉の野菜巻きを頬張ると、チラッと煉の顔を覗き見た。あまりのドヤ顔に、心底苛立つ惟吹。
「まぁ、順調だな。樹の入る隙もねぇよ」
ハムスターの様に頬を膨らませムッとする惟吹に、煉はお茶の入った紙コップを渡す。
「お前、そうやってっと湊そっくりだな」
もりもりと食べる惟吹を、まじまじと見て言う煉。煉から、奪うように紙コップを受け取った惟吹は『まぁね』とドヤ顔で返す。
学校でモテるだろうと言われ、否定はしない惟吹。そんな惟吹に、煉は真面目な顔で尋ねる。
「お前さ、学校で蒼に似てるって言われたコトねぇ?」
「あー····そういや最近たまに言われるかな」
ハッとした惟吹は、焦燥に駆られて湊を見た。みるみる青ざめていく惟吹に、煉は続ける。
「どうせうちの学校目指すんだろ? 絶対どっかで話題になんぞ。その辺、湊が困んねぇように考えとけよ。まぁ、お前が入る頃にゃ俺たち居ねぇけど。そんでも助けが要んなら俺に言え。湊の為だったら惜しみなく動いてやっから」
途端に大人びて見える煉に、惟吹はしおらしく『うん』と答える事しかできなかった。
今まで考えてもみなかった角度からの意見に、惟吹は深く考え込む。それと同時に、煉の頼もしさに感心してしまい、少しは煉のことを認めざるを得ないと自覚してしまった瞬間だった。
2人の話が終えた所に、湊がトテトテと戻ってきた。トイレに行ってくると言い、惟吹に双子の相手を交代するよう頼みに来たのだ。
快諾し駆けていく惟吹の後ろで、煉は湊の手を引いて抱き寄せた。惟吹にバレないよう、煉は湊の唇に人差し指を当てて“静かに”と合図する。
煉の腕に収まった湊は、ドキドキと煩い鼓動が煉に聞こえてしまわないかと焦る。そんなものは聞かなくても分かってる煉が、湊の耳元で『気をつけて言ってこいよ』と囁いた。
湊は熱くなった耳を手で覆い隠し、大慌てで離れて立ち上がる。
「煉のバカ! チビったらどうしてくれんのさ!」
「ははっ、わりぃわりぃ。早く行ってこい。漏れんぞ」
「漏らさないもん、バーッカ!」
悪口を置いて走っていく湊を、煉は愛おしそうな表情で見送る。けれどその10分後、なかなか戻らない湊が心配になり、煉は湊を迎えにトイレへ向かうのだった。
急いでトイレに駆け込んだ湊。そこには、ガラの悪い高校生が3人たむろっていた。いそいそと横を通り過ぎようとする湊を見て、金髪ツーブロックの男が声を掛けてくる。
「おい、ここ男子便だぞ?」
どう考えても自分に言われているのだと確信する湊。これまでも無くはなかったが、嫌なタイミングで女に間違われたものだとうんざりする。
「僕、男なんで」
俯いたまま答える湊。1番背の高い色黒な男がそれを否定する。
「マジで言ってんの? どう見ても女子じゃん。胸はないけどスタイルいいよね」
(僕が本当に女の子だったらセクハラで訴えちゃうぞ! でも、怖いからあんまり関わりたくないな…)
反応に困る湊は2人を素通りし、一番奥に居た3人目のロン毛を通り過ぎようとした時だった。一歩横に出てきたロン毛の男が、湊の行く手を阻む。
「あの、退いてください」
果敢に訴える湊だが、180㎝近くある男を前に、一瞬立ち竦んでしまった。
「ね、それ彼氏の上着?」
男は、中の服とは系統の違う上着を指差して聞いた。湊が『そうですけど』と答えると、手前の男2人が『やっぱ女じゃん』や『彼氏持ちかよ~』となじる。
そして、ロン毛の男は悠々と距離を詰め、湊の手首を捕まえて言う。
「俺、人のモノ奪うの好きなんだよね」
サァッと血の気が引いた湊は、大声を出そうと息を吸い込む。けれど、後ろから色黒の男に手で口を塞がれ、そのまま隣接する多目的トイレへ連れ込まれてしまった。