楽屋に戻り、煉からのメッセージを確認する湊。キュンとトキメいた顔を、秋紘に見られていた。
秋紘はコソッと湊に近づき、周囲に聞こえないよう耳打ちをする。
「彼ぴから? 幸せオーラだだ漏れてるよ~」
無意識に表情を緩めていた事に気づき、湊はハッとして顔を引き締める。配信までの合間にトイレへ駆け込んだ湊は、煉へ『分かった』と返した。
そして、秋紘に言われたことを思い出し、頬をぺちっと両手で挟気合を入れ直す。
楽屋に戻ると、配信の準備が整っていた。後は、予告時間になるのを待つだけ。
ファンの子たちは帰ったのだろうか、煉はドコで待ってくれているのだろうか、湊はそんな事を思いながらカメラの向こう側を見ていた。
ライブが終わって1時間。ライブの始まりと同じカウントダウンが始まる。ライブから帰った直後のファンも、ライブに行けなかったファンも、テンカウントをしてサルバテラの登場を待つ。
会場近くのカフェで、イヤホンを耳に煉も画面を見守っていた。甘い
カウントダウンがゼロになり、パッと画面が切り替わる。ライブ衣装のままの4人が、ゆったりとソファに並んで座っている。テーブルにはそれぞれの飲み物があり、軽い挨拶を済ませた刹那が、メロンソーダをずごごごっと勢いよく飲み干した。
「いや~、ね、直前までライブ楽しかったねって喋りまくってたら喉ひっついたー」
ケラケラと笑って、マイペースな刹那はスタッフにお代わりを頼む。
ライブ後の生配信は、コメントに答えたり感想を言い合うだけの交流の場になっている。会場での交流会ができない規模になってしまった事に加え、そもそも現地に来られないファンの為に行うのが目的になったのだ。
そういうコンセントだからか、秋紘はいつも通りだけれど、他のメンバーも普段の配信よりは気楽に構えている。40分ほどトークをして配信を終えると、高校生であるメンバーは時間を気にしつつそれぞれ帰路についた。
湊は、煉に連絡を入れると他のメンバーが帰るのを待ち、ガッツリ変装をしていそいそと裏口から出る。
「不審者かよ」
「わっ··。え、煉?」
涙さんのままでは流石に目立ちすぎるので、別の変装をしている煉。数時間前と違う装いの煉を前に、湊は驚きを隠せなかった。
「わりぃ、ビックリした?」
「うん。髪結んでると、やっぱり雰囲気違うね」
煉は、襟足が隠れるほどの髪をハーフアップにして、大きなサングラスで顔を隠している。服装も、先程の地味な黒ずくめや普段の派手なものとは違い、カジュアルで大人っぽい装いに変わっていた。
「俺だってバレねぇように気ぃ遣ってんだよ、これでも一応な。今日は特に····」
ライブ直後だから、と含みを込める煉。そんな煉の意図どころか、言葉さえ湊には届いていない。
湊は、返事を忘れて煉に見惚れる。そんな湊の額を、煉は指で弾いて『行くぞ』と言い、近くに停めてあったバイクで湊を送り届ける。
いつもの上ヶ谷公園で、ベンチに座り今日のライブについて語る煉。湊はホットココアの缶を両手で包み、煉の大きなコートに少しだけお邪魔して話を聞く。
かれこれ30分、意気揚々と蒼を語る煉に、湊は思わず笑ってしまった。
「····? 何笑ってんだよ」
「んぇ? んふふ。だってさ、全部僕の話なのに、なんだか別の人の話聞いてるみたいなんだもん。煉ってさ、
湊の言っているコトが理解できない様子の煉。全くの無自覚で、本人に蒼を語っていたのだ。はたと気づいた煉は、途端に照れくさくなりそっぽを向いた。
「あ。ねぇ、なんでそっち向くの?」
「うるせぇ。なんでもねぇよ」
「あーっそ··。キスしたかったのに、残念だなぁ」
思っていてもする勇気などなかった湊が、意地悪を言いたいが為に軽口をたたく。それに気づかない煉ではない。
ふいっと湊の方へ顔を戻すと、湊の後頭部を持って引き寄せた。冷えた唇がゆっくりと重なり合う。熱い吐息が凍てつく空気を白く染め、2人を上手く隠す。
かじかむ指を絡める煉と湊。煉は、舌を絡める事に少し慣れてきた湊の、それでもまだ拙い舌を優しく掬い絡める。
けれど、これ以上は歯止めが利かなくなる。眉間に皺を寄せた煉は、名残惜しそうに唇を離した。
「身体、すげぇ冷えちまったな。そろそろ帰れ」
「····うん」
寒さで赤くなった鼻を、小さくズッと啜る湊。ふっと視線を落とし、寂しそうな顔をする。
「ンな顔すんなよ。帰したくなくなるだろ」
「ごめん。でも、だって、煉と離れたくないんだもん」
そう言って、コートの中に手を突っ込み煉を抱き締める湊。煉は、湊をコートで包むと寒空を見上げて、1日も早くひとり暮らしを始め湊を連れ込もうと固く決意した。
それから2日後の大晦日、21時。
上ヶ谷公園で湊を待つ煉。外灯の下に立ち、公園の入り口をチラチラ見ては何度も腕時計を確認する。
約束よりも30分早く来てしまった煉。雪がチラつく中、煉は凍てつく風に肩を竦める。
ココアでも買いに行こうかと思ったその時、待ち合わせよりも15分早く湊が現れた。
「みな──」
湊を見つけ、パッと手を振ろうとする煉。だが、湊の後ろの人影に気づきその手は固まった。
2人組の男が、小走りに公園へ入ろうとする湊の後をつけている。そして、男の1人が湊の肩を掴んで引き止めた。
困惑する湊を助けんと、湊のもとへ駆け出す煉。煉は入り口まで回る手間を省き、湊の胸辺りまであるフェンスを軽々と飛び越えた。
湊の目の前へ舞い降りた煉は、相手を確認する前に湊の手を引いて抱き寄せる。
「んわぁっ!?」
驚く湊を胸に抱え、煉は不逞の輩を睨みつけた。