湊の前髪を上げ、蒼に似ていると騒ぐ仁。その声に反応し、周囲が少しずつ騒めき始めていた。
「仁のバカ! とりあえずここ離れよう」
「うぇぇ? なんでぇ?」
「いいから黙って荷物持て。湊、コートん中来い」
「う、うん」
煉が湊をコートで隠すと、樹は仁の胸ぐらを掴んでいそいそとその場を離れる。ワケが分からない仁は、キョドキョドしながら樹に引かれてついて行く。
神社から抜け出した4人は、少し離れた所にあったファミレスへ身を隠した。
「で、どういう事? なんで逃げんの? つか何から逃げてんの?」
ズズッと啜っていたカフェラテのマグを、少し乱暴にゴトッとテーブルへ置いて聞く仁。下唇をほんの少し尖らせて、隣に座る樹へジトッとした視線を送った。
樹は、仁と視線を合わせようとせず、コーヒーのカップを静かに置いて答える。
「別に逃げてたわけじゃないけど。仁が騒いだら目立ってウザイから離れただけだし」
「いや、ムリあんでしょ。なに? 湊きゅんが蒼に··──」
また口走りそうになった仁の口を、樹が物凄い勢いで塞いだ。叩かれたような衝撃に、思わず樹の腕を掴み涙目でフガフガ怒る仁。
「樹、余計目立っちゃうから離してあげて?」
ココアの入ったマグカップを、両手で包んで言う湊。隣に座っている煉は、何も言わず密かに湊の腰を抱いている。
「あぁ、ごめん」
「··っは、マジでバッカおま、力強ッ」
「だからごめんって。お詫びに何か奢るから黙って」
「んじゃ一番高いヤツ」
樹はタッチパネルを手に取ると、メニューの中で一番高いステーキを注文した。ステーキを待つ間に、樹が声を潜めて事の全容を説明する。驚く仁だが、騒ぐことはなく真面目に聞いていた。
そういう事ならばと、仁は好意を寄せる湊に全面協力する姿勢を示す。仁が協力するのは、煉でも樹でもなく、あくまで湊が最優先だと言いきった。安心した様子で『ありがとう』と笑顔を向ける湊に、仁は『俺は可愛い男の子の味方だからね~』とウインクを飛ばして言う。
暫くすると、ジューッと良い音を立てながら運ばれてきたステーキが、ナイフとフォークを構える仁の前へ置かれる。
「薄··ちっさ····」
コトッと置いた店員の手が一瞬止まる。同時に、煉以外の3人も固まった。
「煉!」
湊が小さく叫んだ。が、煉はなんの事やらと、怒っている様子の湊に解せないという顔を見せた。
日頃から煉は、満足のいかない料理が運ばれてくると、シェフを呼びストレートに不満を伝える。その習慣が出てしまったのだ。
店員が下がったあと、湊たちから注意を受ける煉。煉は『わかった、気をつける』と言った口で舌打ちをし、今度本物のステーキを食わせてやると言い放った。
ガツガツとステーキを頬張る仁に、湊は改めて『煉との関係も含め、内緒にしてほしい』という旨のお願いをすると、仁は2つ返事で了承した。
「事情は分かったし、モチロン湊きゅんには協力する··けど····俺らさ、そもそも目立ちすぎなんだよ」
仰る通りと辺りをキョロキョロ見回す湊と、慣れた様子の煉と樹。
毎度の事ながら煉は、帽子を被っているだけの杜撰な変装で、おそらくRenに気づいている人もいるだろう。それを思うと、湊は先が思いやられて大きな溜め息を吐いた。
「煉さぁ、バレたらまずいんだったら変装ちゃんとしなよ。どーせ、湊きゅんにダサいカッコ見られたくないとかそんなんでしょ?」
ずばりと言い当てる仁。ぐうの音も出ない煉は、バツが悪そうにそっぽを向く。
「はーい図星ぃ、わっかりやす~。あのさ、マジでずっと一緒に居たいんだったら、湊きゅんの為に徹底してあげな? 今日だって湊きゅん、周りばっか見てたよ? 俺らが目立ってるから委縮してんのかと思ってたけど、全面的に煉が悪い」
フォークで煉を指して、ドヤ顔で言い放つ仁。樹が隣から『そうだそうだー』と便乗し、何も言い返せない煉を責める。湊は、困り顔で『そんなに言わないであげて』と煉を庇う。
煉はそんな湊をちらりと見て、最近の湊の言動を振り返る。仁の言う通り、近頃の湊は警戒心が増してデートにも集中できていない様子だった。
「悪かったな。次からはちゃんと変装すっから」
そう言って、煉は湊の頭を優しく撫でた。少し俯いて安心した顔を見せる湊に、仁は胸を撫で下ろし、樹は複雑そうな顔で口を噤んだ。
ファミレスで腹を満たし、約束の時間を迎えた4人。時計が23:29を示すとソワソワし始めていた煉は、30分になった途端、湊の腕を引いて立ち上がった。
「わっ」
「約束の時間だろ。ここまで付き合ったんだ、次は俺の言う事聞いてもらうからな」
煉は、雄々しい目で湊を見下ろして言う。
「わ〜··、煉ったらケダモノ♡」
握った両手を口元に添え、ぶりっ子の様に言う仁。煉の冷たい視線が刺さる。
「······湊が嫌がる事したら殺すからな」
精一杯の言葉を投げる樹は、キッと煉を睨み上げた。
「ったり前だわ。お前に言われなくてもだっつぅの」
「樹····」
困惑した表情の湊に、樹は笑顔を見せる。
「俺のコトは気にしなくていいよ、湊。そのうち煉から奪っちゃうんだから、今は見逃してあげる」
樹の強がりに、湊は胸を締め付けられる。小さく『ありがと』と呟いた湊を、樹は手を振って見送った。
「健気だね~」
「煩いバカ。こういう時、トモダチだったら優しい言葉とか掛けるだろ普通」
ムスくれてコーヒーを啜る樹の肩を抱き寄せる仁。驚く樹の耳に、仁は甘い声で優しい言葉を囁いた。
「じゃぁ、俺が慰めてあげよっか? 湊きゅんより、可愛く啼いてあげるよ♡」
「ごふっ····」
樹は、飲んでいたコーヒーを吹いて蒸せる。咳込む樹の背中をさすりながら、仁はテーブルに散ったコーヒーを拭く。
「きったないなぁ····」
「げふっ··誰の所為だよ! そういう冗談やめろよな」
「冗談じゃない··って言ったら?」
「····へ?」
目を点にして驚く樹。稀に見る仁の真面目な顔に、樹は言葉の真意を掴めずにいた。
一方、煉の部屋に向かう2人は、マンションに隣接しているコンビニへ寄っていた。仁から借りたキャップと、樹から渡されたマスクで正体を隠し、煉はコンドームとローションを手にレジで並んでいる。
そんな事とは露ほども知らない湊。雑誌コーナーで、Renが表紙を飾る雑誌の年末号を立ち読みして『ひゃぁぁ』と頬を赤らめていた。