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第78話 楽しみは先にとっておくもの


「こないだ、湊連れて新居見に行った」

「は?」


 ガバッと勢いよく起き上がる樹。ウトウトしながら話す煉の顔を、見開いた目で凝視する。


「いつか一緒に住む約束もした。だから、諦めねぇのは樹の勝手だけど、変な期待はすんなよってハナシな」

「ヒュ~♡ 煉、プロポーズしたんだ~」

「プロ····は? 一緒に住もうって言っただけだろ」

「それって同棲じゃん。プロポーズみたいなもんでしょ」

「え··あ? そうなんのか? いや、プロポーズはちげぇだろ」


 自分の言動を思い返し、言い聞かせるように否定する煉。樹と仁は、それを“アホらし”と言いたげな目で見る。


「よし、んじゃ煉の新居行こ。見てみたい」


 と、樹が言い出し、仁がそれに賛同する。話半分に聞いていた煉は、カラ返事で承諾してしまった。


 3人は煉の新居へ向かう。樹と仁は、エントランスから部屋に至るまで、どこを見ても湊と同じ反応を見せた。家賃や煉の常識の欠如に関しても、2人は湊と同じ見解を示す。それに対する煉も、リプレイを見ているかのように同じ反応をした。

 樹と仁は、頻繁に遊びに来ると宣言する。来るなと言いつつ、まんざらでもない様子の煉。湊が原因で揉めた3人だったが、湊をきっかけに仲も深まっていた。




 年末ライブに向けてのレッスンに余念がない湊。曲目に並ぶダンスナンバーも、尚弥とともに克服していた。

 そして、そのライブでは、初となるメンバーそれぞれのソロ曲を初披露することになっている。湊の曲は他のメンバーとは異なるテイストで、イメージカラーのピンクのライトを浴びて歌う、可愛らしさに振り切った一曲。


 今日も今日とて、メンバー揃ってそれぞれソロ曲のレッスンを受けている。


「ナオくんの曲はクールだね」


 膝を抱えて座り、鏡張りの壁に寄り掛かって言う湊。尚弥は、わたわたと湊をフォローする。


「えと、えっと、湊の曲、ボク大好きだよ! 湊の良さが詰め込まれてるし、サビの終わりで作るハートのレパートリー、ファンにとっては毎回永久保存したいくらい可愛いよ」

「あ、ありがと。えへへ、ナオくんがそう言ってくれるなら頑張れそうだよ」


 湊は、両手の握り拳を胸の前にかざして言った。


(ナオくんも、可愛い系の曲が良かったのかな。だったら、悪いこと言っちゃったなぁ····)


 珍しく感情を乗せて語る尚弥の言葉に、ほっこり励まされた湊。ニコッと笑みを浮かべた湊の手を取り、尚弥は『どこかで一緒にハート作りたいな』と、上目遣いで願望を口にする。

 その背後から、綾斗が尚弥の肩に手を添えて言った。


「誰かのソロ中は、誰かの準備時間だからね。残念だけど、それはなかなか叶いそうにないなぁ」


 ソロを歌っている間、ステージに上がれるのは1人。そういう演出なのだから仕方がない。


「んじゃ、配信で自由にやればいいんじゃない? オレのチャンネルだったら勝手やってもそんなに怒られないっしょ」


 そう言って、年始一発目の配信でやろうと予定を組み始めた秋紘。普段はその自由さに振り回されるが、今回だけは“グッジョブ”と親指を立てる綾斗と尚弥。


「アキくんが役に立つ日が来るなんて、湊のおかげだね」

「そうだね。日頃手を焼いてる僕たちへのご褒美だよね。ホント、アキの尻拭い頑張ってきた甲斐があったよ」

「あはは··、秋紘くん、酷い言われようだね」

「だよな~。湊ぉ、慰めて~」


 秋紘は、いつもの調子で湊にぎゅっと抱きついて甘える。が、いつもよりも早く、綾斗が秋紘を引き剥がした。


「ほら、気持ち悪い声出してないで。休憩は終わりだよ」


 ぶーぶーと文句を垂れながら、今度は綾斗に甘え始める秋紘。湊は苦笑いをして、レッスンに戻る2人を見送った。

 そんな湊に、尚弥がこっそりと耳打ちをする。


「実はね、湊のソロ曲が1番好きなんだ。て言うかね、アレ歌ってる湊が可愛くて好き」


 尚弥の透き通った綺麗な声が耳を抜けてゆく。湊は、心臓をキュッと掴まれたように苦しくなった。

 湊が言葉に詰まり、ありがとうも返せずに固まっていると、尚弥は照れたように『頑張ろうね』と言って戻って行ってしまった。


 ドキドキと煩い心臓を握り、湊は平常心を取り戻そうと深呼吸をする。


(ナオくんがミステリアスって言われるの、なんか分かるなぁ····)


 顔を赤くしたまま、湊もレッスンに戻る。尚弥の励ましのおかげで、吹っ切れたように気合が入った湊。

 煉にソロ曲の事はまだ言えない。けれど、ライブには必ず行くと言っていた煉に、想いを乗せてハートを届けようと、湊は恥じらいを捨てて全力で練習に挑んだ。




 そうして、やってきたライブ当日。

 SNSで話題になっていたソロ曲の発表を、ファンは心待ちにしている。中でも、詳細を一切教えてもらえず悶々としていた煉は一入ひとしお

 情報を漏らせない事は頭でわかっていても、恋人なのだからと少しくらいのフライングを期待していた。そんな、公私混同してしまった自分が許せなかった煉。ファンとしてあるまじき、よこしまな考えが過った事に心底辟易していた。


 だから、煉はライブ当日までの半月ほど、レッスンの邪魔にもなるだろうからと連絡は最小限にしていた。

 クリスマスにお忍びデートをして、スイートルームで2回目のえっちをシてからというもの、浮かれ過ぎないように自重していたのだ。


 あと数分でライブが始まる。このライブが終われば、明後日の大晦日は我儘を突き通して得たデートが待っている。

 煉のソワソワは、ほんの数分を待ちきれないほど高まっていた。



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