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第85話 ポンコツ樹くん


 全身に甘いキスを浴び、完全に蕩けてしまった樹。それでも心は折れておらず、仁に問い掛ける。


「何も····シないんじゃなかったの?」


 弱々しい樹の声に、ゾクゾクと本能を掻き立てられる仁。


「だから、ンなコト言ってないでしょ。ホントは、俺が抱かれて湊きゅんに負けないくらい可愛いトコ見せて慰めてあげようと思ってたんだけどさ」

「湊より可愛いなんて存在しない」


 腕で目を覆ったまま、唇を尖らせて言う樹。


「はいはい。でしょうね」


 嫉妬からなのか、口調が冷たくなる仁。だが、そこには触れず話を続ける。


「樹が童貞置いときたいって言ったんじゃん? ンじゃ、他に慰める方法つったらこれかなぁって」

「なんでそうなるんだよ····」


 仁は、樹の腕をそっと下ろすと、唇へ甘いキスを落とした。もはや抵抗する気力もない樹。絡められる仁の舌を受け入れ応えてしまう。

 樹を慰めたい仁の心に偽りはなく、樹はとことん気持ちイイ事を与えられる。初めての事ばかりで戸惑う樹を、仁は優しくリードして樹の身も心も埋めた。



「お前って、タチもネコもどっちもいけんのな」


 人ひとり分空けて背中を向けた樹は、毛布を口元までかぶり仁へ言葉を投げた。


「うん。どっちも気持ちイイもん」


 そう言って、もぞもぞと樹に寄った仁は真っ赤に染った背中を抱き締める。


「今更だけど、お前とそういう関係になるつもりないからな」

「そういうって? 恋人? セフレ?」

「どっちもだよ、バカ」


 力のこもらない悪口に、仁はふっと笑って答えた。


「分かってるよ。樹は湊きゅんのモノだもんね~」


 樹を宥めるように、柔らかく頭を撫でる仁。まるで、子ども扱いをするように。


「分かってんなら抱いてんじゃねぇよ······」


 ぽそっと呟いた樹の言葉に、仁が答える事はなかった。




 黙って仁の回想を聞き終えた煉。その顔は、ゲンナリとしていて言葉を失っていた。


「ってな感じ。帰りに『またいつでも慰めてあげるよ♡』って言ったら、怯えて初詣ン時もすげぇ距離取られてたんだよね」


 頬を膨らませて言う仁。煉はチラリと樹を見て、仁に返事をする。


「誰でもこうなんだろ····」


 ホテルの帰り、早朝に初詣へ行ったものの、樹にだけぎこちなさが残るまま別れた。と、不満そうに話す仁。

 普段は、湊絡みで何かとぶつかり合う2人。だが、この時ばかりは煉ですら樹の味方にならざるを得ない。樹が不憫でならなかったのだ。


 煉は、正直関わりたくないと思っていたし、自分に処理しきれるものでもないと感じていた。けれど、捨てられた仔犬の様に怯えている樹を、流石の煉も放っておけなかった。


(はぁ····。湊だったら、こういう時うまい具合に慰めれんだろうな。けど、流石にコレ湊に言うわけにいかねぇし。あー··クソめんどくせぇ····)


 煉は、傍らでぷるぷると震えている樹を見て、視線を仁に移すと溜め息を吐いてから解決策を講じようと腹を括った。さっさと終わらせたい一心で。けれど、解決策などあるのだろうかと、煉は再び大きな溜め息を放つ。


 樹の心は聞くまでもなく、湊にしか向いていない。余所見をする事もないだろうと、煉は樹に話を聞く気はさらさらなかった。

 となれば仁だ。煉は、仁に真意をぶっちゃけろと言う。樹とどういう関係でありたいのか、重要なのはそこなのだ。


「別にぃ。樹が好きなのは湊きゅんじゃん。俺の入り込むスキとかないでしょ」


 状況は分かっているらしい。しかし、それに対して不満を含んだような口振りに、煉は疑念が残った。


「そうじゃなくて、お前が樹とどうなりたいかってハナシだろ。つか結局さ、友愛か恋愛かどっちなんだよ」


 仁は『ん~』と唇を突き出して考え、答えを見つけると笑顔でこう答えた。


「恋愛寄りかな♡」


 樹がビクッと固まり、煉は目を瞑って天井を仰いだ。


「で、希望の関係は?」


 とても怠そうに聞く煉。仁はもじもじしながら、希望としては恋人だが、樹の気持ちを優先してセフレでもいいと言ってのける。

 煉が『····だとよ』と言って樹に反応を求める。樹は首をぶんぶん横に振って拒絶する。


 仁は一言も話さない樹の前へ移動し、指先で顎をクイッと持ち上げた。既に涙目の樹に、仁は例の低いトーンで問う。


「俺とのセックス、気持ちくなかった?」

「セッ····ふぇ··? よ、良くなかった、わけじゃない····」

「だよね。樹、可愛い声で啼きながらいーっぱいイッてたもんねぇ」

「バッ··バカ!! 言うなよッ!」


(はぁぁぁ? 俺ナニ見せられてんの?)


 仁と樹のアホみたいな甘いやり取りを間近で見せられ、煉は心底嫌気が差していた。

 今すぐにでも部屋を飛び出したい煉。だが、顎クイをされている樹が、煉の肩袖にしがみついて離さないから身動きが取れないのだ。


「んじゃさ、樹が傷ついた時に慰めるのは俺の役目にしていい? 傍に居るだけでいいよ。樹がことはシないから」


(樹が嫌がんなかったするって意味だろソレ····)


 煉はまた、ゲンナリした顔で仁を見る。その仁の横顔が、悪巧みをしている子供の様で、本気で樹を堕としにかかっているのが見てとれた。

 仁の心は煉にも読めず、口出しをする余地はない。けれど、このままでは樹が言いくるめられてしまうだろう。

 それを良していいものか、煉は迷ったが2人の動向を見守るしかなかった。と言うよりも、2人がどうなろうと本気でどうでもよかったのだ。


「わ、わかった····。なら、今まで通り、で、いいんだよな? じゃぁ、アレはなかったコトにしていいんだよな?」


(お前ン中でなかったことにできんのがすげぇわ)


 と、思ったが口には出さない煉。呆れ顔で窓の外を眺める。


「ん? あぁ、そんな感じでいいよ。何かツラい事とかあったら、そん時は俺を頼ってねってコトで♡」


 ニコッと笑って話を締め括ろうとする仁。樹は、安心した様子で表情を明るくする。


「よかったぁ····。俺、このまま仁に怯えて避け続けなきゃなのかと思ってめっちゃ不安だったんだよ。ったく、ビビらせんなよな! 反省しろ、反省!」


 樹がこんなにポンコツだっただろうかと、煉はいささか不安になる。けれど、それは2人の問題なので、これ以上話をややこしくさせるつもりもない。

 そんな事よりも、煉は落ちていく夕陽を眺めながら、早く撮影を終わらせて湊に会いたいと想いを馳せていた。



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